第24話 しゅーへーちゃん




 僕とオグちゃんは、またRV車に戻って、ここ沢登集落に来た目的である乳児の「岩沼有希」ちゃんの保護に行くことにした。


 僕とオグちゃんが家を間違えて偶然見つけてしまった「大庭けさ」さんのご遺体については、「岩沼有希」ちゃんを見つけて保護した後で改めてとむらうことにして、「大庭」さん宅に肉食の野生動物が入り込まないように窓や玄関に鍵をかけておくように、と亜美さんから言われたので、僕とオグちゃんは鍵を掛けて回って「大庭」さん宅を後にした。


 目指す「岩沼有希」ちゃん宅は、沢登集落の中でも一番奥の外れらしかった。

 最も沢登集落自体周囲がほとんど森に囲まれているので、どこのお宅も外れみたいなものだ。

 集落の中を通っている細い道は、既にアスファルト舗装ほそうではない。

 大昔、この沢登集落の住民たちが自ら道普請みちぶしんしていたコンクリートの舗装ほそうで、もう既に多くのひび割れと浮きでボコボコになっていて、所々で繁殖力はんしょくりょくの強い草が伸びていて、とても快適とは言えないドライブだった。


 「あれ、そうじゃないかな」


 大きく立派な古民家を改修した家と、その隣に幾つかの構造物があるお宅。

 多分陶窯とうようと、炭焼きもやっていたのかな? それらの窯や納屋だろう。

 他の人気のないお宅とは違って、周辺の草刈りもしてあって、その家の周囲だけ小ざっぱりした印象だ。


 そのお宅の庭先には、緑色のオフロードバイクが停まっている。

 後ろのシートには色々と荷物がくくりつけられていて、まるでロングツーリングの途中で立ち寄ったみたいだ。


 「先客がいるのかも知れないな」


 その光景を見つけたオグちゃんが、ちょっと嬉しそうに言う。

 オグちゃんはそのオフロードバイクの手前にRV車を停めた。


 「こんちわー」オグちゃんがそう声をかけてお宅の中に入っていく。

 「いらっしゃーい」中から男の子の声がした。

 僕もオグちゃんに続いてお宅の中に上がる。

 広い土間には草刈り機やその燃料など、日常的に使っているものが置かれている。

 その横を通って、お宅の中に上がる。

 玄関を上がってすぐに目に入る囲炉裏いろりのある部屋には、僕らの先客がいない。

 ここは客間なのかな? 作陶さくとうした陶器とうきがずらっと棚に並べられている。

 良し悪しなんかは当然僕にはわからない。


 囲炉裏いろりの部屋から広い廊下を進んだ奥に、リビングダイニングに改装された部屋があり、4,5人が使える大きなローテーブルに僕らの先客は座っていた。横には大きな荷物もあって、やっぱり長旅の途中で休んでるみたいに見える。

 ただ、先客の男の子のかたわらのベビーベッドには、すやすやと寝息を立てて眠っている赤ん坊がいて、この子が岩沼有希ちゃんだろう。

 ローテーブルには哺乳瓶ほにゅうびんに入った飲みかけのミルクや、ベビーベッドのかたわらにはおしりふきシートや替えのオムツもある。

 僕らの先客の子がお世話してくれていたようだ。


 「しゅーへーちゃん、自由すぎるだろ」

 

 オグちゃんは僕らの先客の子に向かってそう言った。

 

 「オグだって、こんな時にこんなところに来てるじゃん」


 「まあ、そうだな。色々自由に動いてるけど。でもしゅーへーちゃん程じゃないぜ。普通他の奴と連絡取ろうとしたりするだろう? 俺だって一応他の奴と連絡しようとしたぜ」

 

 オグちゃん、そうだったかな?

 けっこう目の前のことに集中して、他と連携取ろうとかは思ってなかったんじゃないかな?

