第6話 お供え物

今日の朝も、りかの声で起こされ、仕事へと向かう。

りかのいってらっしゃいの声が、俺の心を弾ませてるなんて、きっと彼女は気づいてもいないだろう。


俺は、少しでもりかとの時間を作りたい一心で、必死に仕事を片付ける。

そして嬉しい事に、残業もなく帰ることに成功した。


だが、帰りの電車が遅延しており、ぎゅうぎゅう詰めで大変な思いをし、身も心もぼろぼろになって帰宅したのだった。


「ただいま……」

「あ、おかえりなさい!」


りかの元気な声に、俺の疲弊した心は、少し元気を取り戻した。


「……元気ないね?どうしたの?」

「電車が混んでてさ……ほんと、通勤電車ってもう少しどうにかなんないのかなあ……」


俺はぶつくさ言いながら風呂に入り、夕飯の用意を済ませ、夕飯を食べながらテレビを見ていた。


ちょうどやっていたお笑い番組で、俺とりかはヒィヒィ笑い転げてしまう。


「あはは……ひい……だめ、涙出てきちゃう!」

「ほんと……腹いてえ……ふひっ!」


笑いの好みが似ていることを知り、嬉しいような、くすぐったいような気持ちになったのはここだけの秘密だ。


そしてその後も、ニュースを見てああだこうだ……。りかとの話は尽きる事がなかった。


(……いつまでこの楽しい時間が続いてくれるんだろう)


ふと頭をよぎるその考えを、俺は必死でかき消した。いつまでも現世に引き留めるのだけは絶対だめだ。


さてそろそろ寝ようか、そう思った時だった。


金曜日から始まるという深夜のアニメのCMがテレビで流れた。

その時、りかが息をのむのが聞こえた。


「思い出した……私……」


急にそう言われ、俺は首を傾げる。


「どうした?」


りかは、しばらく黙り込んだ後、悲しそうな声で話し出した。


「私ね……このアニメのオーディションに受かって、ヒロイン役になるはずだったんだ……」


俺は、突然の告白に、驚きを隠せない。

オーディション?ヒロイン役になるはず?


「そんなの……せっかく受かったのに、出られないってこと……?」


ショックを受ける俺。

そんな俺にりかは、思い出したことを話し始めた。


「そのオーディションに受かるまで、私、全然だめで。いつも落ちてばっかりだった。もう、声優になるの諦めた方がいいのかなって思ってたその時、やっと受かった役だったんだ……。めちゃくちゃ嬉しくて、夢を諦めなくていいんだって……私、なんでこんな大切なこと忘れてたんだろう……」


沈んだ声色のりか。

俺は何も気の利いたことが言えない。


「あーあ、悔しいなあ……やっともらえたヒロイン役だったのに……なんで?なんでこうなっちゃったんだろうね?」


そして……りかは泣き出してしまう。

女の子が泣くのに慣れていない俺は、ただオロオロするだけ。

姿の見えない彼女に、どうやって寄り添えばいいのか分からない。


「…………ごめん、ちょっと出てくる。すぐ戻るから!」


俺は、いてもたってもいられず、財布だけ掴んで部屋を飛び出した。

そうだ、とにかく俺がやれることをするしかない。


近所のコンビニに駆け込んだ俺は、デザートを片っ端からカゴに放り込むと、速攻で会計を済ませて家に戻る。


「ただいま!……これ、何が好きか分かんなかったから、適当に買ってきたけど……お供え物?そんな感じで幽霊でも食べられたり……したらいいな……って思った……んだけど……無理……だよな……」


言ってて、段々、無駄なことをしただけじゃないのか……と落ち込んでしまう。

いや、俺が落ち込んでどうすんだよ。


そんな俺に、りかは、しばらく何も言ってくれない。

やっぱりダメか……そう思った時。


「お供え物って……ふふっ……あははっ!」


突然笑い出すりか。俺はその瞬間、緊張の糸が切れ、その場に座り込んでしまった。


「ね、せっかくのお供え物、幽霊でも食べられるか試してみていい?」

「う、うん!どれがいい!?」


俺はレジ袋から全部のスイーツを急いで取り出し、テーブルに並べる。


「うーん……じゃあ、このロールケーキにする!」

「分かった!」


俺はすぐに台所へ皿とフォークを取りに行き、皿の上にロールケーキを出した。

それをりかに差し出そうとするが、彼女がどこにいるかわからず、戸惑う。


「りか、今どこにいるの?」

「玲斗くんの向かいにいるよ。テーブル挟んで、真正面」


俺はすぐに、りかの正面に皿とフォークを置く。


そして、しばらく無言が続く。どうなっているのか、まったく分からない。

ロールケーキが減ることもないし、フォークが動くこともないし。

俺はただ固唾を飲んで待つしかない。


……と、りかがあっけらかんとした声で言った。


「うーん、やっぱり無理そう!」


分かっていたが、少しショックだ。


「……だよなあ、なんかごめん」

「え、あやまらなくていいよ!それどころか、私のためにこんなに買ってきてくれたんだもん……ありがとう玲斗くん」


嬉しそうなりかの声は、俺の心に甘く沁みた。


そして結局、たくさん買い込んだスイーツは、俺が何日にもかけて食べる事になったのだった。


こうして、5日目の夜は終わった。

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