第25話 みんなで逃げましょう

階段から突き落とされたケニアは、マティスの為に来ていた侍医によって直ぐに処置がなされた。後頭部を大理石の階段で切ってしまっていたので、その部分を剃刀で剝落としてして縫合した為に、その部分には髪がない。でも、包帯を巻いているし横になっている為に今は少し解り難い。そして時間を経過しているが、まだ目を開かない。


「公爵様の葬儀の通達は終わっておりますが喪主を如何致しましょうか?」


ルーベンスはベッドに横たわるケニアを見下ろしながら、


「このままケニアが目覚めなければ、僕がランドルフ殿の代わりをするしかない。」

「なんとも困った状況ですね。」


アンゲルは床に視線を落として、小さく息を吐いた。

今は取り敢えずエメ嬢を王宮へと送ることが出来た。しかし、証拠不十分で釈放されてしまうことは目に見えている。ケニアを突き落とす瞬間を見た人が、だ誰一人としていないから。


「問題児たちが釈放をされる前に葬儀を終えてしまおう。その後の事はケニアが目が゙・・・・。」


ルーベンスがこの後の予定を立てようとしていると、小さな呻き声が聞こえて来た。ベッドに視線を遣ると、ケニアの眉間に皺が出来ている。


「ケニア?」


恐る恐るルーベンスが問うと、ゆっくりとケニアの瞼は上がっていった。


「ル、ベンス・・・お、にい・・・さ・・・」


ケニアの瞳が見えたことでアンゲルとルーベンスはベッドサイドへと歩みより手を握り占めた。


「良かった。・・・目が開いて・・・・本当に良かった。」


「お、と・・・さ、ま・・・は?」


ケニアは痛みを堪えながら、自分がこれからやらなけばいけない事を確認していく。


「今夜、公爵様の通夜が行われるが、嫡男であるランドルフは、今は牢屋の中だ。だから、僕たちでやらなければならない。ケニア喪主は無理だろう。」


ルーベンスは、ケニアを休ませる為に横になるように促すが、ケニアは半身を起こして、


「お義父さま、の喪主、は私しかいないでしょう。侮られては、ならない、わ。大丈夫。やり遂げて見せるわ。」


ケニアは痛む頭に手を遣る事も出来ずに、額を抑えた。アンゲルとルーベンスは顔を見合わせる。そして、意味よりも矜持を胸に先程起きて直ぐの時のような辿々しい言葉ではなく、はっきりと紡ぎ出す。


「それと、私、葬儀前までには、離婚をしますからアンゲルは、ルーベンスお兄様と一緒に手続きをして下さい。」


ケニアの決意は喜ばしいことだが、今まで誰もが勧めても首を縦に振らなかったのに、目が覚めて直ぐに離婚へと動き出そうした事に驚きを隠せなかった。


「よく考えて下さいな。働いたお金は、旦那様と愛人に使われて、お義父様が亡くなると解ると、愛人に全権を委ねる旦那様要りますか?要りませんよね?だって、私殺されかけたし。愛人と一緒にお金の為に妻を殺そうとする人なんか要りません。」


ケニアの言い分は尤もである。二人は、大きく頷いた。それを確認したケニアは続きを話す。


「投資目的で購入したタウンハウスに葬儀後に移ります。旦那さまはエメ様を通じて皆を解雇されたのですから、私が皆さんを雇います。皆さんで葬儀が終わりましたらお引越しをします。それには婚姻関係は邪魔ですから、早く手続きをして下さい。結婚式でヴェールも上げずに誓いのキスをしていないことは教会も承知をしていますから、白い結婚で早くに許可は下りると思います。」


アンゲルは、御意に。と短く返事をして直ぐに出て行った。暫くすると廊下から大きな歓声が聞こえて来た。どうやら屋敷の全員が同意をしてくれたみたいだった。


「お兄様。ヴィヴィを呼んで頂けますか。これからの打ち合わせをしますから。」


ルーベンスは、ケニアの肩にそっと触れて


「助けられなくて、すまなかった。」


と謝罪をした。ケニアは、苦笑しながら


「誰も階段から突き落とすなんて考えないでしょう。仕方がないわよ。誰も悪くは無いわ。」


と応えた。ヴィヴィ達が来ると、ルーベンスは部屋を後にした。


☆☆☆


マティスの葬儀は嫡男のランドルフが不在のまま喪主はケニアでしめやかに行われた。

葬儀に参列した親族や関わりある貴族たちは、敢えてランドルフの事を口にはしなかった。デビュタントという大きな舞踏会でやらかしたことは、スキャンダルとして知らない人はいなかった。その前から女性問題で噂の種になっていただけあり、噂が流れるのは、光の速さに匹敵したかもしれない。

