第一章 嵐の前触れなのか、ひょっとして?

 中原の国、東西貿易の要衝、タルムニア王国の首都タルムニスにて、


「ったく……」


 俺は、街の中央から少し外れたところにある酒場兼宿屋、“一本角”亭でひとり、ちびちびとビールを飲んでいた。


 店の名前は、カウンターの後に飾られたデカイ一本の角に由来するらしいけど(ここのマスターが漁師をしていた若い頃に巨大な一本角の馬鹿デカイ魚を仕留めたんだそうだ。大人の身長の倍を越える大きさの角を持った魚なんてどんだけデカイんだか)、今はあんまりというか、全然関係ない、な。

(……あ、いや、確かに凄いです。凄いですから、今月の家賃はもう少し待ってください、この通りです)(どっかのヘッポコ盗賊のせいで収入がねーんですよー)(苦笑)


「出費ばっかりかさみやがる……」


 ジョッキをだいたい空にして、俺はぼやいた(ちなみに、まだ一杯目だ)。

この店の二階に俺の住んでる部屋があるので(ちなみに、ネ子やモーそれにフローさんもここに住んでる)(……当然、別々の部屋だぜ?)、酔っ払っても問題ないとは思うが、酔いつぶれるのだけは避けないとな(みんなに迷惑かけるのも何だし)。


「なんで、こう、大事なところでドジるかな~」


 あの後もいろいろあったが、俺たちはあの迷宮から這う這うの体で逃げ帰っていた。あんな状況で、みんな無事だったのは奇跡みたいなもんだぜ、まったく(ケガなら俺が何とかできるけど、死んじまったらさすがにお手上げだからなー)。


「すみませんです……」

「おわっっ!?」


 背後からの声に慌てて振り向くと、……ネ、ネ子のやつ、いつの間に!? 全然、気配に気付かなかったぞ?!(さすがに〈盗賊〉なんだがな、こういうところは)。


「こんなに失敗続きの〈盗賊〉なんて、パーティから追い出されても仕方ないですね……」


 うなだれているネ子に、


「あー、いや。……お前のことじゃなくて、俺たちのことだ。俺たちのこと」


 俺は苦笑しながら肩をすくめてみせた。半分ぐらいは、いや、以上は嘘だけどなー(微苦笑)。


「どーも、我ながら詰めが甘いなーって、愚痴ってただけだ。それに、」

「はい……」

「今までに、一度でも、お前をパーティから追い出すなんて話、俺がしたことあったか?」

「……いいえ、でも、」

「なら、それが答えだ。まー、お前が、どーしても抜けたいってんなら止めはしねーが、できれば、借りは返してから抜けてほしいもんだな」

「コウさん……」


 ネ子は瞳を揺らしながら言葉を探し、


「……はい……」


 さんざん迷った挙句、こくりと頷いた。あー、これはマズいな。ネ子のやつ、俺が単なる同情で言ってると思い込んでやがる。そんな単純な理由だけでお前をこのパーティーに加えてるわけじゃないんだがな。


「あー、この際だから言っとくが、」

「……はい」


 ちょっとだけ顔を赤らめながらも(当然、酒のせいじゃないんだが、気がつかないでいてくれた方がありがたいな)言葉をつなぐ俺に、ネ子のやつは神妙に頷く。


「ってか、前も言ったと思うが、」

「はい……」

「お前は、……《技術》はあるのに、それを生かせてない。今のお前に必要なのは、何つーか、その、いい意味での“自信”だと思う。チャレンジしている最中に『失敗したらどうしよう?』なんて考える必要は、ない。失敗したら失敗したなりの対応をすればいいだけだからな。余計なことは考えずに作業に集中

できれば、結果はついてくると思うぜ?」

「コウさん……」


 てっきり、俺にイヤミとか小言を言われると思っていたらしいネ子は(そんなに陰険な性格に見えるのか、俺?)(苦笑)、驚いたように小さく息をのみ、


「ありがとう、ございます……」


 深々と頭を下げた。そんなにまともに感謝されると照れくさいじゃねーか。


「別に、お前のフォローなんてしてねーからな。勘違いすんなよ? 俺は、単なる一般論しか言ってねーし、今のお前がへっぽこぷーな事には変わりねー」

「それでも、……ありがとうございます」


 穏やかな笑みを浮かべて、ネ子が再び感謝の言葉を述べる。う、何だか、見透かされてるよーで、かなり恥ずかしいぞ、これは。


「感謝するくらいなら、今度の《罠解除》には成功してくれよなー」

「はい」


 ジョッキをいじくりながら言った俺のイヤミに(今度は間違いなく本当にイヤミでございます、ええ)(照れ隠しだろ?とか言わないでくれ)、ネ子はこくんとうなづいた。まあ、他人の言うことに対して素直に(時には“素直すぎる”ほど)なれるのが、こいつの良い所なのかもしれねーけどなー。


「……あの、」

「ん?」


 妙な(?)感慨にふけっていた俺に、ネ子のやつが思い切ったように話しかけてくる。何だか、真剣だ。いや、まー、さっきまでも真剣じゃなかったわけじゃねーけど、何つーかその、真剣さが違うというか何と言うか……。


「わたし、……」

「あ、ああ……」


 両手を胸の前で握り合わせ、緊張した様子で言葉を口にするネ子の様にこっちまで緊張してくる。な、何だよ、この、“告白”みたいな雰囲気は?! 

つーか、どー考えてもそんなシチュエーションじゃないだろ、今の状況は?!


