April Story12

(やっぱり……、ちょっと緊張する……)

 蒼太はドキドキと鳴る鼓動を抑えようと、深く息を吸った。

(自分がやるわけじゃないのに……)

 とある、マンションの屋上。学校が終わり、葵と一緒に本拠地に行った後、翼を含めた3人でここにやって来た。

 やって来た、といっても葵の能力で移動して来た為、蒼太はここがどの辺りに位置しているのか全く分からなかった。

 分かるのは昨日、確認した˝集合場所˝だということだけである。

「後、5分以内に下の路地に来る予定」

 翼がタブレットの画面を見て言った。

「頭狙った方がいい?」

 葵が翼に尋ねた。

「そうだね。いつも通りが良いと思う」

「了解!」

 直後、柵に向かって走り出すという驚異の切り替えを見せる葵に、蒼太は驚いた。

 おそるおそる、葵の真似をして、真下を覗くと、細い路地の向こうから歩てくる人の姿が見えた。

「じゃあ、僕、先に行くね」

「うん!いってらっしゃい」

 立ち上がった翼に、葵が手を振った。

 翼の背中を追うと、屋上の出口に歩いて行くのが見えた。

 タブレットは床に置かれたままになっている。

 葵がいい、蒼太が「うん」と頷き、「頑張ってね」と、言おうとした時には、葵の姿はそこに無かった。

「え……?」

 蒼太は、目を見開いた。


 微かに、聞き覚えのある「おりゃあ!」という声がした。 


 蒼太は路地を見下ろし、思わず「え……!」と、大きな声を上げた。

 葵が地面に突っ伏して倒れている男の後ろに立っている。

「もう……倒したの……?」

 蒼太は聞こえるはずの無い問いかけをした。

 葵の後ろから、翼がやって来て、葵に何か声を掛けている。

 2人のやり取りが続く間、男はぴくりとも動かなかった。

 蒼太はあまりに一瞬の出来事すぎて、状況が呑み込めないままでいた。

 ただ───「すごい」と思った。

 同時に、自分には無理だ、と蒼太は感じた。

 どう考えても、大人の男を飛び蹴りで気を失わせることなどできない。

 それ以外の方法にしても、それと同等か以上のものをできる自信など微塵も湧いてこなかった。

(能力も戦い向きじゃないし……)

 蒼太はその瞬間に「もし、˝ASSASSIN˝に入るとしたら解決班に入る」という可能性が自分の中で100%に近く無いことを察した。

「よいしょ!ただいま!」

 葵の声がすぐ近くでした。

 見ると、横に先程まで下にいたはずの葵が立っている。

 蒼太はその状況にまだ慣れきれていなく、びっくりしたまま、「お……、おかえり……」と返した。

「今、翼が警察の担当の人に電話してくれてて、あたしはいても何もすることないから戻って来たー」

 葵が殺し屋に気を失わせた後とは、とても見えない様子で言った。

「すごいね……。一瞬過ぎてびっくりしちゃった……」

 蒼太が感想を告げると葵が照れたように「えへへ」と笑い、

「こんな感じで毎回やってるの」

「そう……なんだ。……ぼくには、向かないかも……」

「あたしも、やっておいてなんだけど、あんまりオススメはできないかも。何より、やっぱり危ないし」

「そうだよね……」

「他の班は、そんなに危ないことはないから、蒼太くんがやりたいって思ってくれるところ、あるかもしれない」

 葵が蒼太を安心させるように笑う。

「うん……。一応、全部見せてもらってから決めるね……」

 蒼太は頷いてそう答えた。

 パトカーのサイレン音が聞こえてきたのはその直後だった。

「お疲れさま。帰ろうか」

 屋上に戻って来た翼がいう声がサイレンの音に混じって聞き取りづらい。

「うん、帰ろう」

 葵が答えた。

 蒼太はチラリと路地を見た。

 地面に倒れた男が、2人の警官に、腕を掴まれて起こされている。

 その光景は、刑事ドラマのようで、まるでフィクションだと蒼太は思った。


 ※                    


「日曜日に九鬼に会いにいくの?翼は」

 葵が首を傾げた。

「の、前に、一昨日捕まえた近藤っていう人」

 翼が答える。

(一昨日……)

 蒼太は思い返してはっとした。

(女の人を殺した、あの……?)

