エルドワーフのモンスター討伐マニュアル

ほひほひ人形

エルドワーフのモンスター討伐マニュアル

――王が変わったと聞いたのは少し前、たぶん十日くらい前のことだ。


ここに暦なんてものはないが、生きてりゃどうしたってある程度の情報は入ってくる。

なんでも、異世界とやらから来た人間の男が、獣人だのエルフだのを引き連れて王の軍隊と戦った挙句、単身王をぶっ殺したらしい。

それで王が変わって、今やここはその異世界から来た人間とやらの管轄になった。

これで山向こうの貴族だったら貢物なりするんだろうし、そこから川を下った先の別の王国は軍隊を派遣するかもしれん。あるいは、近くの森のエルフ連中が何か動くのか、案外数百年寝たままのドラゴンがそろそろ目を覚ますかもしれん。


が、俺には関係のない話……と言い切れないところがつらいところだ。

「本を作りたいんですよぉ、協力してくださいよぉ」

王が死ねばいろいろ変わる。300年弱生きてきたが、毎度毎度新しい時代、とやらに期待してわけのわからんことをやらかす奴がいて、中にはこんな阿呆もいるということだ。


「本?」

「はい、本ですよぉ」


ぱたぱた、と白い羽を小さく動かすそいつは、狩りから帰ったら家にいた。

羽が生えてニンゲンっぽいから鳥人のたぐいだとは思うが、あまり見たことがない種族だ。

まあ少数派だからって何か言い出したら俺なんか結構なオンリーワンだけれども。


「対価さえもらえばそこらのを持っていってかまわんが……」

「これくらいならもう全部読んでますよぉ」


自慢じゃないが、ウチに本はあるが読めやしない。最悪町に売りに行けばいいが値打ちもわからず、買い叩かれるのも癪なのでほったらかしてある。

うっかり崖から落ちて死んだエルフの家をそのまんま無許可無期限無利子で預かってるからこうなってるだけで、俺自身は絵しかわからん。


「俺はエルフじゃないんだが」

「そんなもん見てればわかりますよぉ、エルフとドワーフの混ざりものでしょ」


イラっとした。


「帰れ」

「傷ついてないでしょ? 怒ったフリしたって帰りませんよぉ」

「……ちっ」


町の奴はだいたいこれで気まずそうに帰るんだがな……


「もちろんタダじゃないですよぉ、欲しいものなら出せますよぉ?」

「んー……欲しいものか」


欲しいものと言っても、暮らしに必要な木とキノコと家と獣とモンスターと井戸と薬草は全部この森にそろってるわけで、欲しいものと言えば……


「なんでもいいですよ?」

「うーん……考えとくわ。とはいえ俺は吟遊詩人でもないわけで、本のネタなんぞ無いぞ」


問題はそこである。

そもそも、こんなところに本のネタになるもんなぞあるのか?


「詩曲だけが本じゃないですよぉ、私が本にしたいのは……」


うふふ、と鳥人は笑う。


「あなたの知識ですよぉ」


何が面白いんだろうかさっぱりわからん。


――で、次の日、『本が来た』。


「よろしくお願いしますよぉ」

「んああ……よろしく」


玄関にいたのは、鳥みたいに飛ぶ、本。丈夫そうだ。

それにしても喋る本は初めて見た。しかし声がこの前の鳥人と同じだから、たぶん声を飛ばす魔術か何かだろう。

そういえば鳥人は鳥頭のはずなんだが、この魔術って案外簡単なんだろうか。


「私がたまに質問しますんでぇ、答えてくださいよぉ。そしたら私が勝手に書き込みますんでぇ、あなたはいつも通りにしてください」

「はぁ……いつも通り、ねえ」

「あなた、モンスターテイマーでしょぉ?」

「まあ、そうだが……」


エルフのように賢いでもなし、ドワーフのように器用でもなし、俺ができたのはこれだけだ。


「ぐげえ……」


そして、森の奥の小さな草原。

現れたのはゴブリンだった。

手には錆びた剣、板か盾かわからないような粗末な防具、そして意味があるのかわからない帽子。それを見て俺は背負った背嚢から鞭を出して、


「うげっ!」


とりあえず殺した。ゴブリンは皮膚が薄いから腹の肉を破りさえすれば、簡単に内臓をぶちまける。臭いけど。


「あれれぇ、テイムしないんですかぁ?」

「しない」


要はこいつは斥候なのだ。最近はゴブリンにすら負ける冒険者とか言う物好きがいるらしいが、ゴブリンの近くに住んでたらゴブリン対策は一つ、『一匹見たら殺せ、三匹以上同時に見たら逃げろ』だ。


