#029_魔物
ズキズキと右の脇腹が痛む。たぶん、ここに攻撃を受けたんだ。
なにをされたのか……はひとまず置いておくとして、驚くべきはその威力。
ジュラルミン製
物理と魔術、両面の防御があってなお俺が痛みを感じるということは、それらの機構ですら弱められないほどの強力な衝撃を加えられたということだ。
奴の攻撃は、
「グルゥゥゥ……」
俺を見据え、怪物はゆっくりと近づいてくる。
武器はない。装備も、ゴブリンにしては上等な服飾だけ。
警戒すべきはあの筋肉量。まともに肉弾戦をするのは危険だと、脇腹の痛みが証明している。
だったら、選択肢は一つだ。
俺は脚に力を込め、勢いよく上へ跳躍。
魔物化しているとはいえ、敵はゴブリン。空を飛べないことに変わりはない。俺を打ち落とした対空攻撃手段はあるのだろうが、それさえ警戒していればいいはずだ。
そして、あとは一方的に攻撃するのみ。
「《
吹っ飛ばされたときに停止していた武装を再起動し、投影された弾道予測線をゴブリンへ向ける。
「……!」
腕を向けたことを不審に思ったのか、ゴブリンが急に走り出した。
「《
俺は腕を動かし、弾道線で敵を捉える。
……だが、速くて捉えられない。
ただ走ってるわけじゃなく、急な角度をつけて曲がることを繰り返している。
俺に動きを予測させないためだ。予測されると、移動先に狙い撃ちされるとわかっているから。
ただのゴブリンならそこまでの思考には至らないはず。このゴブリン、肉体だけでなく、知能もヒト並みに優れているようだ。
その動きをされると、直線上一点しか狙えない
ほかの術式に変えるべきか?
そう考えていると、急停止したゴブリンが、大きく跳躍した……空へ、俺のほうへ向けて。
「!!」
恐るべき跳躍力。50m以上の上空にいる俺に迫る勢いだ。
俺は慌てて……いや、慌てるな。
距離を取れ。敵はゴブリン、たとえ跳躍でこの高度まで達したとして、空中で自由に動くことはできない。
それなら敵が落下するのを待って、落下中に攻撃すればいい。
俺はゴブリンが跳躍した軌道上から横に逸れ、奴の突進をやり過ごすことに決める。
そして退いた俺を見たゴブリンは、宙を踏み締めて軌道を変えた。
「は?」
怪物の放つ強力な拳が、俺の腹へとクリーンヒットする。
「ぐっ!?」
真横に殴り飛ばされる俺。
ゴブリンは再び宙を踏んで加速し、身体を捻って真上からの蹴り下ろし。
俺は腕を交差させてそれを防ぐ。……が、
「つッ……!」
圧倒的な
身体に念動力をかけて勢いを殺すも、俺は猛烈な勢いで地面に激突した。背中に衝撃が響く。
だが、痛みに呻いてる
直後、俺のいた位置にゴブリンが飛来。剛拳を突き立てた地表に
なんて膂力……いや、そうじゃない! なんでゴブリンがそれを使える!?
