打ち合わせ――①
あのメールから数日後、僕は凄く雰囲気の良い個室の喫茶店にやって来た。
もちろん僕がサクラさんの申し出を断る理由なんてないのですぐに了承の胸を返信した。それからとんとん拍子に日時と場所が決まり今に至る。
(本当にここで合ってるの!?)
どうやら僕は早くお店に着いたらしく、店内に入ったときにはまだサクラさんの姿は見えなかった。そのことを店員さんに伝えると「ご予約されているお席はこちらになりますので中でお待ちになられたらどうでしょう」と案内され、僕は言われるがままに個室の椅子に座ってサクラさんを待っていた。
ややあって、再び個室の扉が開いた。
「あ、そのままで大丈夫ですよ」
普段実際に顔を合わせてお話をする機会がなかったせいか、遅れて僕は席を立った。
「すみません、早くに来過ぎたみたいで」
「いえいえ、逆にこちらがお待たせして申し訳ございません。と言わないといけないのですから、気になさらないでください」
あのイベントの時に見せた綺麗な笑みで答えてくれた。
「緊張されてます?」
「はは、お恥ずかしながら...」
実は彼女と会うのは今回を含めても3回だけ。それもオフラインイベントの時に少し顔を合わせたくらいだ。他の要件はすべてTelCodeで行ってしまうので声には馴染みがあるという少し変わった状態だ。
それにこんなにお洒落なお店に来たのは本当に久しぶりということもこの緊張に拍車を掛けている。
「では、何か飲み物でもいただきましょうか。伊織さんはどうでしょう?」
「じゃ、じゃあ僕も頂きます」
そう答えると彼女は備え付けられた呼び出しのベルを押して店員さんを呼んだ。
テーブルに置いてあったあれがベルだったのかという驚きは置いておいて、店員さんが来る間にドリンクメニューに目を通す。
(…なんて書いてあるか分からない...)
ほぼすべての商品名が長い横文字で書かれていて、それがどういったものなのか皆目見当がつかない。
そうこうしているうちに個室にノック音が響いた。
「どうぞ」
「ご注文をお伺いいたします」
「えっと—―」
サクラさんは慣れた動作で注文を店員に伝える。
その様子を呆けたように見ているとボクの順番が来たようだ。
「伊織さんはどうしますか?」
「えっと、それじゃあ...ホットコーヒーをお願いします」
どれがどういったものかわからなかったので無難にそう答えた。
「東ティモール・キリマンジャロ・グアテマラ・ブルーマウンテン・ケニアの五種類からお選びいただけますがどれになさいますか?」
どうやらこのお店では豆の種類を選ぶことができるらしいが...その豆の名前は最早僕には呪文にしか聞こえなかった。
「え、えっと...ケニアで」
唯一覚えれたのでそれを答えた。
「承知いたしました」
店員さんはそう言って注文をもって去っていった。
ややあって、注文した飲み物が届き、まずは一服と僕らは飲み物を口に運んだ。
「やっぱりここのお店はおいしいですね」
飲み物をテーブルに置きなおしながら彼女はそう呟いた。
「よくここに来られるんですか?」
「ええ、味も雰囲気も良いお店なので頻繁に利用させてもらっています」
「そうだったんですか、確かに良いお店ですね」
◇
あれから少し雑談に花を咲かせた後、話は本題へと移っていった。
「改めて、タッグイベントではありがとうございました」
「いえいえ、頭を上げてくださいよ!元はと言えば【祝い酒】の"をれっと"が場を乱すような発言をしてしまったことが原因で、【カロン】の皆さんは何一つ謝るようなことは...」
「その原因を作ってしまったのはこちらのメンバーですので、そういうわけにも...」
「引き合いに出すわけではないんですが、リーダーのヨルが控え室で起こした問題もありますから!非があるのは全てこちら側なんですから!」
なぜか双方ともに自分が悪いと言いながら謝るという光景が広がる。
「ひ、ひとまず原因については埒が明かないのでおいておくとして...今後についてお話させてください」
少し乱れた息を整えながらサクラは話を切り出した。
話の軌道が真面目なものに修正されたのを感じ、伊織は居住まいを正した。
「今までとは違い露骨かつ、実際の行動に発展してしまったので、さすがにこのままにはできくなります」
「...正しい判断だと思います」
今までも似たような発言がちらほらとあったが、所謂おじさんノリで何とか許されていたのだが、今回実際に行動を起こしてしまった以上このような判断がされても不思議ではない。
「事務所の意向をそのままにお伝えすると、この話し合いを終えた後【祝い酒】に共演NGを通達するとのことです」
こうなって然るべきだろう。伊織は素直にそう思った。
「わかりました。その旨をしっかりと【祝い酒】全メンバーに通達させていただきます。この度は申し訳ございませんでした」
伊織は立ちあがり、腰からしっかりと頭を下げた。
「頭を上げてください。まだ話には続きがあるんです」
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