第14話 不安のごまかし方



 

 タダシくんは、本当にサラっとこともなげに『前の世界を維持していくのは難しい』って言い放った。


 確かに、ごく少数の高校生1年生と僕ら中学生以下の年齢の子供しか残っていない。

 大人たちが居た頃みたいには生活出来ないだろうし苦労するだろうと思ってはいた。

 でも、さも当然みたいな調子で言われると、何だか凄く気持ちを逆撫さかなでされたみたいに感じる。


 「でもさ、でも! 残った子供たちみんなで力を合わせれば、何とかなるんじゃないの! 僕らはこれから体も大きくなるし、色々知識を学んでいけば大人と同じことだって出来るようになるよ、きっと!」


 僕は、らしくなくそう叫んでいた。


 「そうだ、タダシ! お前は何でこんな時に、そんな人を不安にさせるような悲観的なことをわざわざ言うんだ!」

 

 オグちゃんもそう叫ぶ。


 「だって、事実そうだから仕方ないだろう。電気だけのことじゃない。社会の基盤きばんインフラ、ガス、水道だって何か不具合があった時に直すなんて僕らには難しい。直し方がわかってる子供なんているのか? 昔みたいに家の手伝いをやらされて見て知ってる、なんてこと今じゃ全くないだろう」


 「俺は、俺の家の農業の手伝いはやらされてた! だからある程度畑作業のことはわかってる!」


 オグちゃんは確かに家で農作業の手伝いをやっていた。さっき言ってたけど、軽トラも自分の家の敷地の中だったら運転したことだってあるらしい。だからある程度農機の使い方だって知ってるはず。


 「そうだな、オグ。お前は畑作業のことはある程度知ってるだろう。でも、他の家はどうなんだ? 水道設備工事の仕事をしている家の子は親からやり方を聞いてると思うか? 都市ガス会社に勤めてる親の子は? 作業のやり方進め方、そんなの知る訳ないだろう」

 

 「知らなくても、これから学べばいいだろう! それに工事で使う重機の扱いだって、農作業で使う農機の使い方の応用で何とかなるかも知れないだろ!」


 ふうっ、とタダシくんはいつもの癖でまた溜息ためいきをついた。

 いつもはそこまで気にならないけど、こんな時だとその溜息ためいきが本当に気にさわる。


 「何だよタダシくん、いっつもそうやってヤレヤレみたいな溜息ためいきついてさ! 僕らがどうしたらいいか困ってる時に何で不安をあおるようなことを平気で言えるんだよ!」


 僕はタダシくんが、本当は凄く友達や仲間思いで優しい子だってことを知っている。

 僕とめぐがタダシくんの家の近所で放し飼いの犬に追っかけられた時とか、自分がまれても必死で追っ払ってくれた。

 でも、表面に出る態度が、本当に人の気持ちを逆撫さかなですることが多い。

 オグちゃんとの仲がこじれたのだって、オグちゃんの態度も良くなかったかも知れないけど、タダシくんのそういう部分がオグちゃんをかたくなにさせたって部分も大きいだろう。

 だから、僕らは呼ばなかったけど、陰で『天才タダシくん』なんて呼ばれていた。

 自分の知識を鼻にかけて周りをバカにしている、みたいに他の人には伝わるのだ。


 「だって仕方ないだろう、事実は事実なんだから。僕達にはどうしようもないことが起って、僕達ではどうしようもないことが残った。それから目をらしたって仕方ないじゃないか」


 「それにしたって、この先不安に思うのだって仕方ないじゃないか、それを鼻で笑うようなこと言わなくたって」


 「オグは農機を扱ったことがあるって言ってたけど、それだっていつまでも使えるとは限らない。農機の燃料だって、この先尽きたら動かせない。そしたらまた人の手作業に逆戻りだ。それに農業に使う資材だって無くなる。生産する人が居なくなって、運んできてくれる人だっていない。マルチや農薬、肥料。現代の農業は多くの資材が必要だろ」


 「それはそうだけど、それにしたって何か方法あるだろうよ!」


 「それを思いつくのに必要な経験が、僕達には圧倒的に足りてないんだ。膨大ぼうだいな時間と資材、試行錯誤しこうさくごして多くの無駄を出しながらようやく大人と同じ領域に辿たどりつく頃にはもうリソースが劣化したりで残ってない、そんな可能性の方が大きい。無駄なんだよ」


 タダシくんに淡々とそう言われて、オグちゃんも何か言い返したいけど言葉が出て来ずに、ぐぬぬとなってしまう。

 

 

 「やめてっ! もう、うんざり!」


 手で顔をおおっていた竹内さんが、突然大声で鋭く叫んだ。

 そして、タダシくんをキッとにらみつけて言う。

 

