第8話 たったひとりの視聴者

とうとう、時計が23時を示した。

テレビからは、アニメが流れ始め、綺麗な女の子の姿が現れる。同時に字幕が現れる。

その瞬間、今までのりかとは違う声が、僕の耳に響いた。


たったそれだけで、僕の心は、人生でいちばん熱くなった。


同僚が言っていた。声優は、ぶっ通しで収録するわけじゃないし、リハーサルをして、本番も、うまくいかなければ何度もやり直しする事だってあるんだと。


でも、りかは、このやり直しのできない、ぶっつけ本番なのに、そんなことを感じさせないくらいすごかった。


CMになっても、俺はりかに声をかけることさえできない。

手は汗でびちょびちょだし、呼吸の仕方を忘れそうなほどだった。


CMが終わり、再び話が始まる。

そして……とうとうアニメの1話目が終わった。

りかは、ふう、と息を吐く。


「……どう、だった?」


不安そうな声。

俺は、うまく言葉にまとめられないまま、今の気持ちを何とか伝えようと口を開いた。


「……俺だけが聞くの、すごくもったいないと思った。今このアニメみてた全員に、伝わればいいって……こんなにすごいんだぞって……それくらいすごかった」

「……玲斗くん、ありがとう。初ヒロイン、玲斗くんに聞いてもらえて、本当によかった」


そう言い終えると、必死で堪えていた涙が頬を流れてしまい、俺は慌てて袖で拭う。


「ごめん……感動して……恥ずかしいな」

「ううん、嬉しい。私の演技で、人の心を動かせたんだって……自信持てた」


嬉しそうなりかに、俺はまたウルっと来てしまう。


「私……あきらめてた。このまま、私の代わりに選ばれた子を恨んで、悪い幽霊になって、呪ってやろうかな……なんて考えるようになってた。……でも玲斗くんは、私を励まそうと一生懸命考えてくれた。あきらめないでやる大切さを教えてくれた。本当に……ありがとう……」


りかの言葉は、俺の涙の堤防を完全に破壊した。

涙を流しながら俺は、りかに言った。


「こうなったら、最終話まで聞かせてくれよ?」


でも、りかの返事はなかった。

いくら待っても、それきり、りかの声は聞こえなくなった。

俺は呆然とした。


(ああ……成仏……できたんだ……)


よかった。そう呟いた。

未練を残さないように、彼女が早く成仏できるように。そのために、必死で考えたんだ。これでよかったんだ。


……違う。俺は頭を抱えた。

そんなの嘘だ。いいだなんて、これっぽっちも思っていない。

そうだ、俺は自分勝手な、最低なやつだ。


悔しさと自己嫌悪で、俺は、眠れないまま朝を迎えた。

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