ボクノボウ

江戸川葉蔵

激動

 朝は、ほんとうに酷い。先ず、冷静に起床した試しが、ひとたびも無い。いつでも起床とは、汗と痛苦と、涙であった。清らかな目覚め! 「朝食は八時からです」と言うホテルの案内! そんな異聞奇譚いぶんきたんに繋がるような事はなくて、ただただ、日が昇った、明るい、眩しいから、起きたまえ。そうして一つ、僕のボクノボウのほうが返って、早起きだったりする。寝ても足りない。朝はいた。


 昼は、昼だけは許せないんじゃないか。ああ! 飯の時間! 君、食べたまえ、ほら、コンビニの方がお気楽で、容易で、い。――なので、自分は、冷やし中華そばに卵サンド、お茶と、時給くらいの飯をこしらえる。その暗然たる、さもしさ(或いはつましさでしょうか?)。そんなスペクトラム染みた現象のスペクトラムが、昼は、いっそう、目立つ。

 気が付くと、上司が横に居る。それでオンラインの会議に、ただ、参加している。こんな恐怖は、まったく初めてであった。これは、俳優の気持ちだ。屹度きっと彼らは、おぞましいことを教わって、恐怖して、それから擬態するしか無かったんじゃないか。じゃあ、僕は、鶴になるよ。成ってみせるよ。席を立った自分は、早くも鶴であった。くちびるを、図形の円錐らしくトキントキンに尖らせて、手はティラノサウルス、足元のほうは、スーツのボトムをクソミソにして捲り、毛脛けずねを放り出し、終いにはその足で、自分の回転椅子と、可能な限り気の毒そうな顔で、それでいてハチャメチャに、戦いをした。もはや此れは、映画の殺陣たてと同じ水準にあるのではないかと、心が騒いだ。


 夜は、駄目だ。すこぶる、駄目みたいだ。不眠の無間奈落と言っても、暗がりの闘争と言っても、また思考の地層と言っても、現れない。どんな有名な画家だって、これを主題やメタファーにして扱うと、たちまち青膨れて、冷たくなってしまうみたいに、言えない。ただ怖いのです。その夜に自分は、表現者を辞めました。それからいっそう不眠になって、会うことに、少々お金のかかる女と遊んで、どうにか上手く、紛らわせることに成功しました。ヒトは眠らなくても、それを忘れて遊戯ができるのかしら。その野外学習で、ようやく自分は腐り果てても、ボクノボウだけは、早寝早起きの、健康体だと判明しまして、どうにか首の皮一枚で、つながって、その女とは別れてしまいました。

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ボクノボウ 江戸川葉蔵 @Yozou_Edogawa

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