一番優しい友人

大好きなもの

 誕生日なんて、ただこの世に産まれたってだけじゃん。なんて、強がっていたことが私にもありました。




「で、また振られたと」


「うるさいうるさい~振られて悪いか!」


 カン、と空になったチューハイの缶が机に当たる音がする。また机にキズがついちゃうな、という後悔なんて0.1秒ですっ飛んでいくくらい私は今悲しい。机のキズなんてどうでもいい。


 悲しい悲しい悲しい。でも、次の酒を持ってくる元気もないくらい悲しいのかというとそうでもないので、空の缶はそのまま、立ち上がってキッチンへ向かう。意外と足はしっかり立った。


「ねえもうやめとけば?」


 冷蔵庫の横っ腹に手を付いて扉を開けようとしたら、トースターの前でイカを焼くけいちゃんに手を取られた。人の家でイカなんか焼いてるくせに手は冷たい。


「あやり、お酒強くないでしょ」


「今日は飲みたい気分なの!」


「先月もそんなん言ってたよ」


 もうおしまい、と取られた手をそのまま引かれてリビングへ強制送還。空のチューハイ缶が待つテーブルの前に座らされた。


 先月なんてもうはるか昔のことだよ、圭ちゃん。だって、先月の今頃はまだあの人と青山にできたなんとかってカフェに行って値段の割に小さい海老を食べて楽しくて……。


 先月なんて言うから、思い出したくないことまで思い出した。そういえばあの海老、持ち合わせないからとか言われて私がお金払って、そのまま返ってきてないな。あの海老1匹でマックのチーズバーガー何個買えたと思ってんだ?腹立ってきた。


 そもそもあの日は私の誕生日で、特別な日で……。それが海老もホテル代も私持ちってどういうこと?


 ホテルのベッドの上で、私今日誕生日なんだ、って言った時のあの人の顔が忘れられない。


 やべって顔してた。そりゃ3か月付き合って私の事なんにも聞いてこないんだから知らないよね。嫌われたくなくて、大丈夫大丈夫!誕生日なんて、この世に産まれた日ってだけだよ、なんて、思ってないけど言わないといけなかった。いつもそう。


 私、あの人のどこが好きだったんだろう。


「ねえ、圭ちゃん。私なんであの人と付き合ってたんだろう」


「んー……それ、私付き合い始めの頃あんたに聞いた気がするけど」


 トースターがチン、と音を立てた。その通り!みたいなタイミングで鳴るのやめてくんないかな。


 確かマッチングアプリで出会ったあの人、いや、それは前の彼氏か。あの人とはなんで知り合ったんだっけ?合コン?目黒のバー?顔は良かったからたぶん合コンだな。企画部の子に顔がいい商社マンと合コン組んでってお願いした気がする。


 そんなのもうどうでもいいけど、出会いも覚えてない顔だけの男と好き以上のことまでして別れて、誕生日も台無しになって。こんな歳になってまでなにやってんだろ。もう入社2年目の若手とかでもないのに。


「圭ちゃんの言う通りにしとけば良かった」


「あんた男見る目ないもんね」


 香ばしいイカの香りがする。なんだか居酒屋でどこからかしてくるエイヒレの匂いに似ている。圭ちゃんが正面に腰を下ろすと、灰色のラグが少し右にずれた。


 イカを頬張る圭ちゃんは、だるそうにスマホを見ている。スマホカバーは最初についてきたやつをそのまま使っていて無色透明なのに、ピアスは細かい装飾が施された大ぶりのかわいいやつ。圭ちゃんによく似合っていた。


「ねえ、ピアスちょうだい」


「あんたピアス開いてないでしょ」


 ちょうだい、と言うといつも一瞬こっちを見てくれるから、本当に欲しくなくてもつい口に出してしまう。これは小学校からの癖。圭ちゃんもたぶんわかっているから、本当に何かをくれたことはない。


 圭ちゃんがスマホに目を戻すと、ピアスがチャリ、と音を立てる。真っ白な壁に光って、きれい。


 いつも重い、めんどくさい、と男に振られる私は、同性にもあまり好かれない。唯一友達でいてくれるのも、小学校からの幼馴染の圭ちゃんだけ。ピンクが好きでリボンが好きで、ぬいぐるみがお友達なんてキャラ、女に好かれるわけないってわかってる。わかってるけど、昔は男受け良かったしやめ時がわからなかっただけ。


 顔面だけしか取り柄がない私が生きていくには男が必要だった。学生の頃から彼氏は切らしたことがないけれど、いつも長続きしない。理由は簡単。私に飽きるのだ。


 賞味期限は良くて半年。それ以上続いたことはない。


 男なんてまたすぐ作れば良いなんて、とっかえひっかえできていたのも少し前までの話。所詮若い子が好きなんだよね、男なんて。私はもう若くない。この乙女キャラもいい加減やめなきゃ。


 でも、ふわふわのスカートにリボン、くまのぬいぐるみもほんとに好きなんだけどな。


「はい」


 カチャ、とガラステーブルが音を立てる。透明なテーブルの上には、さっきまで圭ちゃんの耳で揺れていたピアスが2つ。


「なに?」


「あげる。あんた誕生日だったでしょ」


 誕生日。ああ、誕生日ね。確かにそう。先月、あの人と最後に会った日。誕生日だからなに?あ、そっか。誕生日って、誰かにプレゼントもらう日だったね。


「なに、いらないの?」


 前の前の彼氏の好みに合わせて買い替えた薄暗い照明を受けて鈍く光るピアスをじっと見つめていると、圭ちゃんがスマホをいじる手を止めて私を見る。最近はあの人と会っていたから、圭ちゃんと会うのもしばらくぶりになっていた。


「いいの?」


「欲しいって言ってたでしょ」


 今まで私がどんなにごねてもくれなかったのに。なんにも頓着がなくて、大体いつもTシャツジーパンにお気に入りの黒いパンプスの圭ちゃんが1個だけこだわるとこ。ここにだけはお金かけちゃうとかこの前言ってたよね。


 私の服には合わないであろう大人なピアスを指でつまんで、耳にあててみる。不思議に冷たくて、圭ちゃんの手の温度と一緒だった。


「似合う?」


「それ、私よりあんたの方が似合うわ」


 かわいいよ、と珍しく笑った圭ちゃんは、誕生日おめでと、と言ってまたイカを頬張る。


 気づけばお皿に1つしか残っていなかったイカも、ふわふわのスカートもリボンもくまのぬいぐるみも圭ちゃんがくれたピアスだって、全部私の好きなものだ。


「次こそはちゃんと私を好きなってくれる人を探すから」


「好きにしなよ」


 また少し笑った圭ちゃんの横顔は、初めて会った小学生の頃から変わらなかった。

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