第7話 やだ
初配信から三日後。
新人杯も間近に控えた中で、レヴリッツは配信活動に勤しんでいた。
ペリから音質に関して説教され、彼のマイクは譲り受けた高品質マイクに変わっている。正直、音質なんて聞こえればどうでもいいと思うのだが……ペリの配信論では違うらしい。
自分の声なんてはっきり聞こえてもなあ……とレヴリッツは思いつつ、渋々マイクを変えたのだった。
「……でさ、式典にいつもの着物で行くか迷ったんだよね。さすがに同僚の結婚式って、スーツで行くべきじゃないかって。でも、スーツ取り出してみたらケツに穴が開いててさあ……仕方ないだろ」
〔草〕
〔草〕
〔失礼がすぎる〕
〔友達一人減っちゃったねえ〕
〔まだやっててわろた〕
かれこれ雑談配信五時間になる。
別に長時間配信をする気はなかったのだが、気づいたらやってた。精神力と忍耐力だけには自信があるので、長時間配信など苦ではない。
養成所では活動初期は配信時間を少なめにするように教わったのだが。
「……もう五時間経つの? じゃあ次の話ラストにするわ」
〔さっき聞いた〕
〔ファイナルラストな〕
〔お前の話陰キャ臭半端ない〕
〔エビ、新人杯の準備はしなくていいのか?〕
「新人杯の準備?
なんか準備することあるかな? 素振りは毎日してるけど……」
〔素振りヨシ!〕
〔対戦相手の対策とかさあ〕
〔あっ・・・〕
〔負け確で草〕
「僕、事前に対戦相手の分析とかしたくないんだよな。初見の方が面白いじゃん。まあ勝つけど」
レヴリッツは配信での発言に注意しながら雑談を進めていく。
大会を直近に控えた現在も、彼の心境は揺るがない。彼なりの決意の表れであった。配信は素人でも、勝負に関しては絶対的な価値観を持っている。
「ふあぁ……眠くなってきた。寝るわおつ」
SNSにおける立ち回りを確立していない現状、レヴリッツは積極的に配信を行っていく必要がある。
とりあえず、「FランVIP」と呼ばれて馬鹿にされる分には構わない。むしろ視聴者と距離を縮められて喜ばしい。
不名誉は実力で覆せばいいのだから。
ー----
「大会は明日か。腕が鳴るな」
今期デビューした新人限定の大会は、明日開催される。
大会にはヨミと他数名を除き、ほとんどの同期が参加するようだった。参加者は二十名。約四回勝ち上がれば優勝ということになる。
レヴリッツは明日の戦いを楽しみにしつつ、ヨミと一緒に運動を行っていた。
一通り刀の素振りを終えた後、彼は疲れたように芝生に転がる。
「それにしても……レヴはよくそんなに重い刀が持てるね。私は筆より重い物は持てないのに」
「別にヨミのスタイルは力を必要としないだろ? 僕は刀を振るう以上、力が必要だから素振りを続けているだけだ」
「たしか……レヴは元々二刀流だったよね? 今は一刀流なの?」
「ああ……バトルパフォーマンス中は二刀流は使わないと思うよ」
一刀流の竜狩り剣術以外を用いることは、レヴリッツのポリシーに反する。
少なからずヨミは彼固有の剣術を知っているはずだが、彼が祖国からこの国に来て戦法を変えたことに関して、何ら問い質すことはなかった。
ヨミはレヴリッツの複雑な背景を知っているからこそ、深入りして何かを尋ねることはない。どんな言葉がレヴリッツの心の底を傷付けるかわからないから。
「汗が出てる。ジャージに着替えた方がいいかも」
ヨミはレヴリッツが着ている黒い着物を引っ張った。
彼は常に着物を着ている。普段着も寝間着も戦闘服も、全て着物。
「これは戦闘意欲の表れだ。あるいは模倣の象徴。脱ぐわけにはいかない」
「???」
ヨミは着物と戦闘意欲という言葉の関係がわからず、首を傾げた。
実はレヴリッツの着物にはある細工が施されており、戦闘に役立つ時がある。いついかなる時も勝負を申し込まれても対応できるように、彼は衣服を統一しているのだった。