「コウさんに、言わなきゃいけないことがある、」

「たっだいま~♪」

「うおっ?!」


 後からの声に、驚いた俺は思わず振り向いた。今度は、モーのやつかよ。

フローさんもその後にいるな。一緒に出かけてたのか?


「なになに、ねーちゃん~♪ にーちゃんに、愛の告白~?」


 にやにや笑いながらそんなことを聞いてくるモーに、


「えっ?」


 ネ子は戸惑いの表情を浮かべ、


「何でだよ?」


 俺は苦笑いを浮かべてしまった(まあ、客観的に見れば、そういう状況に見えなくもないだろうが、俺たちのことを良く知ってるモーにそんなこと言われてもなー)。


「無粋じゃのう、モー。こういう時は気を利かせて、物かげからこっそり見守

るのが作法というものじゃ」


 ゆったりとした足取りでこちらへと歩いてくるフローさんまでもがそんなこ

とを言う。ってか、酒場に物かげなんてあるわけないでしょうが(苦笑)。


「なるほど~♪ そーいうものなんだね、ばーちゃん♪」

「うむ」

「あー、はいはい。好きに言っててくださいよ、まったく」(少しイジケもーど)


 まるで本当の祖母と孫のように意気投合してニヤリと笑い合っている二人を見て、俺はため息をついた(モーいわく、「だって、ばーちゃんみたいなんだもん♪」だそうだ。確かに口調は古風だけど、こんな若いおばーちゃんいてたまるかっつーの)(微苦笑)。


「まあ、何はともあれ、おかえり、二人とも」

「モーちゃんにフローさん、おかえりなさい」


 苦笑しつつ『おかえり』を言う俺にネ子もならう(さっきまでしこたまからかわれてたのに、屈託がないっーか、天然だっつーか……)。


「ただいま、戻ったぞ。なんじゃ、コウ。まだ昼間なのに酒など飲みおって」


 俺たちの言葉に軽く手を上げて答えたフローさんが、俺が手にしたジョッキを見て苦笑を浮かべる。


「いいじゃないですか、たまには」


 フローさんに軽くジョッキを持ち上げてみせながら、俺は苦笑を返す。


「今日は飲みたい気分だったんですってば。いっつもこんな時間から飲んでるわけじゃないですよ?」

「ふむ?」

「たまには、気分転換というか、息抜きも必要でしょう?」

「そうじゃ、な」


 「ふ」と口元を歪めるフローさんに、俺は同じように口元を歪めて見せた後で、


「まあ、立ってないで座ってくださいよ。ほらほら、ネ子も、モーも」


 仲間たちに着席を促す。


「はい」「うん♪」「うむ」


 俺の言葉に、みんなが席に着く(ちなみに、俺の隣にはネ子、テーブルを挟んだ反対側にはモーのやつ、対角線にはフローさんが座った。席順はだいたいいつもこんな感じだ)。


「さてと、」


 みんなが席に着いたのを見計らって、俺は口を開く。


「首尾はどう、」

「よお! お揃いだな」

「うお?!」


 またしても後ろから声をかけられ、俺は“律儀に”振り向いてしまう(何でこータイミング良く邪魔が入るんだか)(苦笑)


「って、今度はマスターか」


 “一本角”亭のマスターがひょいとおれたちのテーブルに顔を出す。左足の自由が少し利かないらしいが(例のデカイ魚を仕留めた時に負傷しちまったらしい)、元漁師らしく潮焼けした赤黒い肌の厳つい顔にはいつも豪快な笑みが浮かんでいる元気な爺さんだ。


「どうだい、調子は?」

「ぼちぼちってとこですかねー」


 肩をすくめて言う俺にマスターは事情を察したのだろう。豪快に笑いながら俺の肩をばんばんと叩いてくる。


「わはは! そうかいそうかい。まあ、そのうち、運も回ってくるってもんさ! そのためにはリフレッシュしないとな! 何か、飲むかー?」

「あ、俺にはお代わりを。みんなは?」


 俺がみんなを見回すと、


「わしには葡萄酒をお願いする」

「あ、私は、果汁で……」

「おいらは、にーちゃんと同じの~♪」


 それぞれが飲みたいものを注文する。って、フローさんとネ子はいいとして、モー、俺と同じのって、ビールじゃねーか(苦笑)。


「お前は子どもだから酒はダメ。マスター、モーにも果汁を」

「ちぇっ。何だよ、にーちゃんのケチ~」

「ケチで結構。お前にはまだ早いよ、モー」

「ちぇ~」


 モーのやつは、ぷぅと頬っぺたを膨らませるも、怒って席を立ったりはしない。背伸びしたい年頃なのを俺に理解してもらってる嬉しさみたいなのもあるのかもしれない(ま、単なる推測だけどさー)。


「あいよ! ちょっとだけ待っててくんな」


 威勢よく言って、マスターが店の奥に引っ込む。


「で、何か、いい話はありましたか、フローさん?」


 マスターを見送ってから、俺はフローさんに話しかける。


「あまり、芳しくないのう」


 フローさんは苦く言って、肩をすくめた。


「王家の統治に反対する少数民族が武器を集めておる話や、後継者争いでもめておる貴族の兄弟がお互いに傭兵を集めているとか、隣国と戦争になるやもしれぬから今の内に穀物を独占しようと企んでる商人がいるとか、そんなうさんくさい話ばかりだったわ」

