第14話「1年後…」

 夏休みというのはありがたいものではあるが、授業がない分ネタの供給が止まってしまって困ったもの。

 ちなみに今回のサブタイトル「1年後…」はダニー・ボイル監督のホラー映画「28日後…」のパロディだと気づいた人はいるだろうか。いるわけがない。


 今回のお話は最初の職場でのこと。もう10年以上前のことで忘れていたが、先月大学を退職した際に思い出した。

 このエッセイの初めは時系列に沿って書いていたけど、その最初に働き始めた大学は契約が1年ごとに更新という形式だった。1年目が終わる頃、来年はどうするかと尋ねられた私は少し迷った。前回の話でこの仕事を辞めたいと思ったことは一度もないと書いたがそれは事実。

 辞めたいわけではなく同じ学校で続けるか、それとも帰国するか、違う学校を探すかで悩んでいた。この時の私は十分にタイ生活をエンジョイした気でいたのだ。もちろん思い違いだけど。


 今にして思えば何をそんなに悩んでいたのか全くわからないのだが、当時社会人を1年経験しただけの私の胸には帰国して日本で生活するという選択肢も僅かに芽生えていた。

 

 今でこそ日本語教師としてずっと食っていくつもりでいるが、当時はまだこの仕事にそこまでの熱い気持ちがなかった。結局のところ、当時の私は自分でも何がしたいのかわかっていなかったのだ。


 主任から契約を更新するかしないか1週間程度で決めるよう指示され数日。いつものように授業を終えたところを学生に呼び止められた。なんでも夕方、バドミントンをするので一緒にどうかとのこと。ならばせっかくだからと一度帰宅しスポーツウェアに着替えて再び大学に戻った。

 大学のそれまで歩いたことのなかったエリアにバドミントンコートが複数あり、日差しが和らいだのをこれ幸いにと多くの学生で賑わっていた。

 私自身は運動神経が良いわけでもなければバドミントンが得意なわけでもない。これより前にバドミントンをしたのは高校生の頃に授業で数度だけではなかろうか。

 それでも次第に夢中になり、暗くなるまで学生達とラケットを振っていた。


 その日はタイに来てから最も激しく運動した日であり、最も晴れやかな気分で家路についた日だったと思う。翌日、私は主任に契約更新の意思を伝えた。

 私は当時、友人に契約更新の理由を『バドミントンが楽しかったから』なんて説明していたと記憶している。聞いた側としては何を言っているか分からないだろう。

 だが私にはそれで十分だった。学生が誘ってくれて一緒に遊んでくれた。それが楽しかった。私はもっとこの子達と過ごしたいと思った。それで十分だ。

 このとき1年生だった子達、つまり私の赴任と同じタイミングで入学した学生達が卒業する頃までこの大学で働くのもいいかもしれない。そんなことを思った。


 私の人生、困った時はいつも学生達が道を示してくれた。これはその一番最初の経験だったと思う。その後も私は思い悩んだ時いつも教え子達に助けられた。

 本当に、この仕事に就いてよかったと思う。


 短いけど今回は以上。

 ちなみに4年は働きたいと思ったこの職場はまさかの事態で翌年泣く泣く辞めることになる。その話はまた別の機会に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る