第6話 お゛ぇぇ゛っ!

『【レヴリッツ・シルヴァ/初配信】自己紹介!!

  【バトルパフォーマー/87期生】』


 悶えていた。


「あぁぁあああああっ……」


 レヴリッツは画面の前で悶えていた。

 初配信まであと五分。


「ぐ……ぁあああああっ……」


 痛い。心が痛い。

 勝負で負けて首が落ちた時より痛い。


 どうしてこんなに怯えているのだろうか、自分は。

 原因は分かる。単なる経験値不足だ。

 彼は育った環境上、極めてコミュニケーション能力が低い。戦闘はできても交流ができない。


「ん゛お゛ぇぇ゛ぇぇ゛」


 これでも養成所で一年間、トークは鍛えてきたのだ。

 養成所の指導員曰く、「レヴリッツは素の状態が一番面白いから、自然体でいけ」とのこと。

 しかし、無理だ。人付き合いが苦手なレヴリッツが、配信で素の状態を維持できるわけがない。そもそもレヴリッツ・シルヴァとして振る舞っている時点で素ではない。


 配信時間は三十分。

 今日と明日は、今期デビューした新人たちがリレー形式で配信していくことになる。決して長い時間ではない。

 しかし、初配信はやはり緊張する。配信なんて黒歴史製造機では?


「お゛お゛ぉぉ゛んっ……やるぜ僕は。視聴者に媚びることなんて大嫌いだが、恥も外聞も捨てた身だ……クソが。気持ちわりいな」


 レヴリッツは若干の本性を出しつつ悪態をつく。

 数時間前に行われたヨミの配信は面白かった。

 コメントが『かわいい』ばかりで、実に平和な雰囲気だった。レヴリッツも『かわいい』と言われれば心が休まるが、絶対に言われないと思う。


 アマチュアパフォーマーの中ではかなり知名度の高い先輩……ペリも配信を見てくれるとのこと。何か問題があった時は、彼女にヘルプを求めればいい。

 ペリの数字を確認した時、レヴリッツは驚いた。動画投稿サイトにおけるアマチュア級のチャンネル登録者は、大体1000~10000人くらい。

 しかし、ペリの登録者は100000人。普通にプロ級の数字だ。


 どうして彼女はプロに昇格しないのか。

 人気は十分だ。勤続年数も二年とプロに相応しい。では、実力が足りないのか?

 まだバトルパフォーマンスの動画を確認していないのでレヴリッツは何とも言えないが、恐らくペリは弱くはないと思う。佇まいが熟練者のそれだ。


 まあ、他人の活動なんてどうでもいい。

 今は目前の配信に集中しなければ。


「……あと一分か」


 悶えている内に時間が迫っていた。

 深呼吸。


 回線良好、録画ソフトウェア準備OK、カメラ・マイクよし、余裕なし。

 ──初配信が始まる。


「……はじめまして! レヴリッツ・シル──お゛ぇぇ゛っ!」


 開始直後、レヴリッツは嘔吐した。


 ー----


 まだ画面がついていなくてよかった。

 ペリシュッシュ・メフリオンは安堵する。


「レヴリッツくん、初手嘔吐とは中々猛者です」


 聞こえたのは音だけで、初手の手違いによりカメラはついていなかった。

 カメラがついていたら、いきなり視聴者にグロ映像を見せる惨事になっていたことだろう。炎上不可避。


「……もしかして、狙ってやってる?」


 本当は吐いてなくて、話題作りのための作戦だとしたら凄い。

「ちょっと待ってね」と暗転した画面に字幕が出てくる。真っ暗な画面に白い字幕ではなく、赤い字幕を使うあたりヤバい。


〔初手ゲロは草〕

〔ええ……〕

〔なんだコイツ!?〕

〔???〕

〔赤文字怖えよw〕

〔開幕事故は基本〕


 視聴者に初配信で関心を持たれることは重要だ。

 現在の同時接続数は5000人くらい。しかし、次の配信には500人を下回っていることも珍しくない。

 あくまで初回リレー配信の視聴者は「客人」であることを忘れてはならないのだ。ここで興味を持ってもらわなければ、次回以降の数字に繋がらない。


 その手法が嘔吐というのは……ペリは口を紡ぐ。

 ノーコメントで。


『いやあ、お待たせ! トラブルでちょっと遅れた、ごめんね!