「そうですか。まあ、今のところはあんまり俺たちには関係ないですかねー」


 俺はジョッキを空にしてテーブルに置くと、腕組みしながら口元を歪めた。

随分、キナ臭い話だな、とは思うけど、独立闘争や権力暗闘それに利益の独占なんて話、それほど珍しくないからなー。

(単純に聞き流してしまうのはさすがにまずいと思うけど、まだ噂の範囲内だし、事実かどうか裏付けもとってないから、色めき立つのは冷静じゃないと思うし)

(手遅れになってからでは遅いと言う意見も分かるけど、パニックは人を殺す充分な“理由”になるし、何より、『自分のできること/できないこと、そして、その行動の影響』を把握して行動しないと、判断を誤るんだよなー)。


「少なくとも、おいらの腕を貸す気にはなれない話だよね~」


 モーのやつが大袈裟な身振りで肩をすくめる。冗談ぽい物言いだが、実は、モーが大真面目なのはこれまでの付き合いでよく知ってる(武闘家ってのは、戦うことさえできればその理由は問わない種類の人間なのかと思ってたが、少なくともモーはそういう人間じゃないらしい)。


「モーはそういうやつらには手を貸さないもんな?」

「うん♪ 力を貸す相手はよく見極めないと、腕はともかく心が腐っちゃうからね~♪」 

「いい子だ、モー」


 冗談ぽく言いながら、俺は手を伸ばしてモーの頭を撫でてやる。


「えへへぇ~♪」


 モーのやつがうれしそうに笑う。こーいう時は子ども扱いしても怒んないのな、お前(頭撫でられるの好きなのか?)。



 と、突然、バタン!と酒場の扉が開く!



「おっ?」


 何事かと振り向いた俺たちの視線の先には、うおっ!? 血まみれの男の姿

が!


「うう、ううう……」


 男は呻き声を上げながらよろよろと歩みを進める。……誰かを探しているようだ。朦朧とした視線を左右に向けながら客の顔をひとり一人確認しているように見える。異様な雰囲気に呑まれ凍りついたように誰も動けず静まり返る酒場の中を男の引きずる足音と荒い息遣いが支配する。



 ――と、俺たちの方に視線を向けた男の表情が変わる。



「……!」


 ネ子が息を呑む。


「う、おお、お……」


 何か言いながら、男が、俺たちの方へと歩み寄ってくる。


「お、おい、あんた、」

「しっ! 待て、コウ」

「フ、フローさん?」


 我に返って立ち上がり、男に声を掛けようとした俺をフローさんが止める。

もう少し様子を見ようっていうのか? 男の怪我の手当ての方が先なんじゃ…?



「姫様……」



 そう呟いて男は、ちょうど俺の目の前で意識を失った。ネ子たちを庇える位置を取れるように自然と俺が前に出ていたからだが、ほとんど習性だな、これは(戦闘時には俺が壁になること多いしなー)。


「お、おい?!」


 慌てて俺は手を差し出し男を抱きとめる。意識を失ってぐったりとしている

男は、ざっと見た限りでもかなりの重傷だ。即、命に関わるわけじゃないが、放って置くわけにもいかない、な。


「コウ」

「分かっています」


 話しかけてくるフローさんに頷きを返して、俺は《司祭系魔法》の《キュアー(癒し)》を詠唱する。



【偉大なる[広大無辺の力の持ち主である]

  光の主神[闇と対になる光の筆頭神にして] 

   アルディーン[秩序の守り神たるアルディーンよ]

    御身が力を[御柱の力を癒しの魔力に変え] 

     分け与えたまえ[敬虔な僕たる我の手を通して彼の者に与えたまうことを請い願う]】



 いつも通り、俺の【詠唱】に唱和する[声]を感じ、《魔法》が成功したことを知る(俺が、「偉大なる~」って言うと、[広大無辺の~]ってどこからか[声]が聞こえてくる)。


 どうして、こんなことが起きるのかは、……知らん!(いいだろ、別に?)。


 魔法学的には、“共鳴呪声(ハーモニック・ヴォイス)”とかいうらしいが、詳しいことはわからねー(分からなくても神様は力を貸してくれるし)。ちなみに、〈魔術師〉なんかの使う《魔法》の方は“咆鳴呪声(ハウリング・ヴォイス)”とか言うらしいが、こっちもよく分からん(キィィィィィンとか、ウォ

ォォォォオオォォンとか唸り声みたいな声がするからか?)。


 俺たちみたいな〈司祭〉系が使う《魔法》の方が、かつて神々が使っていた《魔法》に近いらしいが(なんせ、神様相手に祈るわけだし、ある意味当然かもな)、《魔術師系魔法》にさんざんお世話になっている身としてはそんなこと、正直、どうでもいい(もっと高度な《魔法》も昔はあったらしいが、そっ

ちはもっと分からねーし、もっとどうでもいい)。



 まー、ともかく、男の傷が塞がり、呼吸が安定する。



(何だか、訳ありの男と関わっちまったな)


 助けてしまったからには、無関係と言うわけにはいかないだろう。これからどうすべきか考え始めた俺だったのだが、


「……にーちゃん」


 やや青ざめた顔で声をかけてくるモーに思考を中断された。


「どうした、モー?」

「にーちゃんって、実は、」

「ん?」


 首をかしげる俺に、モーはためらいつつも口を開く。


「お姫様、だったの……?!」

「んなわけあるか~~っっ!」


 結構、真顔でつぶやいたモーのボケに、俺は思いっきりツッコんでしまった

のだった(たまにしかない(それも情けないが)(泣)、シリアスな場面が台無しだぜ……)(トホホ~)。





「ただいまです……」


 外出していたネ子が(おそらく、情報を集めに行っていたんだろう)、俺の部屋に顔を出した。


 あの後、なんやかんやあったが――マスターは、さすがに場慣れしてるだけあってすぐさま客をなだめてくれたり床の掃除を始めてくれたりしたのだが、他の客に事情をごまかしたり男を二階まで運んだりするするのが大変だったのだ――、男を俺の部屋(さすがに、女性陣の部屋に野郎を入れるのは、ちょっと、なぁ?)まで何とか運び込み、今はみんなで男の様子を見ているのだった。


