冷酷な処刑人に一目で恋をして、殺されたはずなのに何故か時戻りしたけど、どうしても彼にまた会いたいと願った私を待つ終幕。

待鳥園子

第1話『時戻り』

「セシル・ブラッドフォード公爵令嬢……せめて、一息に。苦しまぬように致します」


 非情な決断を下し自らを呼び出した主に、目の前で座り込んでいる私を殺すように命じられ、彼は短く呟いた。


 私の目に入るのは感情が見えない、紺碧の瞳。ただ、それだけ。


 まるで、裏稼業の人間か暗殺者を思わせるような不気味に見える黒衣を纏い、コツコツと靴音をさせて、こちらへと近付いて来る背の高い男。


 未来の王太子妃……王妃へ嫌がらせを繰り返した冤罪を被った私にとって、彼は恐ろしい死神になるはずだった。


 けれど、どうしてだろうか。私には彼が与える死でさえも、残酷な美しい天使による断罪に思えてしまうのだ。


 ああ……きっと。私は、もうすぐここで彼に殺されてしまう。すぐそこに死が迫り来る恐怖よりも先に、彼へと向かう気持ちが勝っていた私は。もう。


 恋という熱病に侵されて、その時にはどうかしていたのだ。


 こちらへと歩み寄る彼の整った顔を、見つめたまま。次の瞬間。私は、かつて婚約者であった人の顔を見つめていた。


「っ……リチャード……えっ?」


 これまでに彼にされた酷い仕打ちの数々を思い出し、顔を歪めて大きな音をさせてティーカップを置いた私に、婚約者だった王太子リチャードは優しく微笑んだ。


「いつも完璧な君が、そんなに焦っているなんて、珍しい。何か、気になることでも思い出した?」


 先ほどまでの緊迫し張りつめていた空気など、欠片も感じさせない。呑気な態度で、首を傾げた。


 パリッとした糊のきいた白いテーブルクロスを掛けられた丸テーブルを前に、数秒前まで冷たい石の床に座っていたはずの私は柔らかなクッションの敷かれた椅子に座っていた。


 正面に座っているのは、穏やかで優しい性格と誰もを虜にするような美しい容姿を持つ、この国の王太子リチャード・ヴァイスキルヘン。


 運命の女性と恋に落ちて、彼女への嫌がらせの冤罪だと泣いて否定した私を、容赦なく死に追いやったその人。


 ……そうだった。


 彼女が現れる前の彼は、こんな風に穏やかで陽だまりの似合う人だったわ。その後の……あまりの変貌に、すっかり忘れていたけど。


 とりあえず。殺されたはずの私が、今この場所に居る意味を、全く理解出来ていない。落ち着こうと、大きく深呼吸した。


 新鮮な晴れた日の空気が、肺に入っていた。


 じめじめとしたカビの匂いのする地下牢で鎖に繋がれていた私は、あの時に初めて見た美しい男性に殺されたはずだった。


 けれど、ここはうららかな陽の光がさんさんと降り注ぐ、美しいサンルーム。確かに私は場所で、婚約者のリチャードとは良くお茶をしたものだった。


 殺されたと思っていたあの時と、明らかに状況が違う。もしかしたら……これは、あの女性が現れる前に過去へと戻った?


 最近流行っている物語では、聞いたことがある。主人公たちは時を越えて過去や未来を、移動するのだ。


「あの……リチャード。ルイーゼ様は、今どこにいらっしゃいますか?」


「ルイーゼ? 誰の事だ?」


 光が跳ねる美しい金髪をさらっと揺らしリチャードは、私の質問に対し、本当に不思議そうにして首を傾げた。


 そして、確信した。


 あの女性……貴族の子女を集め教育する学園で、多くの男子生徒を虜にした男爵令嬢ルイーゼ・ローランスと、彼はまだ出会っていない。


 こうして、冤罪で殺されたはずの私は、何故か時を遡り……人生を、やり直す機会を与えられた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る