年が明けて——①

 伊織の初出演から一ヶ月が経とうとしていた。

当初懸念されていた視聴者の反応も上場で、動画を投稿するたびにコメントで『伊織の出演はまだですか?』と言われるほどだ。

 正直、楓が思っていたよりも好印象を得ることに成功している現状にコメント欄をチェックしていた楓は思わず口角を上げる。

 ここで気になってくるのが【祝い酒】の動向だが、これが驚くことに何も反応がない。伊織について認識していないのか、それとも興味がないのか、どちらにせよ身構えていた【カロン】の面々は肩透かしを食らってしまった。


「ま、面倒ごとはないに越したことはありませんけどね~」


作業がひと段落した楓は固まっていた背筋を伸ばしながらそう呟いた。


「そういえば、伊織さんが【カロン】に加入してからみのり以外のメンバーと会ってませんでしたね…いくら知った顔でも、そろそろ動画内でも絡みがないと変ですね」


 あの後も何度か伊織は生放送や動画に出演している。といっても、顔を出して少し会話をする程度に留まっている。

【カロン】は一つのチームとして活動しているが、基本は自由となっている。なので、大会以外で全員が揃うことは珍しい。なので伊織が絡みがないのも頷けることなのだが、変な憶測が飛ぶ可能性があるので、一度【カロン】全体として見せる必要があるのだ。


「かといって、いきなり全員を集めるのは難しい話なので、何かきっかけがあればいいんですけどねぇ」


 ふとスマホを開いていつも配信しているサイトを開く。配信予約を確認してみると、そこには『新年カウントダウン』や『今年最後』といった文言のタイトルやサムネイルが乱立していた。配信者にとって、このようなイベント事は新規リスナーを獲得する為にはまたとない機会。特に年末年始は大半の人が休みに入っているから、なおのこと気合いが入るのは頷けることだ。


「たまには全員で企画でもやりましょうか!とりあえず全員の予定を確認して……」


メンバー全員が共有しているスケジュール表と照らし合わせながら思考を巡らせている楓の横で聞きなれた声がした。


「ん。全員2日が空いているからそこでやろう」


音もなく現れたみのりに対して、楓は驚いた様子を見せぬ代わりに肩を落とした。


「....何でナチュラルにいるんですか」


「気にしない、気にしない」


楓はみのりの発言に苦笑を浮かべるが、内心では彼女の仕事に感謝しつつ思考を企画の内容へとシフトする。


「だったら企画の内容を一緒に考えてください。これ系統はあなたが一番分かるでしょう?」


ニヤリと口角を上げた楓が問いかける。


「合点」


それに応えるみのりもまた同じ表情を浮かべ、二人は軽快なタイプ音と共に準備に取り掛かった。





 年が明けて2日目。正月特有の静けさがまだ残るお昼ごろ、伊織は撮影部屋に呼び出されていた。


「あ、来ましたね!」


部屋には既に机などの大まかなセッティングを始めている楓とみのりの姿があった。


「この部屋を使うということは、何か大きな企画でもやるんですか?」


この部屋は複数人や大型の物を取り扱うときに使用される撮影部屋だと以前案内されていた。因みに前回は部屋紹介だったので、この部屋は使用していない。


「ん。その通り」


「お正月特番的な企画をやろうと思っていますよ。【カロン】久々の全員集合でエンタメ回です!」


【カロン】全員という括りで自分もカウントされたことに嬉しさを覚える伊織だが、すぐに違和感に気付いた。


「お正月特番って言いましたけど、もう2日ですよ?遅刻する感じですか?」


「今日のこれは生放送ですやりますよ!」


一週間ほど前に「どこかのタイミングで生放送に出てもらうつもりだ」と言われていたので覚悟はしていたが、やはり不安がよぎる。


「ん。伊織、大丈夫」


「まあ一応理由を説明しますね。リスナーさんと一番近い場所を体験してほしいというのと、生放送で質問コーナーをやりたかったんですよ」


 動画であったりすると『都合のいい質問を選んでいるのではないか』『編集でどうとでもなる』といった憶測や不信感に近いものを感じる視聴者も少なくない。それを生放送にすることで、誠意を示すことが出来る。例えは悪いが、テレビの謝罪会見が生放送なのと同じニュアンスだ。


「あと伊織さんは【カロン】に入ってから他のメンバーと直接話していないでしょう?動画的にも1回全員と絡んでいた方がいいので」


 伊織は【祝い酒】の頃から全員と関りがあるので失念していたが、【カロン】に入ってからは直接は話していない。

動画的にもと言うのは、動画内では【サクラ】と【みのり】の二人しか関りがない。これまた変な憶測を生まないためにも、一度【カロン】全体のマネージャーであるということを目に見える形で示しておく必要があるのだ。


「企画の内容については全員が揃ってからお話しますね」


「わかりました!それで、何か手伝うことはありませんか?」


楓は部屋を軽く見渡して何かを口にしようとしたとき、段々と聞き慣れてきた呼び鈴が鳴った。


「あ、ちょうどいいタイミングですね。伊織さん、みんなを迎えに行ってくれますか?」




ーーーーー

更新予約をミスってました....

今後は、毎週火曜か水曜の更新と言うことで頑張っていきます。

ようやく安定化させることが出来る.........

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