「おかえり、ねーちゃん」

「おかえり、ネ子」


 小声で答えるモーとフローさんに、同じく小さな声でもう一度「ただいまです」と返したネ子に、「ネ子、おかえり。何か、情報はあったか?」と俺は声をひそめて話しかけた。


「いいえ、今のところは、何も」


 顔を曇らせて首を振ったネ子は、


「この方、大丈夫でしょうか……?」


 ベットの上の男を見つめてつぶやいた。


「俺が《魔法》で塞いだから、傷の方は問題ないと思うんだがな」


 心持ち苦くつぶやく俺に、


「あ、いえ! コウさんの《魔法》の力が足りないと言っているわけではなくて、」

「分かってるよ」


 俺は少し声が大きくなったネ子に向かって人差し指を唇に当てながら(いわゆる、『しーずーかーにー』のポーズだ)、苦笑しつつ頷いた。


「何か、切羽詰った事情がありそうだからな」

「はい……」 


 ネ子が頷いたと同時に、


「姫様っ!」


 気配を感じたのか、話題の男が目を覚まして飛び起きた。


「気がついたか」


 ほっとして笑顔を浮かべる俺に、


「……やっぱり。にーちゃんって、お姫様だったんだ……」


 モーのやつの呆然とした声が掛かる。こだわるなぁ、そのネタ(苦笑)。


「モー、そのネタは、……もーいいから」

「ウマイこと言うね、にーちゃん♪」

「ふざけている場合か、二人とも」


 俺たちのことをたしなめたフローさんは、こちらの様子を窺っている男に話しかける。


「痛いところや苦しいところはないか? お主の傷は、わしの仲間の〈司祭〉が取りあえず《魔法》で治したが、外からでは分からぬ怪我もあることだしのう」

「……めまいや吐き気、もちろん痛みなどもありません。どうやら大丈夫のようです。ここは……?」


 男は部屋を、そして、俺たちのことを見回した。


「お主の身の安全は確保した。この部屋に危険はない。今のところは、な」


 フローさんはそう言って、男を安心させるように微笑んだ(何となく不吉な物言いが気になるけど、今は黙っていよう、うん)。


「そうですか……」


 男はざっと自分の身体の状態を確認した後で、


「……かたじけない」


 深々と俺たちに頭を下げた。


「ご迷惑を掛けました。行かなければ」


 決意を秘めた声で言うと、男はベットから立ち上がろうとする。


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 俺は、男をベットに押しとどめようとしながら言った。傷は塞がったとはいえ、いくらなんでも今動くのはまずい(どう考えても、身体は本調子じゃないはずだ)。


「あんたはまだ寝てた方がいいんじゃねーか? 俺たちで力になれることがあるなら、俺たちがあんたの代わりに」

「いえ、心配には及びません」


 男は、俺の制止を振りほどいて何とか立ち上がったが(凄い力というか、気迫だ。思わず、引いちまったぜ)、やっぱりどこかふらふらしていて頼りない有様だ(案の定、体力や気力は回復してないようだな)。



 ――それなのに、



「……世話になりました。この恩は必ず、」


 俺のことを『叩き斬っても出て行く』みたいな決意を秘めた目で睨みつけた後、静かに頭を下げた。


「フン。……まー、あんたがそんなに死にてーなら、止めないけどなー」

「まあ、待てコウ」


 吐き捨てた俺の肩をフローさんがいさめるように軽く叩いた後、男の方に顔を向ける。


「王家の護衛の方と見受けるが、間違いないか?」

「!」


 驚いた男がフローさんのことを凝視する(驚いたのは俺たちも一緒だったけど)。


「……どうして、そう思われます……?」


 冷静な口調で男は問うが、かすかに語尾がかすれた(動揺したのが俺にも分かった)。


「何、王城に偶然行ったときにたまたま見かけたことがあったので、な」


 フローさんは、はぐらかすように男に言い、


「こう見えてもわしは、結構、偉い人と知り合いなのじゃぞ?」


 俺たちに冗談めいた口調で胸を張って見せる。場の雰囲気がいくらかはほぐれたけど、あんまり説明にはなってないな。相変わらず、ミステリアスな人だ(まあ、この場で追及するのはやめておこう)。


「そうですか……」


 フローさんの真意が読めないからか、ぎこちなく頷いてみせる男に、


「わしの名はフロー=フシ。見ての通り、一介の冒険者じゃ」


 さらりとフローさんが自己紹介する。


「!」


 男はまたしても驚いた表情を浮かべた後、


「……そう、ですか……」


 冷静な顔つきに戻って相槌をうった(ん? 男の唇が『貴女が……』とか動いたような気がしたが、気のせいか?)。


「仲間を紹介しておく。右から順に、コウ、モーシン、……ネ子じゃ」

「どうも」「よろしく♪」「……お見知りおきを」


 フローさんの紹介に乗じて、俺たちは王家の護衛(仮)どのに挨拶する。ネ子の“通り名”は正式には『ネコイラーズ』なんだが、まあ、説明するのもめんどくさいし、いいか(フローさんもどう紹介しようか一瞬迷ったみたいだけど)。