 子供が集まってする話とはとても思えない話題を、3人はしていた.

 ˝ASSASSIN˝本拠地内の、昨日も、一昨日も来た部屋、

 そこはメンバー間で「オフィス」と呼ばれているのだと葵から説明された。

 解決班の見学が終わった後、またこの場所に戻って来た。

「蒼太くん、大丈夫だよ。翼、めちゃくちゃ頼りになるから」

 葵が蒼太を励ますように言った。

「いやいや、そんなことないよ」

 翼が謙遜するように首を振る。

 蒼太はまだ、あまり親しくないながらに、翼はたしかに、頼りがいのある人だと感じていた。

(優しいし……、誰とでも仲良くできそうな感じ……)

 蒼太はその点、自分とは真逆だと思った。

(たしか……、˝ASSASSIN˝のメンバーで男の人って、翼さんと……、兄ちゃんだけ……?)

 そう思うと、少しだけ胸がズキリとした。

(だとしたら、兄ちゃんと仲良いのかな……?……ぼく、まだ、兄ちゃんのこと、何もわかってない……)

 知りたい、と思う気持ちと、知らなきゃという焦りと共に、知ることによる不安が蒼太の中にはあった。

(ぼくの、本当のお父さんに会わなきゃならないけど……、その前に、兄ちゃんと話しておきたい……)

 2人きりで話せば、勇人の口から事情を話してくれるかもしれない。

 微かな希望はあるものの、蒼太はいつ、どこであったら勇人に会うことができるのか全く分からずにいた。

 今日も勇人はここに来ていないらしい。


「───あっ、もう、5時だ。僕、そろそろ帰るね」

 翼が、そう言って立ち上がった。

「この後、何かあるの?」

 葵が尋ねる。

「うん。今日、お母さんの誕生日なんだ」

「そうなんだ!おめでとうございます!」

葵が手を叩くと、翼は微笑んで「ありがとう」と答えた。

「あ……、ぼくも帰らないと……」

 蒼太は控えめに切り出した。

「なら、一緒に帰らない?」

 翼の誘いに、蒼太は「あっ……」と声を上げ、小さく頷いた。


「ばいばい!気をつけてね」

 葵は部屋を出る直前に蒼太と翼に向かい、手を振った。葵は今日、今はまだ仕事中だという優樹菜と帰るらしい。

 部屋を出て、扉を閉めた後、蒼太は翼と2人きりという状況に緊張を感じてしまった。

(初めて会った時と同じなのに……、あの時よりも緊張するのなんで……?)

 自問自答する蒼太に翼が振り返った。

「蒼太くんの家、あおちゃんの家のすぐ近くだっけ?」

「あっ……、そうです」

「だったら、ほとんど方向一緒だ」

 翼が微笑む。

(……ほんとに、よく笑う人だな……)

 蒼太は思った。

(嫌な感じじゃなくて……、なんか、安心する感じ……)

 蒼太の中の、中学生=怖いというイメージが壊れつつあった。

 階段を降り、1階に着くと、翼が「そうだ」と声を上げた。

「出口までの道、教えるね」

「あ……、お、お願いします」

 玄関のドアを翼が開ける。

 ビル群が目の前に現れた。

(何回見てもすごいな……、これ)

 蒼太は薄暗くなった空をバックに聳え立つ、幾つものビルを見上げる。

「じゃあ、出口、説明するね」

 翼がいった。

「迷路みたいに見えるんだけど、実は単純で、ここから真っすぐ見た道、あれを真っすぐビル6つ分進んだとこで右に曲がって進む。そうしたら、見えてくるから、行ってみよう」

 蒼太はこくんと頷き、翼と並んでビル群の中に入った。

(1つ目……)

 蒼太は心の中で、ビルを数えながら歩いた。

 歩いていく内に、進んでも、進んでも同じ景色なために、酔いそうになりながらも、6つ目を数えた。

(ここを右に……)

 曲がると、ビルの隙間から道路が見えた。

(ほんとだ……、覚えやすい)

 ビル群を抜けると、現実世界に帰って来たような感覚があった。

(˝ASSASSIN˝のことも全部夢じゃないのに……、不思議)