「へえ、その心は?」

「……ゴブリンに限らんが、群れを一人で相手にするわけないだろ」


ゴブリンは弱い……確かにそうだろう。しかしそれで言えば、虫だってザコだ。じゃあ虫の大群は弱いか? という話だ。


飛ぶかもしれないし毒があるかもしれない。それでなくても、そもそも森の死体を最後に食うのは虫系モンスターだ。そいつらが群れでいた場合、誰だって逃げるわな。


――ところで、ゴブリンは器用だ。


想像してほしいんだが、ゴブリンは服も着ているし武器も持っている。

剣は錆びているからアレが腹にでも刺さろうもんなら死にかねない。武器を使い、毒めいた装備を持つ……そんなモンスターが他にいるか?

個人的にはテイムして面白いモンスターナンバーワンだな。


「で、これからどうするんです?」

「まあ待ってろ」

俺はゴブリンを殺した。そして臓物がそこら中にまき散らされ、朝の風に乗ってそれらの匂いが森の奥へ向かう。するとどうなるか?


「「「「グルルルルルルル……」」」」


答え、群れが来る。

群れて調子に乗るのは生き物の特性なのかもしれないが、ゴブリンの群れの場合、絶対に『足を止める』、『群れに向かって進む』のはご法度だ。


「ほう、その理由とは?」


この本、心の声を聴けるのか……


「聞けますよぉ、まあ普通の声のほうがもう少しよく聞こえるんですけどぉ…」

「んじゃそうするわ」

「おお、聞こえますぅ……とか言ってるうちに来たんですけど?」

「別に構わん」


俺は、振り返って一目散に前に進む。

ゴブリンは当然追ってくるが……


「おっそ」

「そりゃあんだけ腕も足も細いからな」


ゴブリンは器用だ。だがそれと同時に、非力なのだ。そのくせ装備を固めたがるからよくわからない。


「うわ、群れ全部が息切らしてる……」


アホもここに極まれりだ。俺らで言えば好き好んで重装備して、しこたま走らされるのと変わらない。

こいつらは同族を殺されると群れで怒り狂ってやってくる。実際、経験の薄い奴なんかはうっかり一匹殺してうっかり群れに殺されることがあるらしい。アホか。

少なくとも俺たちはモンスターより賢いんだから、モンスターより頭を使って勝つべきだと思う。


「で、引き返すんだ」

「どっちへですか?」

「上に決まってるだろ」

「ぐぎゃ「ぐげ「ぶぎゅ「ぼり「ぼぎょ「ぶご「あぎゅ「ごぎ」


来た道を引き返す。ただし、ゴブリンの上を、だ。


「うへー、グローい」


足元で折れたりつぶれたりする感触。武器だけに注意を払いつつ、踏みまくる。まあ錆びた武器なんぞ服さえまともならそう刺さらないけどな。そして最後に、


「お、いたいた」

「ぐる……」


大将。ゴブリンリーダー。

青い帽子をかぶったそいつは、黒い野犬に跨っている。つまり、群れを全滅させたさっきの手段は使えない。

そこへビシッ! と手綱(ゴブリンの手製なんだろうか)を振る音がして、野犬ごと襲い掛かってくるゴブリンの大将。それを、


パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!


もっと質が良くて長い鞭で、しこたま叩く。

ゴブリンにテイムされた犬はなぜか気性がゴブリンに近く、まず逃げない。

そしてまず逃げないのであれば、遠距離から叩きまくるだけだ。


「ほー、諦めませんね」

「それ質問か?」

「いいえ、単なる感想です」


ところでエルフの連中は弓を使いたがるらしいが、見晴らしがいいわけでもない森の中で弓ってどう使うんだろうな。まあ弓だけ持ってモンスターと戦うとか狂気の沙汰だから、ナイフなり体術なり使えるんだろう。まさか矢が尽きたらそこで終わりの戦いとかはするまい。

ところでそろそろ、犬が物理的に立てなくなるころだ。するとどうなるか?


