第6話 婚姻誓約書を手に入れよう2
朝の陽ざしが髪に反射して、その男のイケメン度が増している。眠っている姿も麗しいこの男は連日の夜会や舞踏会でのワインやシャンパンの飲み過ぎで起きない。
この男が住んでいるのは、自宅からさほど離れていない公爵家のセカンドハウス。
本来ならば、多数の来客時に開放する家だが、自宅に帰ると家人が五月蝿いので気に入った使用人を連れてこちらで生活をしている。その殆どがメイドで男は二人しかいないそれもこの男には意見が出来ない下男。メイドだけでは力仕事が困るので、連れて来ただけ。
バターンと大きな音を立てて、扉が全開になるとこれまた見目麗しい女性が入ってきた。
ゴールドに光る髪を片方の肩に流して、マーメードドレスで体のラインを強調した
「ランドルフ!ブティックでドレスを作ろうとしたら、ダメって言われたわよ。また、公爵だか、家令がお金を止めたって。ねぇどうにかしてよぉ。今度の舞踏会に着ていく予定なのよぉ。」
「ん?なに?また止まったの?良いよ。僕が一緒に行ってあげるよ。僕からの贈り物なんだから、僕が選んであげるよ。」
「えっ。良いわよ。申し訳ないから。ほら、私とランドでは好みが違うじゃない?お金だけどうにかしてよぉ」
モニカは、慌ててランドルフを制する。ランドルフは、ごてごてしたドレスよりもシンプルな意匠を好み、下手をすると金額が安いものを提示してくる事がある。なので、自分の好きな意匠で作ることが出来なくなるので、ドレスや宝飾品を選ぶ時には、自分の取り巻きを連れて買い物へ行くので、ランドルフが邪魔になる。
「解ったよ。僕の最愛のモニカの為に父上のところに行ってくるよ。少し待っていてね。」
ベッドから生まれたままの姿で出て来たランドルフは隠すこともなく歩き出して、ソファの背凭れに掛けたシャツに手を掛ける。
「ランドルフ様。お着替えは此方に。キャッ!」
「あぁごめんね。バージンの君には刺激が強過ぎたね。いつもありがとう。」
メイドの髪にキスを落として礼を言うと、着替えを受け取ってシャツに腕を通した。
トラウザーを履き、素早く着替えると、モニカの傍に寄り、腰を抱いて髪にキスを落として、
「じゃぁ行って来るよ。昼過ぎには、支払いが出来るようにしておくから。安心してお買い物を楽しんで来てね。」
ランドルフは、メイドとモニカを背に出て行った。
「なぁにがバージンの君よ。自分だって童貞のチェリーボーイの癖に。」
とモニカが吐いた毒は余りにも声が小さく誰も拾わなかった。
「旦那様。ランドルフ坊ちゃまがいらっしゃいました。」
アンゲルがマティスの執務室の扉を開けてマティスに告げるとその後直ぐにランドルフが入って来た。
「父上。どうしてまた支払いを止めたのですか?」
「あぁ、家には関係がない支払いだったからな。」
マティスは、書類から目を離さずに、応える。
「今僕がお付き合いをしているモニカ・エッセル子爵令嬢への贈り物ですよ。関係ない訳ないじゃないですか。」
呆れたような口ぶりで言い募るランドルフにマティスは一度視線を送る。
「お前の預金での支払いならば、誰も文句は言わない。しかし、お前が使おうとしているお金は、領民のものであり、この公爵家で働く者たちのお金だ。働かないお前が使えるお金ではない。」
「まぁた父上の質素倹約が始まった。貴族がお金を使うから、皆が潤うことが出来るんですよ。」
「では、働かない者はどうやって収入を得るのだ?」
「家は領地があるんですから、領地経営で入ったお金を使うんですよ。」
「お前の持論だか、人の受け売りだか知らないが、収入よりも支出が大きければ破産だ。我が家は没落まっしぐらだ。それが解っているのか?解っていたらこんな事には成らないなぁ。」
一冊の帳簿をランドルフに投げ出した。
「赤字で書いてありますね。随分と高い買い物をされていらっしゃるんですね。父上。」
態とらしく大きな溜息を吐いて、少し大きな声でゆっくりと言う。
「それはお前が使った金額だ。何が領地経営だ。何もやらん癖に。お前は働かないから、収入は無い。出て行く意味の赤字でしか書くことが出来ない帳簿だ。そうか高いか。それ位は理解が出来たか。いや良かったよ。その散財娘と貴様は結婚でもするつもりか!」
「えっ。結婚まではまだ話をしていませんが。・・・・モニカが子爵家は経営が上手くいかなくて大変だって。困っているんだよ。家のお金がないから、社交界でドレスを馬鹿にされたって。可哀想じゃないか。これは困っている人を助けるボランティアですよ。」
「それは、お前が毎回どうにかすることじゃない!大体毎回お前が送っているなら、ドレスの替えはあるだろう!」
「そう言われると、そうだよね。でも今回はブティックに注文をしてしまった後らしいから、今回は許してよ。次回は我慢して貰うから。」
「今回のみ許そう。では此処にサインを書きなさい。」
そこで扉をノックする音がした。入室許可を出すと、お茶の支度が乗ったワゴンを押したケニアが入って来た。
「公爵閣下。お茶のご用意が出来ました。遅くなり申し訳ございません。」
屋敷の者たちだけの時には、お義父様と呼ぶが、来客時には公爵閣下と呼ぶようにアンゲルとヴィヴィに指導をされたケニアが、テキパキとお茶の準備を終えていく。
「ケニア。いつも悪いね。」
マティスが微笑んで礼を言うと、
「いいえ。大した事では御座いません。」
と頭を下げて退出していった。
「家の領地はそんなに大変なの?あんな子供を使うようになるなんて。」
ランドルフは、渡されたペンでサインをしながらケニアを見送った。
「お前のせいで、大変なんだよ。本当に。没落寸前なんだ。だから、お前には結婚をして貰う。」
「そうなの?政略結婚かぁ。仕方がないか。いつ?」
「結婚自体は四日後には受理される。そのあと、約一か月を目安に身内だけの式を行う。」
「随分と早いね。でも結婚式を挙げれば良いの?他に何かあるの?」
まるで他人事のように問う息子に呆れながら
「お前の彼女達に邪魔をされては敵わんからな。」
「彼女たちは邪魔なんかしないよ。みーんな良い子達なんだから。それで相手はどこの令嬢?」
「それは式場で会ってからのお楽しみだ。」
マティスが含みのある笑顔を見せるが、純粋培養のランドルフは、単なる笑みと受け取り流してしまった。
「じゃぁ式の日取りが決まったら、連絡頂戴ね。」
「あぁ。絶対に他では子供を作るなよ!良いな!」
扉を開けて出て行く前に振り返り
「僕だってそこまで馬鹿じゃないよ。」
とウィンクをして出て行った。
「それが解らないから釘をさすんだ。」
というマティスの言葉は空気と溶けた。
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