 僕らが幸運だったのは亜美さんやタダシくんと最初に合流できたからな気がするけど。

 ストライカーは自己中でないと務まらないのだ。


 「だって、生徒会の役員とか、肩書きだけじゃん。普段だって特段何かやってる訳じゃないし。竹本みたいな自己顕示欲けんじよく強い奴に任せときゃいいんだよ。谷中さんが頑張って色々根回しに必死になってやってくれるし」

 

 その子はそう言ってさわやかに笑う。


 「そういえば、ここの子、有希ちゃんの世話してくれてたのか?」


 「うーん、結果的にはそうなったね」

 

 「結果的にって、何か他に目的あったのか? しゅーへーちゃん。俺達は乳幼児を保護しないと大変だって気が付いたからここまで来たんだけど」

 

 「9時過ぎに、獅子ヶ見山ししがみやまの向こうに飛行機が墜落ついらくしただろ? その現場見に行ってみようかなと思ってさ、家を出たんだよ。沢登集落から本当に細い山道だけど、獅子ヶ見山の稜線りょうせん鞍部あんぶを通って獅子ヶ見山の裏まで行くことができるんだ」


 「しゅーへーちゃん、 大人は皆砂になって消えてんだぞ? 知らなかったのか? そっちの方が飛行機より大事だろう」


 「知ってるよ。僕の見ている前で父さんと母さんは砂になった。でも、僕たちは残されたから大変なことになったって感じるだけで、砂に召された人たちは平穏だったのかも知れないよ」


 「どういう意味だよ」


 「そのまんまだよ。安らかに自然にかえれるって、そう感じてたんじゃないかってこと」


 「……しゅーへーちゃん、アタマおかしくなったのか?」


 「うちの父さん母さんは、僕と一緒に食卓でごはんを食べている最中に砂になったんだ。椅子やテーブルに落っこちて吸い込まれるみたいにね。

 僕の左横にいた母さんも、僕の正面にいた父さんも、ほんのわずか、1秒もかからずに砂になったけど、二人とも食事中は仏頂面ぶっちょうづらだったのに、消える間際は笑顔だった。あんな晴れやかな顔って滅多めったになかったよ」


 「それ……は」


 「うちはオグも知っての通り、僕が中学1年の新学期に、東京からこっちに越して来た。豊かな自然の中で暮らしたいって両親はずっと思ってたからね。ちょっと自然思想的なものにかぶれてたんだ。そういった仲間が集まるサロン的なお店を開いたりしてね。

 そんな両親だから、あんな笑顔だったのかもね。だから、喪失感そうしつかんはあるんだけど、悲しみはそれほど感じなくて済んだ」


 タダシくんの話の中でも、最後の高校生は笑顔だったと言っていた。

 砂になって消えた人たちは幸せに感じていたのだろうか……?


 「正直、僕は両親にくっついてこっちに来たけど、本当はそんなに来たくもなかった。それにまあ、最近はお店の経営もそんなに上手くいってなくてね。両親もケンカっていうか口論が多くて、ちょっとうんざりしてた。

 あれ、凄いよ? お互いネチネチ相手の落ち度を丁寧ていねい指摘してきしあうんだ。でも二人とも自然思想的なところは互いに否定できないし、仲間の手前上手く行ってるって演出しないといけないから表面上はニコニコ仲良しアピールするしでね。

 だから両親があんな晴れやかな顔したの、本当に幸せだったんじゃないかって思うよ。普段は二人とも目が笑わなかったから。

 だからけっこう僕は学校、好きだったよ。のんびりできるしオグみたいな一本気バカにも出会えたし」


 「俺はしゅーへーちゃん家は、けっこう羽振りいいのかと思ってた」


 「そりゃ、まあね。表には出さないよ。この辺のソバで作ったガレットだったりピザだったり、知り合いの獲って来たイノシシやシカ肉の燻製くんせいやソーセージの通販やってそこそこ売り上げあったみたいだから。ただ、それ以上に設備投資なんかもしてたからね。結局赤字経営。いやだね、お金に振り回される生活。お金の前には愛もめるのかな。