奴が見せた宙を踏み締めて動く歩法。
それは俺がレイモンドさんに教わった、足裏に念動力をかけることで、歩く走るの延長上で飛行することができる冒険者の歩法。
空中踏歩。
これを使うには念動力の習得が必須だ。魔術にせよ魔法にせよ、念動力が土台となる。
「……リース。魔物って、魔法が使える?」
『! ……使える個体もいるらしい』
「そう、わかった」
思い返せば、そうだ。
俺が魔物に遭遇したのは一度だけ。初めてこの村に来たとき、レイモンドさんたちを襲っていた四本腕の熊。
あの熊も炎を纏っていたじゃないか。熊の動きに合わせて燃え上がり、熊が死んだら鎮火した。
あれは魔法だったんだ。でなきゃ熊の動きに連動しているわけがない。
土煙を切りながら、緑色の怪物が歩み寄る。
その表情は、笑っている。にやりと口角をあげ、まるで戦いを楽しんでいるかのようだ。
『ミキヒト、引き気味に戦って。弾幕を張りながら、時間を稼ぐようにしよう。いまごろ冒険者たちが集落に踏み込んでるはず。異常に気づいたらすぐに戻ってくるはずだから』
「……了解」
再び、俺は空へと飛び立つ。
目的を討伐から時間稼ぎへとシフトだ。
宙へと舞い上がった俺を、怪物が空中踏歩で追ってきた。
俺はひたすら上へ飛び、怪物は宙を踏み締めて加速する。徐々に距離を詰められ、奴が俺の魂源領域内に入ったところで、俺は呟く。
「《
瞬間、耳をつん裂く大音響と、目を眩ませる閃光が迸った。
拡張術式《
「!?」
怪物の動きが一瞬だけ止まり、そして自由落下に転じる。
念動力が使える……魔法が使えるなら、目眩しくらい簡単に対応されるだろう。
すぐに次の策を講じる。
俺は動きを反転し、今度は俺から距離を詰めた。
奴の身体が俺の魂源領域内に収まったことを確認し、俺は
現れたのは黄色の
……だが、
「グゲァッ!」
わずかな差でかわされる。
目と耳を潰したはずなのに気づかれた。気づかれること自体はいい。だが、その方法は? 空気の流れから周囲を感知できるほど触覚が鋭敏なのか、目か耳を魔法で回復したのか。
「……ッ!?」
答えは後者だった。
距離を詰めた俺を目視で確認し、怪物はさらに近づいてきた。
俺の懐に潜り込み、右の縦拳で一発。
ゴッッ! とその衝波が俺の内臓にまで届く。
「うぐっ!?」
怯んで退がった俺に、怪物は追い討ちをかける。
空中踏歩、からの突進。
俺はそれを、真っ向から受け止める。
奴は左手で俺の右腕を掴んだ。そして自身の腹に膝がつくほど脚を曲げて、俺へ向かって一気に伸ばすドロップキック。
「うッ……!」
腕を掴まれてる以上、すぐには回避できない。
芯だけは捉えられないように身体を捻って避けるが、それでも腹に重い一撃もらってしまった。
「くッ……」
形状は円盤、直径10cmほど。数は二つ。用途は
俺を掴むその手を狙って、その円刃を振り下ろす。
奴の手が離れた……のも束の間、すぐさま追撃が始まる。
空中踏歩を使った自在な軌道で、俺を多角的に追い詰める。
一方、俺は
だが、怪物はその戦輪をすんでのところで
魔物の空中機動が、ますます機敏になっていく。
数を増やすか? いや、だめだ。これ以上、増やすと操作しきれない。逆に隙を作ることになる。
その思考の隙を突かれ、俺は怪物の接近を許してしまう。
「まっず……!」
とっさに円刃を増やして攻撃。
それを奴は叩き上げ、宙を蹴って俺の足元へと移動。
俺の足首を掴み、大きく腕を振って、投げ下ろす。
「ッッ!?」
俺は背を地面に、奴を見る。
追撃が来るかと思いきや、緑色の怪物は歯を見せた笑みで俺を見下ろしていた。
そして俺はなにかに衝突。
カァン!! という音が轟いた。
鐘の音!?
クソッ! いつのまにか、村の中心部まで後退してたってのか、俺は!?
ガガガガガッッ!!
村一番の高さを誇る石の塔を、俺の背中が押し潰す。
瓦礫が降り注ぎ、俺の視界を遮った。
一瞬、奴が追撃を待ったのはこのためか!
瓦礫を取り除いている
だが、すぐに気づく。これは悪手だ。
腰の左側に鋭い痛み。
俺は小石のように蹴っ飛ばされる。
いくつもの家屋を貫きながら跳ね転がった。
念動力で体勢を整え、腕を大地に突き立てて、俺はようやく停止する。
「いっ……!」
刺されたような鋭い痛みが、腰に残っている。骨か筋をやられたか。
くそッ、全方面に
『ミキヒト、大丈夫?』
「…………ッ……リース、避難状況は?」
『まだ村の正門が見える距離。鐘の音が聴こえたけど……』
「大丈夫、大丈夫だから」
魔物の姿が見える。
崩壊した家々の、その崩れ去った瓦礫すら踏みつけにしながら。
にたにたと笑みを浮かべた怪物が、青銅の鐘を持って姿を現した。
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