しかし、ケニアは堂々と喪主を務めていた為に誰も何も言うことが出来なかった。


結婚式で、新郎に粗雑に扱われて、今は義父の葬儀をふしだら夫の代わりを努めているのだかえら、言えるわけがない。

弔問客に、挨拶をして弔問客が居なくなると、全員を部屋に集めた。


「皆さん。お疲れさまでした。しかし、此処からが本番です。申し訳ないけれど、今晩中には引っ越しをしなければなりません。明日ランドルフ様が帰っていらっしゃいます。私たちはその前にランドルフ様とのお約束通りに出て行かなければなりません。よろしく頼みます。」


ケニアが頭を下げると、使用人たちは侍女長のヴィヴィと執事長サボと家令のアンゲルが深く頭を下げると、それに倣い一斉に頭を下げた。またヴィヴィとサボ、アンゲルが頭を上げると、一斉に頭を上げて、ケニアが頷くと、ヴィヴィ、アンゲルサボの指示に従い皆が動き出した。

馬車は何度も行ったり来たりを繰り返す。周りに住む貴族達は見て見ぬふりをしていた。

エメの逮捕劇を見ていて、何があったかの大凡の予想は立てていたようだった。

連れていかれる時にもかなり大きな声で


「お前たちなんか許さないから!48時間以内に出て行け!ここは私の家なんだから!」


と怒鳴っていれば、それは誰にでも解る事ではあった。


「ケニア。お前は向こうの家に移った方が良いと思うよ。」


ルーベンスが声を掛けた。


「先に行っていいのかしら。私、搬入の邪魔にならない?」

「家具を運ぶわけじゃないし、個人の荷物と、ケニアの株と預貯金、あとはケニアの荷物ぐらいだろう。邪魔にはならないよ。逆に此処にいる方が、邪魔かも知れないよ。」


ルーベンスに言われて周りを見渡すと、確かに小走りに荷物を運び出している使用人たちの邪魔になっていた。


「うん。向こうに行くわ。お兄様はどうなさるの?」

「僕もケニアと一緒に行くよ。」


ケニアの手を取り微笑んでエスコートを始めた。二人でケニアが購入した新しい馬車に乗り込み公爵家を後にした。


王宮の傍にあるタウンハウスは元貴族所有の物であったが、没落した公爵家が使用していた屋敷をルーベンスが、叩いてケニアが自費で購入したものだ。

なので、公爵家の使用人全員を連れて来ても、部屋数には全く問題がない。


玄関に乗り付けた馬車から降りると、ケニアは従僕に指示を出した。

「荷物を考えると馬車が足りないと思うの。だから、この馬車も使うようにサボとヴィヴィにも伝えて。」


従僕は頭を下げて、オルゲーニ公爵邸へと帰って行った。

ルーベンスは此処でもケニアを恭しくエスコートをして邸宅に入っていく。

応接室には既に豪奢な応接セットが中央にセットされていた。

ルーベンスが、ケニアに代わって購入してきたものだ。


「凄いわね。流石はルーベンスお兄様。」

「任せてよ。こういうのは僕の得意分野だからね。」

「この屋敷もお兄様の言う通りに購入しておいて本当に良かったわ。こんなことになるとは思わなかった。」


ケニアは、ソファに腰かけて、俯く。


「ケニアが悪かった訳じゃない。寧ろ被害者だ。でも帽子とヴェールのおかげで、怪我が知られなくて良かったよ。」

「本当にね。」


ケニアは顔を上げて苦笑した。

扉をノックする音がして、入室許可を出すとアンゲルが入って来た。手には丸められた紙を持っている。


「ケニアお嬢様離婚が神殿により承認をされ王家からも了承の通知が届きましたので、この時を持って、ケニア・オルゲーニ様はケニア・カナガン様に成りました。おめでとうございます。」


アンゲルは手に持っていた紙をケニアに渡すとケニアは紐を解き中を見聞した。


「ありがとう。アンゲル。これからもよろしくね。」


アンゲルは、腰を折って頭を下げた。

アンゲルが出て行くのを確認してから、ルーベンスはケニアに近寄って、頬にキスをして


「おめでとう。」


嫁げた。此処二年、誰にもそんなことをされた事がないケニアは、顔から火が出たように真っ赤に染まった。

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