 「……確かにアタシたちは、親の仕事の具体的なことなんて知らないし、知ろうともしてなかった! でもね、それが何か悪いこと!?」


 そして、PC横のカウンターに置かれたコップの中のオレンジジュースを一気に飲み干すと、ダン! とカウンターにコップを叩きつけるように置き、タダシくんをにらみつけながら言葉を続けた。


 「アンタだって自分の親がやってた仕事、具体的なこと知ってたの!? 病気や怪我の診断基準しんだんきじゅん治療法ちりょうほう、知ってるの? 知らないでしょうよ! 注射だってやったことあんの? 血管にちゃんと注射針刺せるの!? 出来ないでしょうよ!」


 竹内さんの様子は、さっきまでの憔悴しょうすいした能面のうめんみたいな表情ではなく、目が怒りに燃え、顔も燃えるように紅潮こうちょうしている。

 僕は、女の子がこんなに怒ってまくし立てるのを正直見たことがなかった。

 妹のめぐも僕に怒鳴ることはあったけど、こんなに長くはない。どちらかというと怒鳴ってすぐ自分の部屋へ引っ込んで僕をけていた。

 女の子を怒らすと怖い……。

 僕の心からタダシくんへのいら立ちはサッと消え、替わりに目の当たりにしている女の子の怒りの怖ろしさというものに心底ふるえ上がった。

 オグちゃんを見ると、オグちゃんも滅多めったに見たことが無いビビった顔をしていた。

 

 「アンタの言ってることは正しい! 正しいけど、だから何よ! 正しいことで人をなぐりつけて、自分の不安を誤魔化ごまかしてるだけじゃない! アンタはアタマの良さを、自分の不安を誤魔化ごまかすことにしか使えないの!? だから『天才タダシくん』って陰でバカにされるのよ! アンタはバカ! ただのアタマがいいだけのバカなの! バカ、アホ、ドスカポン!」


 そこまで一気に言って、竹内さんは一度言葉を切った。

 終わりかと思ったら、まだ続いた。


 「そんなにえらそうに他人の言うこと否定して、アンタはどうするの! 死ぬ? 死ぬの? これまでの生活は維持いじできないんでしょ!? だったら死ぬの? えらそうに否定ばっかりして、どうしたらいいかも考えられないアンタは役立たずよ! 死んで!? 死んで砂になるのか試してよ! そしたら残った私たちの役に立つわよ、ほんの少しだけね! 死んだら砂になるってことがわかるからね!」


 竹内さんの言葉は辛らつだ。最初は僕もタダシくんに対してイラっとしたから、竹内さんがタダシくんに反論してくれてちょっとスッキリした気持ちにもなった。

 でも、段々内容が僕らでは思いつかないようなののしりになっていって、タダシくんが可哀想かわいそうに思えてきた。

 

 「……ねーさん、もういいだろ、言い過ぎだって……」


 オグちゃんも僕と同じ心境なんだろう、見かねてそう取り成そうとした。

 

 「たわし、あんたも何よ! でっかい図体ずうたいで無駄に元気なだけで! あんたはモノ考えないの? あんたの頭は本当にたわしなの!? だったらこのコップ、あんたの頭のたわし使って洗って来なさいよ!」

 

 そう言ってコップを握ってオグちゃんに突き出す。

 オグちゃんは竹内さんの勢いに負けて、コップを受け取ってしまった。

 そして竹内さんは僕にも目を向けた。

 

 「ちびっ子、アンタも二人の間でオロオロオロオロしてんじゃないわよ! なに小さい頃から上手く人間関係さばこうとしてんの? 人当たりだけでやっていける世の中? もうそうじゃなくなったわよ!」


 「僕はちびじゃないよ、165㎝あるし二人が高いだけで……」


 「うっさい、八つ当たりしてるだけなんだから黙って聞いときゃいいの! 彼女がいるならそうしろ!」


 ぐぬぬ……「彼女なんて」


 「わかれ! 女心! 的外れに言い返されるとかえってイラっとするの! 沈黙は金! 先人の知恵! ことわざ学べ!」


 そこまで言うと、竹内さんはようやく沈黙した。

 ふーっ、ふーっと息を整える。

 僕らは完全に竹内さんの勢いに呑まれていた。

 竹内さんの次の言葉を待つ。


 「とにかく、タダシ、アンタ正論で人を否定するのは止めて!

 アンタの現状認識と推測すいそくはアタシたちの中では一番知識量が多くて、多分正確。でも、それを身内でマウント取るのに使うのは全然建設的じゃないからね、わかった!?」


 竹内さんは言いたいことを言ってスッキリしたのか、少し落ち着いた声でそう話した。

 





 

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