「グ……」

犬を下りて、大将がとびかかってくる。それを、


パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!パアン!


飽きるまで叩く。


「ぐ、ぐう……」


そして、倒れ伏すゴブリン。

よーし死んだな、というわけで、足を縄で縛る。血で滑るので慎重にしっかりと。

そしてそれを、


ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。ゴン。


再び飽きるまで、適度な強さでそこら中にぶつける。


「ゴ、ゴォ……」


まあ擬死だわな。というわけで、本当に死にそうになるまで痛めつける。


「あーなるほど、こうして心を折るんですね?」


鳥頭のくせして呑み込みが早い。

そしてゴブリンの頭を三回踏んで、おしまい。これでテイム終了だ。


「ん」

「グゥ、グ、グ……」


首に縄付けてゴブリンを引きずると、さっきの群れのゴブリンがついてくる。こいつらは闘争心がなくなれば大将についてくるわけだが、それは大将の健康状態に関係はない。


「これでテイム完了だな。あとはこのまま、こいつを売りに出せばまあそれなりに……軍とかに売れる。一日何も食わせなきゃ死ぬから、戦争中くらいしか売れないが」


百年くらい前はこれでかなり儲けたものだ。


「ふうん……」


さらさらさら、と白紙の上を羽ペンが躍る。俺には読めないが、今までのことがどれくらい書かれているんだろうか。


「でもどうせ要らんからな、こんなのは」


そう言って口笛を吹いて、『ピヨ』を呼ぶ。

すると黄色い体をした鳥が、俺たちの真上まで飛んできた。俺の三人分くらいの大きさだが、昔は当然、手のひらに乗るくらいの卵だった。それを育てて今に至る。


「こいつのテイムは?」

「巣にいる卵を孵化寸前に持ち去って、自分ちで育てる。簡単だろ」

「なるほどぉ」


さらさらさら、とペンが躍る。

それを無視して、ゴブリンの大将を放り投げる。

餌を持ち帰る習性があるから、ピヨはそれを受け取って飛び去って行く。そしてゴブリンたちはそれをおいかけて去っていく。

十秒後に、全員が崖から落ちた。

上見て走ればそうなるわな。


「……なんで殺したんです?」

「ゴブリンの駆除もしとこうかと思ってな。あいつらがいると冒険者が来るだろ、俺の森には厄介ごとがないほうがいい」

「はあ……なるほど」


うっかり屋のエルフが死んでこの森の管理者は俺になってるからな。多少はそう言う所に気を付けないと、世の中やっていけない。


「……さて、遊んだことだし帰るか。本はまだできてないのか?」

「面白そうだしもう少しいさせてくださいよお、次は別のモンスターがいいですぅ」

「そうか……なら次は……そうだな、あれがいいか」


で、次の日。


「ここどこです?」

「沼」

「名前とかは」

「ない」


森の中央あたりにある沼に、俺たちはやってきた。なるべくこっちに来るときは道中の草を刈らないでおいて、アホな連中がこっちに来ないようにしている。

むろん誤解しないでほしいが、ウチに井戸くらいある。水を独占したいとかそういうのではなくて、単にここがヤバい場所なだけだ。


「ああ、飲めないことはないですよね、この水。布とかで濾過して……」

「まず絶対に間違いなく疑う余地などあるわけもなくモンスターがいるがな」


自然の恵みは無料だが甘くはない。代金はお前の命、ってほど殺伐とはしてないが、油断した奴から死ぬ程度には残酷だ。


声を発さず現れたのは、スライム。


「……え?」


スライム。見ての通り、水っぽいモンスターだ。水場によく生息していて、水を体内に取り込み、その中の栄養素を取り込んで、水を吐き出す、そんな奴らだ。


「うわでっかい。しかも汚い……」


目も口もないくせに、本がばっさばっさと羽ばたきながらそんなことを言う。

確かに今俺たちの目の前にいるスライムは、中に色々な骨なんかが浮かんでいて、お世辞にもキレイとは言えない。

汚い水場にはありがちなことだが、タチの悪い水を取り込むスライムは強いのが多い。そしてここは森の中心、水を求めてやってくる奴らを丸呑みにして、餌には大して困らないスライムは……