 改めて自己紹介を。僕はレヴリッツ・シルヴァ! よろしく!!』


 数分で後始末を終え、颯爽と現れたレヴリッツは画面をつける。

 自己紹介は至ってシンプル。嘔吐が自己紹介みたいになってる。


〔サムライ!?〕

〔こんにちはー、声かっこいいですね!〕

〔イケメンやん〕

〔でもコイツ吐いたぞ〕

〔変な服着てんなw〕


『まあまあ、僕がかっこいいのは分かるけど。とりあえず落ち着いて。僕の輝かしいプロフィールを見せよう』


 レヴリッツが自己紹介カードを出して、簡単に自分のバックグラウンド(偽装)を説明していく。

 視聴者の大半には、そこまで批判的なコメントは見られない。初日リレーなんてそんなもんだ。余程のやらかしをしない限り、アンチは初日には生まれにくい。

 嘔吐してもたぶん大丈夫。


「私だって配信中に吐いたことくらいあるし。アレは爽快だったなあ」


 しかし、一つだけ気がかりな点があった。これはいけない。

 ペリには到底看過できないことが。


「音質が!!!!

  悪いっ!!!!!!!!」

 

 つい叫んでしまった。

 このボロ寮は壁が薄いので、隣人に迷惑かもしれない。


「音質がクソなのはいけないことだと思います!」


 新人は大半が音質に気を使っていない。支給のマイクで済ませてしまうのだ。

 ペリの配信論によると、配信で最も大事なのは音源。音質をないがしろにすることは、視聴者への冒涜と同義。


 今度レヴリッツに余ったマイクをあげないと……と音質厨の彼女は決意する。マイクなら数十個余っているので。

 こんなガビガビ、クソクソの音質じゃクソ。


 ふと特徴的なコメントが流れる。


〔着物の男ってFランVIPじゃね?〕


『ん……ああ、そうそう。僕って同期から《FランVIP》って呼ばれてるんだよね。理由は総合適正がFだったから。でもね、適性検査って言うのは、あくまで初期値と才能の話であって……』


 配信に流れるレヴリッツの言葉に、思わずペリは驚愕する。


「まじか。あのガフティマを倒したレヴリッツくんが、Fランク……?

 まあ、私もガフティマくらい倒せますけど。裏にいる人が怖いので……ちょっと関わりたくない。向こうも私の影響力を気にしてるのか、絡んでこないし」


 レヴリッツが今画面で話しているが、確かに適正とは初期値と才能を現すものであり、現在の実力とは無関係。それでも適正が高いほど強者が多いのは間違いないし、適正が低い人に強者はほとんどいない。


〔Fランwwww〕

〔引 退 確 定〕

〔レヴリッツくんのことエビって呼ぶね・・・〕

〔つよくいきろ〕


『ファンアートのタグ? 決める時間がもったいないから後で決めるわ。多くの人が見てくれてるから、今は僕の個性を伝えたい。

 まあ、見とけよ! 僕めっちゃ強いから。まじで』


〔ほんとお?〕

〔新人バトルパフォーマー、大体自分のこと過大評価しがちw〕

〔草〕


 ここまでの流れを見て、ペリ的な評価は……悪くない。

 見た目と声はいい。性格がおかしい故にキャラ立てもできているし、視聴者に与えたインパクトもそれなり。問題はこれ以降の配信で視聴者を保持できるかどうか。

 そればかりは、レヴリッツのプロデュースに依存してしまう。


 あと炎上しそうで怖い。絶対する。こいつはデリカシーがない。


『歌? 歌はまあ……養成所で鍛えたけど、元々得意ではないかな。みんなの前で歌えるように頑張って練習する! 正直、自分で聞いてもキモいと思うから……待っててくれ。肺活量だけは自信があるけどな。五分間、息止められるから』