「信用できない輩たちと思われるやも知れぬが、緊急時とお見受けする。西に東に国から国を流れる冒険者たる我々も、この国にひとかたならぬ恩を受けておりますゆえ、助力するのに躊躇はありませぬ。何かお役に立てるなら、何なりとお申し付けください」

「そこまで言っていただき、恐縮至極です」


 フローさんの言葉に男は深々と頭を下げた後、自己紹介を始めた。


「私の名は、クロウ・ニーン。ご指摘の通り、この国の王女、イト・ヤンゴトナーキ・オカータ様の護衛を務めております」


 おいおい。つーことは、


「やはり、お捜しなのは姫様ですか……」


 ネ子が辛そうに言う(セリフ取られたけど、まー、いいか)(苦笑)。


「はい。その通りです……」


 クロウどのはネ子にぎこちなく頷きを返し、


「これは、極秘事項なので口外しないでいただきたいが……」


 俺たちの顔を見回して、重々しく口を開く。


「実は、……姫様は週に一度、城の外で民の生活を肌で感じるため、つまり“研修”という名目で、ひそかに外出されていたのですが、」

「何故か、その情報が外部に洩れていて、襲撃されたというわけじゃな?」

「……はい。その通りです」


 話を先読みするフローさんの言葉に、クロウ・ニーンは唇を噛み締め、首肯した。


「あいにく、今回の護衛は私を含めて二人だけで、警備がやや手薄だった所を襲撃されてしまいました。護衛の予定だった者たちの都合が急に悪くなったことなども考えると、」

「ふむ。姫様に危害を加えるもしくは拉致するなどの意図をもった何者かの仕業と見るのが妥当なようじゃな」

「はい。……姫様も、ある程度は街の事を知っていらっしゃるとは言え、土地勘は襲撃の計画を練っていた者たちの方が上と見るのが自然でしょう。どうか、一刻も早く姫様の保護をお願いいたします」


 そう言って深々と頭を下げるクロウどのに、


「分かった。我らに任せられよ」


 フローさんが自信に満ちた顔で頷き、


「了解だぜ!」「りょーかいっ♪」「私たちにお任せください」


 俺たちもめいめいが力強く頷いて見せたのだった。





「手がかりは、なしか…」

「仕方ないね~」


 苦く呟いた俺に、モーが明るく答える。俺の部屋にクロウどのだけを残して(本当は護衛してやりたいところだが、人手が足りなくなっちまうしな)(マスターを通じて王城には使いを出したけど、援軍は期待しない方がいいな)、俺たちは外に出ていた。


 クロウさんによれば、姫さんとはぐれたのは街の中央付近ということで(結構、ここから近い場所らしい)(まだ近くに襲撃者がいるかもしれねーし、気をつけねーとな)、街の北西にある城に戻る最短ルート(大通りとかだな)は敵が待ち伏せしている可能性が高いため、ある程度迂回しながら姫さんは行く

んじゃないか?とのことだった(もしもの場合はそうするように指導していたらしい)。ただ、どのルートを行くのかまでは分からないらしい(あらかじめ決めてると、その情報まで敵に筒抜けだった場合、逃げられないからなー)。


「範囲が広すぎるのう」

「そうですね……」


 苦渋の表情のフローさんにネ子が思案顔で返事をする。


「こうしてても埒が明かない。二手に分かれて探そう」

「そうじゃな」


 俺の言葉にフローさんは頷き、


「わしはモーシンと東側の迂回路を探そう。お主たちは西側を頼めるか?」


 俺の眼を見ながらそう提案してきた。まあ、『提案』と言うよりは『指示』だけど、反対する理由はどこにもない、な(実際、戦闘時以外のリーダーは俺じゃなくてフローさんみたいなもんだし)(経験と言うか、踏んでる修羅場が違うせいか、フローさんの指示は的確で納得できるんだよなー)。


「了解! そっちは頼みます!」

「分かりました! 幸運を!」


 俺とネ子は視線を交わして頷きあい、走り出した。


「気をつけてね~」


 背後から聞こえるモーの言葉に、


「そっちもなー!」


 俺は返事を返して、ネこと共に夜の街へと飛び出したのだった。





(つーか、西側っても、どこを探せばいいんだ……?)


 俺は内心焦りながら、姫さんと思しき人影を探して走り回っていた。夜更けだし、歓楽街から離れているここいらはさすがに人影もまばらだが、肝心の姫さんは見つからない。


 並ぶ者のない叡智と武勇で讃えられる“伝説の双子”、女王タルムニアとその王弟タルムニスが開いたというこの国、タルムニアの首都タルムニスは、街の西側が大河リフラトに接しているし、城のすぐ後にはリフラト河の支流が流れている(城の堀にもリフラト河から引いた水を使っている)。要するに、街の中を川が多く流れていて、それに伴って路地も結構ごちゃごちゃしているっつーことだ(悪いな、説明が下手で)。


 おまけに、リフラト河に近くなればなるほど治安も悪く(俺の出身地のスラム街なんかもあったりする)、土地勘がないと歩き回るのは厳しいだろうから(だからこそ、ここらへん出身の俺と一応〈盗賊〉で“歩き方”を知っているネ子をフローさんはこっちへ回したんだろう)、正直、こっちじゃねーとは思うんだがなー……。