……ずずん、と木が倒れる。

木の幹が触れた部分が萎れ、折れたのだ。


「あ、わかりました! こいつ強いですね?」

「正解。というわけで戦おうか」


それにしても毒素と体重で木をへし折るような奴だがどうしたものか。


「逃げないんですか?」

「無理。お前はともかく、俺が無理」

確かにスライムもこれだけ大きければ大して俊敏でもないが、問題はこいつの濃度だ。

スライムは何を食ったかで有害度が変わる。

死体を腐らせ続けてできたあの体液は、口にでも入れば食中毒じゃ済まないだろう。少なくとも木が萎れる程度には猛毒だ。

でもスライムが有難いのは、すぐにレベルが判明するところだな。初心者向けと言われるだけはある――などと思っていたら、スライムの体が、跳ねた。


「げ」


枝や木の葉を少し巻き込みつつ、木の上くらいの高さから巨体が降る。

どずん、と地面が揺れる。


「あっぶね」


音だけで食らえば死ぬとわかる重さ。そしてスライムはもう一度俺たちの方へ飛んだところで、


「せい!」


どす、と昨日ゴブリンが持っていた槍を『先端を上に向けて』刺す。

そしてそこはスライムの落下地点。

よけられることもなく、スライムの下から上まで槍が貫いた。


「離れろよ、鳥頭!」

「それもしかして私のこと……ぎゃー!」


慌ててどこかへ去っていく、本。噴水よろしく真上に汚水を噴き上げて、あっという間にしぼんでいくスライム。


「なあにするんですかあ! 水がまき散らされるんならそうと言ってくださいよ! ていうかこの水、臭い!」

「濡れずにスライム倒せとか無茶言うな。あとなるべくでいいからこの水かぶるなよ、あと絶対に飲むなよ」


臭いのは仕方ないだろう。ていうか、こいつの住処の近くにはスライムがいないんだろうか。スライムが死ぬときに水を吹き出すのは常識なんだがなあ。


「……もしかしてお前王族か何かか?」

「王族……うーんまあそんなもんです。リフレクリフレク」


言うなり、ポウ、と本が光る。ぱっと見、防御系の魔法に見えるが……リフレクなんて魔法、あったっけ?