〔5分!?〕

〔さすがに盛った?〕

〔今度配信でやれ〕

〔声はすこ!お歌楽しみ!〕


 思ったより生配信でのレヴリッツはまともだ。緊張してるのだろうか。

 配信外の方が頭おかしい人は珍しいなあ……とペリは苦笑いする。


『前職は竜殺しでした。バトルパフォーマーの中じゃ珍しくないよね。みんな知ってる? 竜の肉が高級食材なことは有名だけど、鱗も食えるんだよ。加工すれば軟骨みたいなもんだし。あ、そのうち竜鱗の調理配信しようかな?』


〔食えるの!?〕

〔そういえばアレが罰ゲームで食わされてたな〕

〔Fランが竜狩れるわけねえだろw〕

〔俺も時々食ってる〕

〔お料理枠たすかる〕


 何気なく雑談を聞いていて思う。


「……レヴリッツくんって、メンタル強いのかな?」


 ところどころ辛辣なコメントが散見されるが、彼はアンチの攻撃に耐えられるだろうか。

 ペリはアンチなど視界に入らない。

 配信とか図太くなきゃやってられない。


『……って、もうすぐ三十分経つのか! 早いね……というわけで、レヴリッツ・シルヴァでした! 次の方の配信はこちらのURLから!

 あ、新人杯も出場するから目玉かっぽじってよく見とけよ!』


〔終わったw〕

〔いきなり終わって草〕

〔目玉かっぽじったら何も見えなくなったゾ〕

〔おつー〕


 そう告げて彼は配信をぶつ切りした。

 とりあえず音質を改善させねば。



 *****



 【バトルパフォーマー】BP新人スレ Part38【87期生】


 334:名無しさん ID:nNdY8nSiN           

 新人、初手嘔吐です


 335:名無しさん ID:uGef4h9wI

 BP協会の審査通ってるのにFランとかありえなくね?そういうRPだろ😅

(*RP……ロールプレイ。なりきり。キャラ作り)


 338:名無しさん ID:Wu1huFw4y

 この侍の仇名はエビで決定です

 俺らが応援するぞ🤗

(*エビ……アマチュア級 レヴリッツ・シルヴァ)


 339:名無しさん ID:Ms0NaRe9k

 Fランかわゆ~🤗


 340:名無しさん ID:8EryewUfh

 ヨミちゃんかわいくないか?


 342:名無しさん ID:Q7RtyrRfg

 エビくんさあ……Fランで新人杯出るとか恥ずかしくないの?


 344:名無しさん ID:ty7Yr8gFc

 ここで新人叩いてる奴頭悪そう

 俺にもボコされるやろな😤


 345:名無しさん ID:8GfvCed2P

 前期は不作だったし今期は豊作であってくれ頼む


 346:名無しさん ID:u0e32tFvX

 >>338

 今からエビボコボコにされんの待機しとく

 嘔吐聞かされて不快になったし😡


 348:名無しさん ID:NfaEqb29u

 新人クソPどものせいで今日ペリちの配信ないじゃねえかクソ4ねボケ

(*ペリち(ペリカス、カス)……アマチュア級 ペリシュッシュ・メフリオン)


 350:名無しさん ID:uw2fEu9gV

 リオートくんのイケボしゅきしゅき♡

 早くボイス出して♡


 351:名無しさん ID:Y8r4gYbHj

 >>346

 ちゃんと調子乗ってる新人は痛い目に遭うから大丈夫だぞ😎


 354:名無しさん ID:2gatPuQw9

 やっぱ女Pの方が同接出るな

 コーンがどれくらい死滅するか楽しみなんだ🤗

(*コーン……ユニコーン。転じて処女厨)


 361:名無しさん ID:tRbsfeWg5

 カガリってPやる気なかったな

 別にやる気ない奴は脱落してくからどうでもいいけど


 362:名無しさん ID:U1gEwq7lr

 エビは早く引退させてあげないか?

 それが俺らの責務だ😎


 364:名無しさん ID:Y7geMdnwO

 男Pの役割は女P炎上の盾になることだから


 365:名無しさん ID:vG2t4RqeU

 あの


 芸人は年中炎上してます…


(*芸人(炎上芸人)……マスター級『幻狼』ユニ・キュロイ)

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