「くそっ! 路地とかいちいち捜してたんじゃきりないぞ?」


 いらいらとつぶやいた俺に、


「コウさん!」


 別な路地を捜していたはずのネ子が声をかけてくる。


「何だ?」


 少し息を弾ませながら問う俺に、一瞬だけ、ためらうような表情を見せた後で、


「私に、その、……心当たりがあります」


 ネ子は言い切って、俺のことを見つめた。


「……へえ」


 思わず彼女の顔を見つめてしまった俺に、


「確証はないですが、ひょっとしたら、いるかもしれません」


 ネ子は必死な表情で訴えてくる。『確証はない』とか言いながら、確信めいたものはありそうだな。何だか、ネ子じゃないみたいだ(失礼)。


(まあ、手がかりもないことだし、ネ子の勘に賭けてみるか)


 俺は即断すると、ネ子に向かって頷いた。


「街のことには、〈盗賊〉のお前さんの方が詳しいしな。よし、案内頼むぜ、ネ子!」

「はい!」


 俺はネ子の案内に従って夜の街中を駆け抜けた。






「ここです」


 ネ子の案内した先は、城へと続く三本の橋のうち一番西側の物の袂(たもと)だった。何だって、こんなとこに?


「どうして、ここなんだ?」

「えっ?」


 姫さんを捜しながら問う俺に、ネ子はやや口ごもりながらも言葉を返す。


「ええと、その、……人目につかないように迅速に城へと向かうなら、路地を行くより川沿いを移動するのがベストだと推測しましたので、ここかな?と思ったんですが……」

「そうか……」


 ネ子の推測、か。まあ、可能性の高いところを当たってみるより他にないしな。


 そんなことを考えながら俺がぎこちなく相槌を打ったその時、



 がさり。



 ――と、何かが動く音がした。


「誰だっ!?」


 人の気配を感じて誰何(すいか)する俺だったが、答える者は、ない。くそっ! 川のせせらぎのせいで(おまけに、川原や土手に反響してる)、音がした場所の特定まではできなかったぜ。


「コウさん」

「何だ?」


 うろうろと人影を捜す俺にネ子が話しかけてくる。


「静かにしていてくださいますか?」

「ネ子?」(ひょっとして、場所が分かったのか?)


 視線で問う俺に頷いて、ネ子は横にした材木を積み上げてあるところに迷うことなく近寄ると、小声で問いかける。


「姫様、ですか……?」

「誰……?」


 ひどくかすれた女性の声が聞こえてくる。材木の山の陰に身を隠しているのか、姿は見えない(やっぱりネ子のやつ、さっきの音だけで場所を特定してたのか)。


「護衛の方より事情を聞き、貴女を捜しに来た冒険者です。怪しい者ではございません」

「証明、できますか?」

「残念ながらそれはできかねますが、我々は、クロウ・ニーン様より依頼を受け、ここに参りました。あるいは、ここにいらっしゃるかもしれないと聞きましたので」


 あれ、そんなこと言ってたか、クロウさん?(まあ、ネ子が一番最後に部屋を出てたから、何か言われたのかもしれねーが)


「護衛の者たちは無事なのですか?」

「クロウ様はご無事です。あとのお二方の安否は不明ですが……」

「そう、ですか……」


 女性の台詞からすると、姫さんで間違いないようだな(ひょっとしたら、襲撃者だったりしてとか邪推してたよ、俺)(苦笑)


「どうか、お姿をお見せください」


 ネ子の言葉を受け、暗がりから一人の女性が姿を現す。庶民っぽい服装をしてはいるが(ビミョーに生地は高級そうだけど)、この人が“お姫様”なんだろうな(当たり前か)。


「! あな」


 姫さん――あまり人の顔を憶えたりするのが得意じゃねー俺の目にも確かに、建国記念のパレードで見かけた“お姫様”に見える――が、ネ子を見て息を呑み、


「……いいえ、何でもございません……」


 何か言いかけて口をつぐんだ(ん? 『あなたは』って言いかけたのか?)。


「襲撃者が、まだ姫様を捜している可能性もあります。我々が護衛いたしますので、城へ戻りましょう」


 ゆっくりと歩み寄りながら進言したネ子に、


「此度のことは、私が、城の外に出たいなどと我儘を言ったのがそもそもの原因。恥ずかしくて皆に合わせる顔がありません……」


 姫さんは顔を伏せて唇を噛み締める。なるほど。“研修”の理由はそれ、か。現国王の子どもは現在この人だけなので、いずれは彼女が国を継ぐんだろうから、今のうちに羽を伸ばしておこうっつーのもあるんだろうがな(まあ、“伝説の女王”タルムニアを誇りに思う国民の中には女王即位に反対するやつが結構いるらしいが)(マスターも、「生まれてすぐ亡くなった王子が生きてりゃーなー」とかぼやいてたっけ)(俺は、……正直、どうでも、いい)。


「貴女の身に何かあれば、王様や国民、……皆が悲しみます。どうか、城にお戻りください」


 真剣な口調で説得するネ子に(どーでもいいけど、嘘とか口車なんかを使わない《説得》をする〈盗賊〉って珍しいよなー、やっぱり)(苦笑)、



「……分かり、ました」



 やや沈黙した後、姫さんは、ぎこちなく頷いた。


「……ひとつだけ、お聞かせください」


 無言で頷きを返すネ子を見つめて、姫さんは口を開いた。


「貴女、……いえ、貴方たちは、今の自分に満足していますか? 自由のない生活の中、あくせくと生きるためにのみ働く。そんな生き方で自分を納得させられているのですか?」


 いきなり何言ってんだ? そんな悠長な質問、してる場合かよ?


