Dawn
イキリ虻
Dawn
「もうそろそろさ、終わりにしようよ。こういうの。」
ある朝、起き出すと君が言った。リビングには2人分の朝食が整然と置かれている。
「こういうの、って?」
「わからないの?」
だって、当たり前じゃないか。僕と君に共通して、終わりにするべきことがない。
「はあ…本当は気付いてるんじゃないの?」
「だから気付いてるって何に?はっきり言ってくれないとわからないよ」
「もう、逃げるのはやめなよ。」
「だから逃げって何なんだよ!はっきり言わないとわからないって言ってるだろ!」
「あはは…初めて見たね。慎二が怒鳴ってるところ」
「え?」
そうか、今僕は怒鳴ってしまったのか。感情は外に出さないようにしていたのに。君の前では嫌なことなんてなかったのに。
「ま、私がはっきり言えたら苦労しないんだけどね…うん。この話はいいや。じゃあ今日デートしない?久しぶりに。」
「…まあ、いいけど。」
ちょうどよく今日は休日だ。まあ、多少の引っ掛かりはあるが…
◆
「で、なんでデートって言ってここ?」
僕たちがやってきたのは、楠市。僕たちの通っていた高校がある街だ。並んでぶらぶらと歩いていると、見覚えのある風景が…
「ん?いや、なんか懐かしいなーって思ってさ。たまにはこうやって回顧するのもいいんじゃない?あ!ほらあの神社!懐かしー!」
「ああ、そういえばあそこの夏祭りに参加したっけ…人ごみにもまれて散々だったのは覚えてるよ。」
「またそういう嫌な思い出ばっかり…ま、そこも君の特長だけどね。」
「ほんとに長所かな?正直この性分で得をした覚えはないんだけど。」
「まあ、いいところだと思う。少なくとも私はそういうとこ好きだよ。」
「せっかくだしお参りでもしていこうか」
「えー?お参りかー…ほら、私って存在が邪悪だからさ、神社みたいな神聖な場所行くと消滅したりしないかなぁ…って不安になったり。」
「…なわけないよ。そんなオカルティックな話あるわけないじゃん。」
一瞬、小苗なら本当に消えてしまいかねないな、と思ってしまったのは置いておいて。
「ま、そういうことならいっか。あ、ちゃんと手水舎でお清めしてから行くんだよ。」
「わかってるよ。小苗も忘れないでね。」
「はーいはい。」
そうして体を清め、本殿に向かう。五円玉を投げ入れ、二礼二拍。『これからも小苗と仲良くできるように』、と祈りを込めて深く一拝。
「どんなことお願いしたの?」
「まあ、ありきたりなことだよ。小苗は?」
「うん?まあ、私は君と違って非凡なことをお祈りしたかな。」
「あー…はいはい。そういうのいいから。」
「うるさいなぁ!ほんとに非凡なんだからね!」
◆
「…で、ここ?」
しばらく思い出の場所を回った後、高校生の頃僕が一人暮らしをしていた家の前に着いた。
「そ。懐かしいでしょ?思えばいろいろあったよね。」
…いろいろ、と言われて何かを思い出しそうになった。この記憶を引っ張り出してしまっては、何かが終わってしまう。なんとなく、そんな危機感を感じてそれを封じ込める。飲み込んでいる間は僕が僕でいられる。
「あ、そろそろ思い出してきた?朝言ってたこと。」
「やめてくれ…」
「そうやって逃げるのは簡単だけどさ、そろそろこのままじゃまずいと思うんだよね。」
「お願いだから…」
「じゃあ、質問です。『あの日』から、私に触ったことはあった?」
「…」
「食材は何人分買ってた?」
「わかったから…」
「あと、私と出かけるとき、店とかでは何人だって言ってた?」
「もういいから…」
「あはは、もう気付いてるみたいだね。」
「でも…」
「『小苗は目の前にいるじゃないか』…って?その言い訳もういいよ。聞き飽きた。」
だって、認めたくない。認めたら終わってしまうじゃないか。終わらせたくない。一生、僕だけの世界にいたい。
「君が本当はあの日に死んでるなんて…気付いてたよ。葬式にも出たしさ。でもさ…でも…」
「はあ…そういうところだよね。私は君のそういうところ好きだけどね。でも、そろそろ終わりにしようよ。君のために、さ。」
「最初に呪いを置いていったのは小苗の方だったくせに…」
「だってあの直後に死ぬなんて思ってなかったんだもーん。わたしは悪くないですー」
「でも…僕は嫌だよ。君を失いたくない。世界って辛いからさ…逃げ場が欲しいんだ…」
「新しい彼女でも作ったら?」
「あっさり言うけどさ…」
「慎二なら大丈夫だよ。あ、でも今度はこうなっちゃだめだよ?」
「嫌だ。」
「そうやって、また逃げるんだ。今はまだ逃げても許されるかもしれないけどさ、そのうちダメになるときが来るよ?」
「でも…逃げられるうちくらいは…」
「でさ、そのダメになるときってのが今だと思うんだよね…だって要は私って君の深層心理みたいなものだよ?ダメだって気付いてるんでしょ?」
「…そういうの、事実陳列罪っていうんだよ」
「だからさ、私はもう行くから。」
そういって、小苗は道路に飛び出していく。
「待って!」
僕も飛び出そうとするが、横目に見えたトラックに足をすくませてしまう。あの日と同じ。あの日、小苗を轢いたのもトラックだった。
そのトラックが、僕が生み出していた幻想を、目の前でかき消していく。あの日と違ってクラクションを鳴らす様子もブレーキを踏む様子もない。
消滅する直前、小苗は僕の方を向いて、満面の笑みで
「じゃあね、頑張って」
と、言葉を投げかけてきた。
しばらくその場で呆然としていた僕は、ふと我に返って。
「うん…頑張るよ。ばいばい。」
と、虚空に向かって手を振り、その場を後にした。
Dawn イキリ虻 @YHz_Ikiri
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