「……ねえ、あんたがレヴリッツ・シルヴァ?」
寝転がるレヴリッツに語りかける声があった。
真っ赤な髪を肩のあたりで揃え、紅い瞳でレヴリッツを凝視している。覆面で顔の下半分を覆った少女。纏っているのは使い古された黒いコート。
見下ろす彼女へ、レヴリッツはゆっくりと視線を送り……
「あ、パンツ見えた」
「これスパッツね。で、あんたがレヴリッツ?」
「いや、スパッツでも構わないけどね。僕がレヴリッツだよ。君もこの芝生で昼寝か?」
「……なにこいつ、変人?」
赤髪の少女は傍のヨミに尋ねる。
ヨミは答えあぐねる。根は生真面目な人物ではあるが、表面上は相当な変人であるのがレヴリッツだ。敢えて変人を演じていると言ってもいいだろう。
そう考えると、彼女は頷いてもいい気がしてきた。
「うん。レヴは変態です」
「変態と変人は大きく違うぞヨミ。僕は変人であって変態じゃない。
……で、僕がレヴリッツだ。何か用?」
彼は立ち上がり、少女と向かい合う。
一瞬で眼前の少女の特徴を把握する。佇まいは達人。戦闘スタイルは武術型。使用武器はおそらく小型。視線の配りは常に奇襲を警戒しているようだ。
相手の情報を把握したレヴリッツは、彼女から一歩距離を取る。
「あたしと
「やだ」
勝負を申し込まれた彼の口から出たのは、少女からしてもヨミからしても、意外な言葉だった。
戦闘狂のように振る舞う彼が勝負を申し込まれて断るというのは、前代未聞の事態と言ってもいいかもしれない。
「はぁ!? なんで!?」
「やだ!」
「だーかーら! なんで!」
「うるさい。僕は君とは闘わない」
少女はレヴリッツのかたくなな姿勢に憤慨を隠せない。
彼女の睨みに対して、レヴリッツは首に右手を当てて視線を逸らしている。
ヨミはそっと彼に理由を尋ねた。
「レヴには闘いたくない理由があるんだもんね?」
「正解。僕はこの人の姿勢が気に入らない」
「姿勢……? 何言ってんの?」
「まず、殺気を隠せ。ここはバトルパフォーマンス用の施設で、闘いの中に相手を明確に害す意思は不要。そして君の佇まいは、一瞬で相手を仕留める足運びだ。パフォーマーたるもの、ある程度勝負を長引かせて試合を白熱させねばならない。君がその姿勢を捨てない限り、僕は闘いたくないね」
向かい合う両者は共に素人ではない。
されど普段意識する
「……あんた、同業者?」
「何のことを言っているのかわからないが、僕はバトルパフォーマーで、君もバトルパフォーマー。同業者に決まってるだろ」
レヴリッツは彼女から発せられる血の匂いに気がついていた。
しかし、あくまで彼は知らぬ存ぜぬの姿勢を貫き通す。ここにいる限り、彼らの職業は皆バトルパフォーマーのなのだから。
一方で少女はどこか訝しむ視線を向けながらも、レヴリッツの正体を把握することはできなかった。
「はあ……そう。でもね、あたしのスタイルを矯正したら、実力がずっと落ちるもの。いまさら戦い方を変えるわけにはいかないでしょ」
「完全に変えろとは言っていない。表層を変えれば、おのずと深奥もついてくる。それができない間は僕に挑んでくるなよ」
「うざ。まあいいや、どうせ明日の新人杯で当たるでしょ。あんたが負けるとも思えないし……決勝で会いましょう。あたしの名前はカガリ、覚えといてね」
カガリと名乗った少女は踵を返し、レヴリッツから遠ざかっていく。
彼女の後ろ姿を眺めながら、レヴリッツは思案する。微かな血の匂いと歩法。
おそらく殺し屋……中でも私的な殺しを請け負う者だろう。血の匂いが残っているので、まだ暗殺の仕事は続けているようだ。
そんな人間がなぜバトルパフォーマーになった理由はわからないが、レヴリッツは人のことをとやかく言えない。
「闘うの、やだなあ……」
彼は肩を落として呟いた。
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