「その質問には答えかねます。今は無事に城に帰ることだけをお考えください」

「コウさん」


 冷たく言った俺に目配せしながら、ネ子が一歩前に進み出た。


(こういう場合、がさつな俺より繊細なネ子の言葉の方が届きやすいか……?)


 そう思った俺は、ネ子に任せることにする。


「満足することはないかもしれません。納得できることは少ないかもしれません。ですが、どんな束縛を選ぶのかという自由だけは、我々には少なくともあるのではないですか?」

「……それが、どんな立場であっても、ですか?」

「ええ、貴女も、私もです」


 ネ子は静かに断言して、まっすぐに姫さんのことを見つめる。



「……そう、です、ね……」



 しばし無言でネ子と視線を交わしていた姫さんが、――静かに、頷いた。

(……あれ? こうして見ると、ネ子と姫さんって顔立ちがよく似てるような……?)(髪の色は黒と金で全然違うけど)。


「変なことを聞いて申し訳ありませんでした。城に戻りましょう」


 その言葉に俺たちが口を開くより早く、



「お涙頂戴の名シーンに悪いが、お姫様は渡してもらおう!」



「誰だ!?」


 突然、響き渡る聞き覚えのない男の声に俺が怒鳴ると、黒づくめの男たちが姿を現した。囲まれている!? いつの間に?!


「コウさん!」

「ちっ!」


 くそっ! 合わせて六人、か。俺とネ子だけなら何とか突破できなくもないが、姫様を守りながらじゃ無理だな。


「貴方がたは……?」


 震える声で問う姫さんに、


「今は、まだ、名乗るほどの者ではございません」


 真っ赤な長髪の男は慇懃無礼に言って、恭しく一礼などしてみせる。何だよ、『今は、まだ(後略)』って。引っ掛かるものの言い方しやがるな、こいつ。


「さあ、姫様。こちらへどうぞ。今なら手荒な真似はいたしません」

「へっ。お前らみたいな胡散臭いやつらに、やすやすと姫さんを渡すと思ってんのかよ!」


 姫さんとネ子を庇える位置に進み出た俺が不敵に微笑んでやると、


「今は貴様に用はない。オレは姫様と話しているのだ、邪魔をするな」


 襲撃者のリーダーらしき赤い髪の男は、


「分不相応な相手とも見抜けずキャンキャンと良く吠える子犬の相手などしていられないからな」


と俺にあからさまな嘲笑を向けてきた。


「何だとっ!」

「コウさん!」


 ネ子が必死で制止してくれたおかげで、何とか俺は自制できた(結構、自分では冷静なつもりでいるんだけどなぁ)(こんな安い挑発に乗るなんて我ながら不覚だぜ)(苦笑)。


「来ていただけないのなら、そこのひ弱な冒険者風情の輩を血祭りに上げてからゆっくりとエスコートすることに致しましょう。返答は、いかに?」


「……わ、」


 姫さんが決意してその言葉(多分、「分かりました」とかだろう)を口にする前に、



「ネ子。姫さんを連れて逃げろ!」



 俺は一歩踏み出して、言った。


「お前なら、橋の上まで登れるだろ? 登ったら、ロープで上から姫さんを引っ張り上げて、一緒に城まで逃げろ!」

「コウさん!」

「大丈夫だ。お前たちが逃げるまで時間を稼いだら、俺も囲みを突破して逃げる」

「でっ、でもっ!」

「パーティの“壁”を信頼しろよ。仲間を護る戦いは、得意中の得意だ」

「コウさん……」


 ネ子は一瞬だけ逡巡した後、


「分かりました。お気をつけて!」


 橋脚(はしげた)に取り付いて登り始めた。


「おう!」


 俺は剣を抜いて身構えた。





「くっ、おっ、とっ!」


 次々と打ち込んでくる男たちの一撃を、鎧の厚いところで何とか《アーマーガード》して最小限の傷にとどめ、


「させるかよっ!」


 俺は、姫さんに飛び掛ろうとした男に牽制の剣を振るう!


「ちっ!」


 やすやすと回避されてしまい、俺は舌打ちする。倒すための攻撃じゃねーからダメージを与えられなくても仕方ないが、せめてかすり傷ぐらいは負わせたいもんだな(相手の焦りを誘えるじゃねーか)。



「あうぅ~」(ずりずり)



「ほう、なかなかやるな」


 高みの見物としゃれ込んでいるのか、自らは攻撃に参加していない赤い髪の男が大袈裟な身振りで賛辞の言葉を送ってくる。


「フン。褒めても、何もでねーぜ?」


 少し様子を見ているのか、打ち込んでこない襲撃者たちだったが、相手の攻撃に備えていつでも《受け流し》ができる体勢を取りながら俺はニヤリと笑ってみせる。



「あっ? あうぅ~」(ずりりっ)



 こ、この程度のやつらなら、俺一人でも何とか、なる!(はずだが、ネ子、頼むぜ?)


「俺たちのことを血祭りに上げるとか大口叩いときながら、お前ら、その程度かよ?」

「何だと!?」


 俺の《挑発》に襲撃者たちが怒りをあらわにする。


「そいつの挑発に乗るな!」


 リーダーらしき男は手下たちを諌めるが、時既に遅し。黒ずくめの男がひとり、真正面から俺に斬りかかってくる!



(そいつを待ってたぜ!)



 俺は、ためていた力を男の攻撃に合わせて、爆発させた!


