第22話 北部地域へ




 僕はめぐに電話して、さっき亜美さんに頼まれた、乳児をあやしたりできる子に心当たりはないか聞いてみた。

 

 『何言ってんの? そんな子いる訳ないじゃん!』


 いきなり望みは絶たれた。

 そりゃそうか、兄弟で乳児がいる子なんて中学生じゃほとんどいないよな……。


 『えっ、何、あやちゃん……お兄ちゃん、一回切るね』


 いきなりめぐに電話を切られた。


 「どした、恵美めぐみちゃん怒らせたのか」


 オグちゃんが呑気にそう言う。


 「……めぐが僕にアタリがきついのは、もうずーっとだよ。オグちゃんがめぐのことからかって怒らせてから」


 「あんなので? だって、俺がまだ小学3年とか4年とかの頃だぜ? そんな昔のことで」


 「まあ僕もオグちゃんと一緒にめぐのことからかってたから、仕方ないんだけどね……」


 そう話しているとスマホが鳴った。めぐからだ。


 『もしもし』


 『お兄ちゃん、感謝してよ。あやちゃんが心当たりあるって』


 『本当!? 助かるよ』


 『でもその子、登校してきてないから様子見に行かないといけないけど』


 『どこの子?』


 『東部の、飲み屋街。だれか物資調達班の人に連れてってもらうけど、もしかしたら時間かかっちゃうかも』


 『それでもいいよ! 助かる! ありがとう!』


 『見つけたら塩川医院に行けばいいのよね? じゃ』


 またあっさりと電話は切れた。


 でも、とりあえず亜美さんに頼まれたことは何とかなりそうだ。

 僕とオグちゃんは、塩川医院にマイクロバスと軽トラで向かった。


 



 塩川医院へ行くと、リビングにはげっそりとした亜美さんがいた。


 「あー、何というか……圧倒されたわ」


 亜美さんはしみじみとそう言った。


 「ねーさん、タダシは?」


 「診察室で、幼児を寝かしつけてるわ。さすが『天才タダシくん』、やることにソツがない。何でオムツの替え方なんて知ってるの? しかも、きっちりその子たちの家からオムツだのミルクだの離乳食だの色々持って来てるし。冷静過ぎて意味わかんない。ところで子供のお世話できそうな子は?」


 「僕の妹のめぐに聞いてみたら、心当たりあるそうで、もう少ししたら連れて来てくれるそうです」


 「はー、……助かるわ。ないと君も、妹のにいなちゃんの面倒は見てくれてるしね。とりあえずその子らが来たら、乳幼児の受け入れは塩川医院ってことにするように谷中ちゃんにもあとで伝えておくわ。しかしたわし! もっとしっかりせい!」


 案の定、オグちゃんに亜美さんの雷が落ちた。


 「生徒会長の竹本旅館のボンボンも勝手にどっか行っちゃうし、もう一人の副会長とも連絡取れないしで谷中ちゃん、心細がってるんだから、アンタしっかり支えてやんなさい!」


 「いや、ねーさんの言う通りだけどさ……」


 「アンタ一人で小学校と中学と何往復もしてたみたいだけど、もっと他の子たちの力使ったり借りたりするように考えなさいよ。

 ……ま、食事が大事だって気づいたのは大したもんだけど」


 亜美さんに少し褒められて、オグちゃんは何となく嬉しそうだけど、あんまり表情に出すとまた何か言われそうだと思って表情作りに苦心して顔の変な筋肉が動いている。


 「ちびっ子は……何かたわしにくっついてるだけみたいだけど、いいところに気づいたわ。小さい子たちは私たち年長者が保護しないとどうしようもないからね」


 僕も亜美さんにそう言われると、何か嬉しくなった。


 「それでね、北部。谷中ちゃんに聞いた限りだと北部の中学生6人のうち、副会長の子以外は連絡取れたそうよ。副会長の子はどこほっつき歩いてんのかしらね、まったく。連絡がついた中学生には、同じ集落の子を探してまとめといてって伝えてあるみたい。

 乳幼児も何人かいるみたいだけど、とりあえず中学生の子が保護してくれる手はずになってるから、そっちはまた後で一緒に連れてきてあげればいいわ。

 それで、北部でも一番奥の沢登さわと集落に、生後3カ月の幼児がいるらしいのよ。あんたたち、この子助けて来てあげて」


 「沢登さわとか……けっこう遠いし、マイクロバスじゃきついな」


 「車はタダシの家のRV車使っていいって言ってたわよ」


 「そっか。ならその子を迎えにいってやるか」


 「うん、お願い。

 それとね、この異変だけど、日本だけで起こった訳じゃないわ」

 

