試聴会
「よし、これで編集は終わりですね。この後一旦通しで見直して、問題なかったら投稿しましょうか」
編集を始めた日から一晩挟んだお昼ごろ、伊織の出演する動画の編集が完了した。
「ん~今回は長かった」
みのりは両手を天井に翳して伸びをする。それに連なる様に楓も伸びをし始める。
ゲーマーである彼女たちは長時間の同じ姿勢でいる事は慣れっこなはずだが、やはり長時間の作業と言うのはゲームとはベクトルが違うようだ。
「それじゃあ早速見ていきますか!」
編集が完了した動画のデータが入っているUSBメモリーをモニターが一番大きいパソコンに差し込み、再生ボタンをクリックした。
『はい、どうも皆さんこんにちは!カロンのサクラです!』
カロンではお馴染みのオープニングが流れた後、これまたお馴染みの挨拶で始まる。【祝い酒】でも動画編集をしてきた伊織だが、その表情には若干の緊張の色が見えた。
『えっと、新人の伊織です。よろしくお願いします!』
動画は進んで伊織が初登場するシーン。
いくら伊織が【祝い酒】で編集をしていたとて、録音された自分の声を聴くというのはかなり違和感があるようで、少し口角を下げた。
「ん、初めてカメラの前に立っているのに上出来」
真剣に画面を見続けているみのりは視線は変えずに、けれど柔らかな声音でそう言った。
「懐かしいですね....初めてあなたがカメラの前に立った時なんか、見てわかるほどに震えてましたからね」
「む、それを言ったら楓なんか声量おかしなことになるし、イントネーションがばがばだし、変に裏返るしで大変だった」
「なっ!そこまで言わなくてもいいでしょう!私一個しか言ってないのに!」
若干頬を膨らませて目線と共に抗議する楓をそっちのけて、みのりは視線を伊織に変える。
「ね?普通に話せてるから花丸」
小さく歯を見せる柔和な笑みを浮かべながら人差し指で宙に丸を描く。
「しっかり見れば不慣れな部分もありますけど、それは時間の問題ですから」
そこまで細かいことをと思うかもしれないが、実はかなり重要なポイントなのだ。
視聴者と言うのは一秒単位で去っていく。それこそ、声が好みで無かったり、話し方、イントネーション。果てには空白にだってブラウザバックの可能性を秘めているのだ。
なのでこういった些細な点でも見逃すことが出来ない。その辺りゲーム実況という声とプレイを両立させることを長年やって来た二人に太鼓判を押されたとなると、一定以上のレベルに達したと考えていいだろう。
またしばらく動画を流しているとデバイスを紹介するシーンに到達した。
ここで三人はより一層注意深く画面を見つめる。もちろん動画内で記載されている情報に誤記・誤植が無いかどうかのチェックをするためだ。音声の方は勿論人間なので間違いがあっても仕方が無いが、そう言った場合は動画内のテロップで訂正をするなどの対処が必要だ。
【カロン】がなまじ影響力と情報拡散力を持つほどに成長を遂げたこともあり、こういった発信は細心の注意を払う必要がある。
こういったタイプの動画となると、紹介する製品の数がかなり増えるので、確かな情報と商品URLと共に揃えるのは結構な労力を要するのだ。
一番時間のかかったシーンを過ぎて、場面は次の部屋へ。
『ここが伊織の部屋なの?』
この場面では先ほどとは違いストイックな編集ではなく、ギャグ調のいかにも動画投稿者と言えるスタイルに変わっていた。
このテイストの編集は【祝い酒】で多用していたものなので伊織の得意分野だ。
動画もこれと言ったミスを見つけることなく終盤に差し掛かってきた。
『それじゃあこうしましょう!この動画のコメント欄でオススメのデスクアイテムを募集します!』
その言葉に伊織は一抹の不安を覚えた。
「大丈夫でしょうか……」
「ちゃんと来るかってことですか?」
「はい……」
確かに以前楓が言った通り、【カロン】は女性限定であると公言したことは無い。
ただ、そのような風潮が出来上がってしまっていることもまた事実だ。
いきなり男が現れてオススメを教えろと言うのは些か傲慢と言えるのではないかと言うのが伊織の内心である。
「大丈夫、ウチのファンの人たちはそんな事は気にしないし、むしろ伊織を好ましく思うはず」
「元々カロンの活動方針自体が“好きなようにやる”ですからね」
「ん。もし仮に来なかったとしても、来たていにすれば万事解決」
「そんなパワープレイしませんよ!?」
3人は一頻り笑った後にまた確認作業を再開させる。
結局大した問題は見つからず、修正の必要が無かったのでエンコード作業に入る。
これは今まで見ていた編集ソフト上の軽量版では無く、最高で4Kまで対応している動画になるため、幾らスペックの高いパソコンを使用しても大体実時間と同じぐらい掛かってしまう。
「エンコが終わったらもう一度確認をして問題が無かったら公開ですね」
「ん、それじゃあ今のうちに寝る」
「だーめーでーす。まだ概要欄作りきってないんですから!さっさとやっちゃいますよ!」
「うへぇ……」
メモに書かれた製品一覧に目を通してみるとみのりの反応が頷ける程の量がびっしりと並んでいた。
たとえ動画が最終工程に進んだとしてもまだ概要欄に動画内で言った質問箱、サムネイルなどなどやる事は山積みだ。
お茶を少し喉に通した後、三人はまた手分けして作業に戻ったのであった。
ーーーーーー
また1ヶ月空いてしまい申し訳ございません。
突然ですが、ここで2つご報告させていただきます。
1つ目は、第8回カクヨムコンに応募していた『ボクはVtuberになりました!』が無事中間選考通りました!ありがとうございます!
今年更新できていないのに皆さん本当にありがとうございますm(_ _)m
2つ目は、新作のご案内です。来週頃に新作のコメディ小説を投稿予定です!まだ固まりきっていないので詳しい内容は来週の更新分でお話しさせて頂きます。
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