できることを

第13話 現状の認識




 TVのリモコンを持っていたタダシくんは、竹内さんに言われるままTVを消した。


 「人の浮かれっぷりを見るのは、何か痛い感じだな」


 オグちゃんがそう感想を言う。

 TVに出ていた彼の浮かれ方は、確かに見ていてむずかゆいい感じだった。

 例えるなら、自宅のリビングに気なしに入ったら、めぐや母さんがダンスの練習をしていて楽しそうに決めポーズを取った瞬間に出くわしてしまった、みたいな。

 

 「でも、おかげでこの異変が相当な規模のものだっていうことが、多分日本全国の残った者たちに伝わったんじゃないか。普通TV局はテロやクーデターで真っ先に狙われるから、それなりに警備だってされてるし構造も複雑って聞いたことがある。それなのにあんな子供に簡単に侵入されて電波を使われたんだ」

 

 タダシくんがそう言ってため息をついた。


 「竹内さんは、彼が4チャンネルの局に行くこと知ってたんだね」


 僕は、竹内さんにそうたずねた。


 「……そう、SNSでね」

 

 竹内さんは、相変わらず無表情な顔で、つぶやくようにそう返答した。

 

 「……東京在住の男の子で、周囲の様子を写真や動画で上げてた。最初から開き直ってYouTuber気取りだった。TVなんて嬉しくて仕方なかったんだろうね、こんな状況でも……」

 

 「他にもそんな奴が居るんだろうな……」


 「多分な。親に虐待ぎゃくたいとまではいかなくても抑圧よくあつされてた子とか、元々放置に近い状態だった子なんかは、むしろこの状況を喜んでるのかも知れない」


 「そんな親が本当にいるの?」

 

 この頃、虐待ぎゃくたい死の報道がそこそこあって、TVで流れるたびに両親が嫌な世の中だってこぼしていたのは一緒に見ていた。

 でも、僕の周囲、少なくとも三郷みさと中学校では聞いたことがないから、僕はあまり身近な出来事だと思った事がなかった。

 

 「実際虐待ぎゃくたいまでは行かなくとも、小さい頃から親の愛が薄いって子はいるぜ、この町にだってな。俺たちはその点、恵まれてたんだろうな」


 オグちゃんが僕の問いにそう答えた。

 確かに、僕やオグちゃんやタダシくんはしっかりした両親がいた。時に鬱陶うっとうしいと感じることだってあったけど、両親がいて嫌だなんて思ったことはない。


 「……アタシは正直父親なんていなくなればいいって思ってた……一代でのし上がった土建屋で、下品で……ママがいるのに営業だって言って鼻の下伸ばして飲みに行ってて……育ててもらってるけど最低だって思ってた……本当は香坂台学園に進学したら学園のある五竜市で一人暮らしさせてもらいたかったんだ……でもママも反対して家から通わなきゃならなくて……凄く嫌だった……」

 

 僕らの話を黙って聞いていた竹内さんが、突然せきを切ったように話し出した。

 

 「……だから私、友達は心配だったけど、親は別にどうなっててもいいって、そう思ってた……思ってたのに……」


 そう言って竹内さんは、顔を両手で覆って静かに泣き出してしまった。

 ここに来る前に竹内さんの家には寄って来たってことだから、竹内さんも自分の目で親が砂になっているのを見ている。

 思っていたのと、実際にそれが起ってしまうのとでは、大きな違いがある。


 僕らは泣いている竹内さんを、慰めることもできなかった。

 僕らが女子に何かして泣かせてしまった時は、ただひたすら謝った。それしかできない。

 でも、こんな場合はどうしたらいいのか。それがわかるほど僕らは女の子の気持ちに詳しくなかった。

 

 タダシくんがキッチンの冷蔵庫から1.5ℓのペットボトルのオレンジジュースを取り出し、コップに注いで竹内さんの使っていたPCの横に置いた。


 「そう言えば、陣場じんば駅から何も飲んでなかったですね。竹内さん、落ち着いたら飲んでください」


 そう言って自分はペットボトルに口を着けて残りを飲もうとする。


 「オマエさあ、自分だけ飲もうとか、本当に気が利かない奴だよな!」


 オグちゃんがそう抗議する。


 「だってお前らは自分の家で飲み食いしてたんだろ、そう言ってなかったか」


 「タダシくんさあ、そういう問題じゃないよ。ずっと何も飲んでなかったならのどかわいてるのはわかるけどさ、僕らにもうちょっと気を使うべきじゃない? 一応お客様なんだから」