 亜美さんは重大なことをサラっと言った。


 「……外国からの支援とかはない、ってこと?」


 「多分ね。どっかの国に本物の超・超・超天才がいてくれたら、もしかしたら助けに来てくれるかも知れないけど、多分そんなことはないだろうね」


 「ねーさん、やっぱSNSでわかったのか?」


 「そう。まあ私はEnglishがそこまで得意じゃないけど、タダシとか異変が始まってから相互になったフォロワーとかが調べてくれたわ。少なくともSNSが普及している国は全てこの『大人が砂になって消える』現象が起こってる。アメリカ、中国、ロシアでもね。流石に全ての国々を一国一国確認出来た訳じゃないけど」


 「世界全域で……」


 「まあ、完全に確定じゃあないけどね、今のところはそうみたいだってこと。だって、日本だけでこの異変が起こってるとしたらタダシが言ってたみたいに何らかのアクション、ちょっかい出してきそうな国って周辺にあるじゃない? でも、石垣島とか北海道とか、ちょっかいかけてきそうなところに全然偵察機すら飛んでこないみたい。異変から6時間も経ってるのに。そういった心配してたアカウントが拍子抜けしてたから」


 「それって朗報なのかな?」


 「朗報だろ、日本は日本でいられるんだから」


 「日本でいられる、ね……私たちは日本って国を維持できるのかしらね? ま、おっきな主語のことは置いておいて、ちっさな三郷町の中だけでも、助けられる子は助けて行こうよ。私たちも何もできない子供かも知れないけど、もっと力のない子たちだっているんだからさ。

 じゃあ、とりあえず、北部の子たちを助けに行ってらっしゃい、たわし、ちびっ子」





 僕がタダシくんの家のRV車を運転して、オグちゃんの運転するマイクロバスの後を着いて行き北部地域へ向かう。

 軽トラに比べて前にエンジンを積んだRV車は僕みたいな運転初心者には荷が重いと思ったけど、バックとか細かい操作はしなくていいからとにかくマイクロバスの後ろを着いて来い、とオグちゃんに言われたので、オグちゃんに道まで出してもらったRV車を僕は必死で運転しオグちゃんのマイクロバスの後を追う。

 北部には全部で22人の子供がいるらしいから、マイクロバスなら全員町の中心部まで連れて来れる。


 三郷の東部地域から北部までは県道が整備されているとはいえ、けっこうな坂道だ。

 北部の中心集落、平沢までは30分程度。平沢集落が一番戸数が多く、約50戸が集まっている。

 平沢集落には廃校になった北部小学校があるので、僕とオグちゃんは北部小学校跡を目指した。

 北部小学校跡にマイクロバスを停めて、そこからはオグちゃんにRV車を運転してもらって目的地の沢登さわと集落を目指す。

 

 オグちゃんの運転するマイクロバスと、僕の運転するRV車が北部小学校跡地に着いたのは午後2時近くだった。

 長野市に比べても三郷町は涼しい方だけど、近年の夏の暑さは町中でもかなり暑かった。

 でも、北部地域は山の中だから、直射日光が当たらない日陰だと本当に涼しい。

 僕とオグちゃんは涼しさに思わず深呼吸をした。


 そんな僕たちの様子を、北部小学校跡地で待っていた一人の中学生の子が見ていた。

 まだあどけない顔をしているから、多分一年生の子だろう。


 「どうしたんだ? 他の子は一緒じゃないのか?」


 オグちゃんが先にその子にたずねる。

 その子は上級生に先に声をかけるのが何となくためらわれたみたいだ。


 「平沢集落の子供は、大川さんの家と北沢さんの家に集まってます。僕も入れて全部で13人です。保育園児が4人、乳児が2人います」


 大川くんは僕のクラスメートだ。無事でよかった。


 「他の集落の状況は? 連絡取ったのか?」


 「中原集落の4人と林口集落の3人は連絡取れました。どっちも中学生の子の家にいるそうです。あと沢登さわと集落に乳児が1人って話ですけど」


 「その子は俺らがこれから迎えに行くよ。ところでしゅーへーちゃんは平沢集落だよな? しゅーへーちゃんはいないのか?」


 「水谷さんは平沢集落でも県道沿いのちょっと集落から外れた位置なんで……家に電話しても出ないですし」


 「どっか行ったのか?」


 「9時過ぎに地面が揺れて大きな音がして、獅子ヶ見山の向こうから煙が上がってたので何だろうってみんな思ってたんですけど、その後バイクの走る音を聞いたって子がいますから、もしかしてバイクに乗ってどこかに出かけたのかも……」


 「バイク乗り回してほっつき歩いてるなんて、しゅーへーちゃん、やっぱ独特だわ。

 ま、とりあえず俺と翔太で沢登さわと集落まで乳児の子を迎えに行って来るから、三郷の町場に行くって子は俺達が戻ってきてからマイクロバスに乗ってもらった方がいいな。しばらく今の場所で待ってるように伝えてくれ」


 そう言うとオグちゃんはRV車の運転席に座った。


 「じゃあ行くぞ翔太、ささっと乳児を連れて来て保護しようぜ」

 



 

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