「ぐわっ?!」


 男の剣を盾で受け止めながらの俺の《カウンター》がもろにヒットする。我ながら綺麗に決まったな。会心の、つーか、“必殺の一撃”だったぜ、今のは。



「あう、あうぅ~」(ずり、ずりりっ)



「バカが……!」


 倒れて起き上がれない部下の情けない有様を罵(ののし)る赤い髪の男に、


「こういう戦いは得意だって言ったろ?」


 俺は不敵な笑いを浮かべてみせながら(仲間が倒されて襲撃者たちが戸惑っている今がチャンスだ!)、



【偉大なる[尽きることのない力の持ち主である]

  光の主神[闇と対である光側の筆頭神にして] 

   アルディーン[秩序の守り神たるアルディーンよ]

    御身が力を[御柱の偉大なる力を癒しの魔力に変え] 

     分け与えたまえ[敬虔な僕たる我が身に疾く与えたまうことを請い願う]】



 《キュアー(癒し)》を使って自分の傷を治しておく(ホントはまだ《魔法》を使うほど傷を負っちゃいなかったんだが、余裕があるところをアピールしておこうと思ってな)。


「そうか、貴様は〈神官戦士〉だったな」


 赤髪の男は舌打ちして地面に唾を吐き捨てる。そんなの、《司祭系魔法》使ってるし、格好見りゃ分かるだろーが?(首からアルディーンの聖印下げてるし、剣も持ってるしさ)。



「あぅ、あぅ、あうぅ~」(ずり、ずり、ずりり~)



「遠慮なく逃げてくれて構わねーぜ? 後から斬りつけたりはしないでおいてやる」


 俺は肩をすくめながら、顎で男たちの後を指し示してやる。……どうやら、ネ子のやつは期待薄みてーだしな(冷汗)


「ハッ! 逃げるだと? 冗談だろ! こうすんのさ!」


 赤い長髪の男は、剣を振りかざして《魔法》を詠唱した!



【月と星 夜の静寂(しじま)を 守るもの 心を安らげ 眠りをもたらせ】



「何……っ!?」


 俺は抗いがたい眠気を感じて叫んだ。


(しまっ、た……!)


 〈魔術師〉系の《スリープ(眠り)》の魔法か!? 不意を突かれて対応できねぇっ!



(こいつ、〈魔法剣士〉、かっ…!)



 意識が朦朧として立っていられず、がくりと膝を突く俺に、


「そこで、おネンネしてなっ!」


 《魔法》と《剣技》のコンビネーション――〈魔法剣士〉の必殺技、《ダブル・アタック》――で赤い髪の男が斬りかかってくる!


「コウさん!」


 ネ子の悲鳴だけがやけに鮮明に聞こえる。


(お前だけでも、逃げろ、ネ子……!)


 死を覚悟した俺の耳に、



「させぬっ!」



 凛とした女性の叫びと同時に、赤髪の男の背に《魔法》の“矢”が突き刺さる!


「だ、誰だ!?」


 攻撃を中断し、赤い髪の男は叫んだ。


「ふっ。お主等に名乗る名前など、持ってはおらぬ!」


 紅色のローブを着たスタイルのいい女性魔術師の姿が橋の上にあった。


「フローさん!」


 眠りを振り払った俺は、思わず歓声を上げた。……って、あ、名前言っちゃったか、俺?(汗)(せっかく、フローさんがカッコよく決めてたのに…)。


「大丈夫か、コウ?!」


 しかし、フローさんは気にした風もなく、俺に声をかけてくれた(変なところに気を使いすぎかな、俺?)。


「はい!」


 力強く剣を掲げた俺に、フローさんも杖をかざして応えてくれる。これで元気百倍だ!



「いっくよ~♪」



 さらに、聞き覚えのある声が近くでする。この快活な声は……!


「猪突流拳技! 《突貫弾衝拳》~っ!」


 裂帛の掛け声とともに、俺のことを取り囲んでいた男たちが飛び込んできた何かに次々と吹き飛ばされる!


「にーちゃん! 大丈夫?」

「モー!」


 モーシンも来てくれた! これで勇気も百倍だ!


「遅くなってすまなかった」

「ゴメンね~」

「いや、助かったぜ! フローさん、モー!」


 俺は二人に笑顔を向け(これで、仲間が勢ぞろいだ!)(……『ネコもいらない』やつはこの際放っておこう、うん)、


「さあ、どうすんだ!?」


 赤い長髪の男に剣を突きつけてやる。まだ、相手の方が人数は多いが、チームワークと個人の力は断然こっちの方が上だ!(ここまで戦ってみての感想だけどな)


「ちっ。邪魔が入ったか」


 襲撃者のリーダーらしき赤い髪の男は舌打ちし、


「この勝負、預けておくぜ、シュ・ジーン・コウ! 者ども、撤収だ!」


 捨て台詞とともに部下に撤退を命じた。やつらは、俺が倒した男も忘れずにしっかりと回収しながら、その姿を消したのだった(笑)(ご苦労さん♪)


「ふん。おととい来やがれ!」


 心底バカにしたように言ってやったのだが、応える者はなかった(無視ですか、そーですか)(ま、いいけどよー)。



「? あれ? 俺、やつの前で名乗ったっけ……?」



 そのことに気がついたのは、姫さんを無事に城へと送り届け(今回の件で、少なくとも謹慎は免れないだろうなー)、クロウどのも馬車で宿屋から城へと搬送され(何度も礼を言われて照れくさいったらよー)、ようやく一息ついてからのことだった(い、いいだろ別に!)

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