「ありますよお。そりゃ危険なところに行くわけですしね。これくらいしないと」

「贅沢な奴……」


マジックキャスターって奴だろうか、魔法を常に使うというのはニンゲンでも結構難しいと聞くが、鳥頭のくせに人間より頭が器用だな。なんか悔しい。


「あ、今私を馬鹿にしませんでした?」

「してねえよ……あ、そうだ、このスライムどうする?」

「どうするって……どんな使い道が?」

「は?」


あ、いや……こいつは知らないんだから当然か。


「スライムの皮ってのは練れば軟膏になるから、薬屋に売れるんだよ」

「あー、そういうのは好きにしてください」


欲がないな、と思った。これだけの量なら結構高く買い取ってくれるんだがなあ。


「あのですね、できればもう一種類くらいなんとかなりませんか?」

「うーん……じゃあ……」


その時だった。

みしみしみしみし、と音を立てて、何かがこっちに近づいてくる。


「? なんですかこの音」


地面が揺れ、まるで大河を水が流れるような音が響く。


「おい、こっち来いこっち。撥ね飛ばされたくなかったらな」


とはいえ間に合いそうになかったので、本の端をつまんで抱えてやった。


「え? なん」


 次の瞬間、ゴッ! と突風。


「土龍だ」

「土龍……?」


気づけば、沼が干上がっていた。

今の突風が、このあたりのボス、土龍だ。水を飲みに来たのか、はたまた単なる暇つぶしか、それとも別の何かか。


「……今の、何です? 私あんなの、知らないんですけど……」

「何って……土龍だろ、見たことはないけど」


道つくり、とも呼ばれる龍。目で追えない速度で、平然と森の中を疾走するモンスターだ。

あいつが通った後には文字通り道ができるから重宝しないこともないが、突風が吹いてきたほうを見ると、木を避けるようにしてくっきりと土がむき出しになっている。

目で追えないのに何で龍ってわかるかって? そりゃ、足跡から判断した結果だ。


「やっと……バグの……」

「?」

「あの……お願いなんですけど」


嫌な予感がした。


「あの龍、捕まえることはできませんか?」


そしてそいつは、本越しにそう告げる。ただしその声は、明らかにいつもと違うそれだった。


――で、次の日。


「……来たのか」

「ええ、来ちゃいました」


俺の隣には、鳥人のあいつがいた。

何が気に入らないのかは知らないが、とにかくあいつは昨日の土龍をハント、もしくはテイムしたいらしい。

そんなわけで、俺たちは森の中心を目指す。獲物を狩るには、まず舞台に行かなきゃ話にならない。


「ところで先に確認しとくが……お前、ハンターだったんだな」


本を作りたいというのも、おそらく資料じゃなく、売るのが目的だろう。ハンターは情報が命だろうし……と思ったが、やけに反応が薄い。


「……ま、似たようなもんです。ともあれ、私はアイツを倒さなきゃならない。協力してください」


口調と雰囲気が今までと違うが、突っ込むのも野暮かと思って止める。

お調子者だったコイツが今、ここまで真剣ってことは、何かあるんだろう。

別に、詮索する気はない。


「まあいいが……約束、忘れるなよ」

「ああ、はい。構いませんよ」


夕べのうちに話はついているので、後は確認するだけだ。現地でグダグダするのは色々と良くない。


「しかし……土龍に挑むとはなあ。そんな依頼があったのか?」

「い……ええ、ありました。で、受けようと思いまして……でも何分初めての地方ですしね、念には念をということです」

「ふーん」


立派なもんだ。最近やたらと死体が多いからアホが増えたのかと思ってたが、やっぱりこういうマトモなのもいるってことだ。


「で……昨日お前は任せろって言ってたが、どうやって土龍を呼び出すんだ?」

「ああ、竜を呼ぶ笛を持ってきました。これを吹くと龍がここに来ます」

「なんつーもん持ってんだお前……」


長いこと生きてきたが、久々に驚いた。

竜を呼ぶ笛……どこか遠くの街には水龍を呼び出す巫女がいるらしいが、土龍を呼ぶ笛なんて街中で吹いたらタダじゃすまないことはアホでもわかる。


「……準備できたら教えてください」

「ああ、もういいよ。準備は済んでるし」

「じゃあ……」


ふー、と空気の抜ける音。

失敗? などと疑う間もなく、それは来た。

地鳴り。そして音。その方角は真東。だったら、適当な木の真西に隠れる。


――そして突風が吹いた。


ゴッ! と音がして、吹っ飛んでいく草や土や岩の破片。しかし今日は、『ゴール』がある。


「行ったぞ!」


ゴブリンをこき使って作らせた『サーキット』。開けた場所に丸太を円形に立てて、渦巻きの先に向かうようにできている。そして当然、中心部には杭がある。

その音は、『ごちゅん』、と聞こえた。

杭でできた渦巻きの中心で、串刺しになったであろう、竜を想像して少しもったいない気分になる。

道を作ってくれてるわけだし、結構有益だったんだが……と思っていたら、バタバタと杭が倒れ始めた。


「ああ、そこにいたのか」

「…………」


中心だけを残して、杭の壁が倒れる。そこにはちゃんと串刺しになった竜がいて、黒いドロドロとした血が滴っていた。


「……いやー龍なんて仕留めたのどれくらいぶりかな……まあこいつは飛ぶわけでもないからあんまり龍っぽくないけど……」

「あの、一つ聞いていいです?」


俺のうんちくを遮って、そいつは言った。


「もしかして、なんですけど、あなたにはこれが龍に見えるんですか?」