 「じゃあ、僕が飲んだら残りはオグと翔太が飲んでもいい」


 「オマエ、ペットボトルで回し飲みさせるつもりかよ! 医者の家的にそれっていいのか?」

 

 オグちゃんがそう言ってる間にタダシくんはゴクッ、ゴクッと3分の2程残っていたオレンジジュースをラッパ飲みし、飲み干した。


 「悪いな、残らなかった。まあ怒るなよ、新しいの出してやるから」


 そう言ってタダシくんはまた冷蔵庫に行って、600mlペットボトルのスポドリを2本持って来る。

 

 「冷やしてあるのはこれだけだから、味わって飲んでくれ。また冷蔵庫に補充しとかないとな」


 オグちゃんはタダシくんからペットボトルを受け取ると、ちょっともごもごっと口を動かして何か言おうとしたが、言葉は出てこなかった。

 タダシくんは僕にもスポドリを渡すと、冷蔵庫の横の段ボールからペットボトルを取り出して冷蔵庫に補充し始めた。


 「多分すぐに電気が止まるってことはないだろうし、ここは非常時の発電装置と太陽光発電も備えてるから、とりあえず冷たい物はしばらく出せるぞ」


 冷蔵庫に飲み物を補充しながらタダシくんが言う。

 随分と普通のトーンで言うのでああそうか、と何気に聞いていたけど、いや、けっこう重大なことじゃないか?


 「タダシくん、ちょっと待って、それって、僕らの家だと電気が止まったら冷蔵庫も使えないってことだよね?」


 「そうだな」


 またタダシくんは随分と軽く答える。


 「電気って、発電所動かす人が居なくなったら、すぐに止まっちゃうの?」


 「いや、どうだろう、詳しくはわからない。一度運転し出したらしばらくは何らかの不具合が起ったり何らかの操作をしないと発電は止まらないんじゃないかとは思う。今の日本は原子力発電所は稼働していないから、変な大事故の心配はしなくていいんじゃないかな」


 「どれくらいは持つの?」


 「う~ん、完全に電気の供給が途絶えるのは、水力発電所の蓄電バッテリーが壊れるまでは大丈夫なんじゃないか? 今の日本の電力のメインは火力発電だから、これは燃料が尽きたら止まると思うけど、大規模水力発電は蓄電した電力で揚水するから、バッテリーが壊れるまでは発電自体は続くと思う。火力に比べると発電量自体は微々たるものだけど」


 「じゃあ、その時に備えて電気を節約しないといけないかな?」


 「いや、それは心配しなくていいだろう。よく夏や冬に国が節電を呼びかけてたけど、あれは電力需要が供給を上回るとブラックアウトするからだ。ただ、電力を沢山食うのって一般家庭の電力需要じゃなくて大規模工場だったりするからな。多分異変前からフル稼働していてる工場ってそんなに多くないんじゃないかと思う」


 「でも、大雨とか風とかの被害で送電線が切れたりして止まることあるだろうよ。タダシ、お前直し方知ってるのか?」


 オグちゃんがそう懸念を口にする。確かにそうだ。送電線が切れてしまえば電気は使えない。


 「単純に切れた送電線を新しいものに取り換えればいいんだろうな」

 

 「どうやって取り換えるの?」


 「一度変電所で送電を止めて、新しい送電線を現場まで運んで、それ用の道具を使って、じゃないか」


 「何だよタダシ、肝心なところは知らないんだな!」


 冷蔵庫にペットボトルを入れ終わったタダシくんは、僕達に向き直って言った。


 「当たり前だ。僕達が昨日まで生きてた世界は、沢山の大人がそれぞれの専門の仕事を黙々と行ってくれてたおかげで維持できていたんだ。何となくどんなことをしていたのかっていうのは皆何となく知っている。でも、実際どういった手順を踏んでどういった作業を行っていたのかなんて具体的なことは、実際にその仕事にたずさわっていないとわからない部分だ。

 その大人たちが一斉に消えたんだ。もう前の世界を維持していくのは難しい。

 維持できなくなるのが遅いか早いか。それだけさ」



 


 

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