 とまあそんな訳でね、この異変って悪いもんでもないのかなって思ってたのさ。全国放送のTVの人たちも砂になってるし、少なくとも東日本はこの現象が起こってる、だったらちょっと自由にしてみようかなってね」


 「それでその旅支度たびじたくか?」


 「まあね。飛行機の墜落現場なんて滅多にお目に掛かれないし、そこ見た後どうにか新潟に抜けて、日本海沿いを北上しようかなって」


 僕は二人の会話に口を挟めずにずっとただ聞いているだけだったけど、この自由人な人を逃しちゃいけない、と感じた。

 多分だけど、いろいろなタイプの人が知恵を出し合わないと、この状況は乗り切っていけない。


 「あのオフロードバイクって普段から乗ってるんですか?」


 僕はそう質問した。


 「ああ、普段から荒地とか原野とか乗ってるよ。人の家の元畑で所有者不明なところとかでね」


 「今からオフロードの大会とかに出るから練習してるんですか?」


 「モトクロスにはちょっと興味あるけど、別に大会に出たいとかじゃないな。世界中、いろんなところを旅してみたいんだよ。オフロードバイクだったら、余程の場所じゃなければ走れるからね」


 「旅って今すぐ行かなきゃならないですか?」


 「今すぐじゃなきゃいけない理由はないよ。でも先延ばしにする理由も特にないかな。だって、この謎の状況が東日本だけだったら、西日本の人や諸外国が状況を収めに動くだろ? そうしたら中学生が自由に動き回るなんて出来なくなるだろうし」


 「だったら、旅に出る前に、僕らに力を貸して下さいよ。僕らは本当に困ってるんです」


 「オグ、困ってるのか?」


 「そりゃそうだろ、大人がみんな砂になって消えてるんだぞ! 困らない訳あるかって!」


 「デカい声出すなよオグ、有希ちゃんが驚いて起きたらどうする」


 「あ、すまん……」


 オグちゃんが素直に謝る。


 「えーっと、しゅーへーさん、で良かったですか?」


 「ああ、水谷秀平。平沢集落の外れのそばカフェ『バックウィート』の一人息子さ。君は?」

 

 「池田翔太です。オグちゃんの幼なじみでサッカー部の後輩です。秀平さん、飛行機の墜落現場に行こうとしてたのにこの家に立ち寄ったのって、何でですか?」


 「……実は、衛星電話を借りて行こうかと思ってたんだ。岩沼さん夫妻はここで陶芸とうげいを主にやってたけど、狩猟免許も持っててね、イノシシとかシカとかの肉をうちにおろしてたんで、けっこう行き来があったのさ。沢登集落までは光回線が来てないので衛星回線でネットに繋いでるって言ってたし、狩猟で山に入る時は携帯も通じないから携帯型衛星電話も使ってるって言ってたからね」


 「有希ちゃんを放っといて衛星電話だけ持ってくことだって出来たんじゃないですか?」


 「そこまで無法なことは人として出来ないよ、流石に。どうしようかなって思ってたけど、オグ達が来てくれたから有希ちゃんのことは託せるかなってホッとしてたんだ」


 「でしたら、少なくとも僕らの生活が落ち着いてから旅に出て下さい。それまでは力を貸して下さい、お願いします」


 「しゅーへーちゃん、俺からも頼むよ。俺達、小さい子たちも助けてかなきゃならないし、少しでも助力があると助かるんだ」


 「わかったよ。じゃあオグたちと一緒に行こうか」


 水谷さんは意外にあっさりそう言ってくれたので、僕はちょっと拍子抜けした。


 「いいんですか? 本当に?」


 「ああ、いいよ。別に僕は人や世の中が嫌いだって訳でもないし、オグたちが困ってるんだったら少しでも手伝いたいとは思うから。ただ、献身的に、とかは期待して欲しくないな。やっぱりやりたいことを我慢して続けるのって健康に良くないからね」


 水谷秀平くんは、そう言って笑った。



 

 

 



 

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