「は?」


何言ってんだこいつ。

黒くて丸い胴体に、七枚の羽根、四本のしっぽに、無数の触手。


「……どう見てもドラゴンだろ」

「メンタルリセット!」

「うおっまぶしっ!」


鳥頭の手が光って、一瞬目がくらむ。

その光に目が慣れたころ、俺の目の前には……


「……あれ? ごっほっ……! なんだこの匂い! くっせえ! こいつからか?」


黒い、肉団子。適当な死体を混ぜて作ったようなそれは、そうとしか表現できなかった。


「よーやく元通りですか……」

「あ……精神汚染か!」

「呑み込みが早いですねー」

「くそ、やられた!」


精神汚染。たぶん今回は、認識を狂わせる毒だ。

――世の中には、見るだけで効く毒がある。

俺や、おそらくこの森に来た奴は間違いなく、こいつをドラゴンと認識させられていた。


「これ、この森にいたモンスターじゃありませんよね?」

「ああ、こんなの初めて見た……お前、良く気付いたな……」

「まあ……はい。実は私……」


――思えば、まだ俺は、油断していたのかもしれない。


そいつはドラゴンじゃなかった。

だから、串刺しになったからって死んでいない可能性だって十分にあったし、生まれて初めて食らった精神汚染に驚いたってのも、ただの言い訳だ。だけど、


「この……」ばくん。

「は?」


ぐちゃ……ぐちゃ、と、咀嚼する音。白い羽が『口』の端からひらひらと零れて、地面に落ちる。


「……え?」


二体目。

が、

空から、すぐ、そこに……


「……はあ、往生際が悪いですね……」


しかしそれでも、そいつは、生きていた。


「『バグ』として処理します。チートコード72501101『復活』発動。問題なし、続けて72501102要請、発動、『レベルカンスト』――確認」


ぶつん、と空気すら置き去りにする速度でそいつが消えた。

と、思った次の瞬間、二つ目の肉団子が空に飛ぶ、否、吹っ飛ばされる。


「動かないでください、危ないですよ」


そしてもう一つが例の速度で襲い掛かろうとして、


「チートコード72501103、『無限魔法』・『バリア・ファイア・ロック・ブレイク・インパクト・リターン・ライトニング』」


詠唱すら必要としない無数の魔法に、焼き尽くされた。


「ギチュ、ジュオアァアアアアピキィイイイイイイイイ!」


焼かれ、貫かれながら、なお死なない肉団子。それを感情のない目で見つめて、鳥頭が口を開いた。


「チートコードラスト・『ありふれた伝説の武器』『形状・両手剣』」


その手には、剣。それを大きく振りかぶって、敵意のままに投げつける。

まず最初に肉団子を破壊したそれは、空中をさらに追いかけて上っていく。そして空中で何かを貫いて、それが僕らのところへ落ちてきたときにはすでに終わっていた。


「なあ、こいつらって……」


串刺しになったダンゴのような、モンスター。俺はこいつを知らないが、なぜか鳥頭のほうを見ると、泣いている。


「……さて、報酬の話をしましょうか」


家に戻る。

とりあえず飲み物を鳥頭に出して、俺は適当に座った。


「……なあ、聞いていいか?」

「なんでしょう」

「あれ、なんだったんだ? そもそもお前……何者だ?」


その言葉にしばらくは答えず、俺の出した茶をすする。

そして満足そうにため息を一つついて、口を開いた。


「……そういえば自己紹介してませんでしたね、私はこの世界の、『管理者』です」

「管理者?」

「平たく言えば、世界の調整をするんですよ。今みたいに……明らかに異常なモンスターを倒したり、とかね」

「ふーん……」

「……知ってました? 最近、この森で熟練の猛者が死んでたんです。それで、これはおかしいって事で対応しました」

「そりゃご苦労だけど……なんでまた、そんなことしてんだ?」

「え? それは……そう作られたから、ですけど?」

「作られた?」

「ええ、そういう風に、最初から、ですね」


つまり、あんな戦いを何度もしてるわけか……


「うふふ、そんな、辛いなんてことないですよ? 優しいんですねえ」


俺の表情を見て、鳥頭が、笑う。ちぎれた羽はすっかり元通りだが……何か、気に入らない。


「さて、では報酬ですが、その本を……」

「待った、やっぱり変えてくれ」

「報酬を……ですか? 構いませんけど……本当に、翻訳しなくていいんですか?」

「どーせ暇なんだ、地道にやるよ」

「わかりました……じゃあ、報酬は何を?」

「……ん」


指で、刺す。すると鳥頭は、


「?」


後ろを向いた。


「そうじゃねえよ! えっと……その、だな。お前……また、来れるか?」


どうにかそう言って、目をそらした。


「……あ、あー……」

「か、勘違いするなよ、まだその……この森には色々いるんだ、せっかくならさ、もう少し見てほしいんだよ」

「……分かりました! うふふ、よろしくお願いしますねえ」

「ああ……よろしく」


正直、よくわからないやつだった。

鳥人じゃなくてこいつが何なのかとか、チートだとか、言ってることはさっぱりわからない。まあつまり、世界には、俺の知らないことはまだまだあるってことだ。けれど、そんなことはどうでもいい。こいつが何者だろうとか、そんなことはどうでもよくて、それでも俺は……


……もう少し、こいつと冒険したくなったんだ。

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