第38話 商会1
商会玄関前に着くと御者が扉を開けた。先にルーベンスが出て、ケニアをエスコートする。
「ケニアお嬢様。ようこそお越し下さいました。」
「お久しぶりです。サントン。」
ケニアは笑顔で返す。
「此処の商会頭かい?」
ランドルフが、ケニアとサントンの間に割り込みサントンの顔を覗き込んだ。いきなり割り込んで来たランドルフに驚いて、サントンは二歩下がった。
「サントンは、経理室長になります。商会頭ではありません。」
ルーベンスが、ケニアの腰を抱きながら、ランドルフをけん制すると、ランドルフは、ルーベンスがケニアの腰に回した腕を見て、眉間に皺を寄せる。
その姿がケニアには、いじけたグレートハウンドにしか見えていなかった。
ケニアはルーベンスの腕を振り解き、ランドルフに抱き着いて
「お兄様!虐めちゃダメ!」
と睨んだ。ルーベンスは顳顬を揉みながら
「違う。ケニアランドルフ殿は人間だから。」
と再度呟くように漏らすと
「知っているもの!グレーは頭が良いのよ!」
「だからね。ケニアが言って居るグレーはグレートハウンドの事でしょう。違うんだよ。」
ケニアはランドルフを見ると、ランドルフは笑顔を返してきた。
「ほら!グレーですってよ。」
ルーベンスは、ランドルフに視線を向けて
「否定して下さい。」
「しないよ。だって、このままだったら、犬扱いでもケニアとの距離が縮まるなら僕にとっては良い事じゃないか。僕犬のままでも良いよ。」
胡乱な目をランドルフに向けてから、ルーベンスは頭を横に振って、このやり取りを忘れて仕事をしようと切り替えた。」
「サントス。話がある。会議室は使えるか?」
「はい。ご用意は出来ております。お足元を、お気をつけて下さい。」
サントスに促されて、ルーベンスとケニアとランドルフが移動した。
会議室と入ってもこじんまりとした応接室になっていた。奥にはケニアとルーベンスが長ソファに腰かけた。向かいにはサントスと若い女性が腰かけた。ランドルフは一人が家のソファを用意されて、そこに腰かけた。
「これなんだけどね。」
ルーベンスが、鞄から取り出したのは鉱物だった。
「ほうほう、これはまた。」
サントスは鉱物を手に取り目にルーペを付けて、確認をする。
横にいる女性にルーペと鉱物を渡すと、女性も回しながらゆっくりと確認をしていく。
「珍しい鉱物ですね。綺麗なスカイブルーが見えますよ」
「これ、アクアマリンじゃないかしら?」
「そういわれると可能性はありますね。削って見ない事には何とも言えませんが。」
「これで、ブローチを作りたいのよ。大きな石で。これから冬に向けてケープやショールが市場に出始めた時に、今までにない意匠のブローチで留めたら素敵だと思わない。そうすると、予算を組まなければいけないじゃない?サントスどのくらいの予算が必要かしら?」
「直ぐには・・・少しお時間を頂けますか?」
「良いわよ。それと、今年の社交界でのドレスなんだけど、今年はこの商会でもブティック部門を作って流行を作っていきたいわ。」
「また、壮大な事を。明日にでもブティックが作れる勢いで云うのは、辞めてくれないかケニア。」
「勢いじゃないわ。私ヴィヴィに頼んで潰れたブティックを探して貰ったの。そこを使えば直ぐに出来るわ。」
「パタンナー、針子、デザイナーは?」
「それは・・・・・」
ケニアはサントスへ目を向けた。ケニアの意図を理解したサントスは、己れに向けて人差し指を向ける。その仕草を見てケニアはゆっくりと首を縦に振った。サントスは顔色を蒼く変えていく。
「辞めなさい。ケニア。サントスが可哀想だよ。やるならきちんと道筋を立てて、パタンナーも針子もデザイナーも用意してからサントスに話しなさい。サントスは話を聞いて予算建てをするんだから。」
「お兄様。私も馬鹿ではありませんわ。既に辺りは付けております。」
「じゃぁ何でサントスの顔を見て頷いたの?」
「大丈夫の意味だったんだけど?」
「解ったよ。ケニアは目での会話が出来ないんだね。」
ルーベンスの言葉にケニアの頬はフグの様に膨れ上がった。
「言い方・・・。」
「他にどう言えばいいの?」
「デザイナーやパタンナー、針子が見つからないなら僕が紹介してあげようか?ブティック店員の知り合いは多いよ。」
ランドルフがケニアの為にと発した言葉で、ケニアの顔色はとたんに蒼褪めた。
「お兄様、場所を変わって頂ける?」
其れまではケニアの隣の位置に居たランドルフだったが、女性の話をしたことでケニアは隣にいる男がグレートハウンドではなく、女性に見境がない元夫だと再認識をしてしまった。ルーベンスは笑顔で直ぐに席を変わった。ランドルフはその行動に項垂れた。さっきまでのケニアだったら耳と尻尾が直ぐに見えたかも知れないが、まだ、元夫にしか見ることが出来なかった。そこには関わりたくはない。という表情しか見ることが出来ない。先程までとは真逆の対応にランドルフは、少しだけ落ち込んでしまった。
(自分のやって来たことのツケだよね。仕方がない。これから。これから。).
自分に一生懸命に言い聞かせた。
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