「そういえば」

 翼が蒼太を見た。

「初めて会った時、もしかして、お兄ちゃんのこと追いかけてたの?」

 唐突な質問だったが、図星だった。蒼太は「は、はい…」と動揺してしまった。

「なら、僕、邪魔しちゃった感じなんだね」

「えっ……、いや……。……あの時、兄ちゃんかどうか自信ないまま追いかけちゃって、それで道に迷って……、困ってた時だったから……」

 今、自分で話してもつくづく馬鹿だと思うが、翼は「あっ、そうなんだ」と納得したように答えた。その声に、蒼太を馬鹿にしたような響きは一切ない。

「じゃあ、まだ何も話せてないんだね。お兄ちゃんとは」

「はい……、話したいなとは思ってるんですけど……」

「そっか。でもタイミングが見つからないよね」

 苦笑する翼は、蒼太の心を読んでいるようだった。

(もしかして……翼さんの能力って人の心を読む、なのかな……?)

 思わず、そう思ってしまう。

 蒼太は勇気を振り絞り、「あの……」と、自ら翼を呼んだ。

「……兄ちゃんって、ほとんど˝ASSASSIN˝には来ないんですか……?」

「うん……、そうだね。来たとしても、僕らと同じ場所にいないことの方が多いかな」

(そう……、なんだ……)

 昨日の、メンバーの話を聞いて、何処となく、予想はしていたものの、きゅっと胸が締め付けられた。


 立ち入り禁止のコーンは最早意味を成していないと思いながら、蒼太はコーンの間をくぐった。

 すると、不意に疑問が降って来た。

「あ、あの……」

「ん?」

「あのビル群って、元々は、何だったんですか……・?」

「ああ……、あの辺り、昔は˝能力者エリア˝って呼ばれてたらしくて、あのビル全部に能力者が暮らしてたんだって」

「えっ……?」

「今よりも能力者に対する差別と偏見が凄かった時代に、日本全国の能力者がここ───北山に集められて、普通に人数分、家を建てちゃうとスペースとお金が足りないからって言って、それぞれの能力を持ち寄って、ビルをたくさん建てたんだって」

「それって……、能力者じゃない家族の人も一緒に来れたんですか……?」

 そう尋ねる声は少し震えた。

 蒼太は能力者であるが、母と、実の父は能力者では無かったし、今、暮らしている父もまたそうだった。

 だとしたら、その時代、蒼太のような立場の子供は、能力者ではない家族と一緒に˝能力者エリア˝に行けたのだろうか。

「それが、だめだったらしくて。そうなると、一緒に行けなかった家族の人たちが政府に抗議を起こして、そういう制度は無くなったんだって。それで、建物だけが今も残ってるっていう」

 それは、物凄く衝撃的で蒼太にとって怖い話だった。

(あのコーンは、その制度があった時から置いてあるのかな……?)

 考えれば考えるほど、ぞっとする。

「実際のところ、当時の人はあそこに行けて幸せだったみたいだよ」

 蒼太を安心させるように、翼がいった。

「抗議してた家族もいたけど、中には家族に突き放されていた人たちもいて、能力者同士なら分かり合えるから

って」

 蒼太はそれ対して返す言葉が見つからなかった。

 そうして、しばらく、沈黙があった。

 海沿いの道を通りすぎた時、翼が口を開いた。

「……その人たちの気持ち、僕もちょっとだけ共感できるんだよね。───僕、実の親に捨てられたから」

「え……?」

 蒼太は小さく声を上げ、翼を見た。

 その顔に深刻そうな色はない。

 

 その時───蒼太の頭が唐突に、ズキッと激しく痛んだ。

「痛い……」と言って頭を押さえるとすぐに「大丈夫?」と翼の声が掛かった。

「は、はい……。大丈夫です……」

 蒼太は頭を押さえながら頷いた。余韻のように、じくじくと鈍い痛みがして消えていった。

 その後、蒼太の体調を気遣ってか、それとも続きを話す気がそもそも無かったのか、翼が自らの生い立ちに関する話をすることはなかった。


 古い家が立ち並ぶ住宅街を通る時、蒼太はびくびくとせずにいられなかったが、翼が隣にいることにより、安心することができた。

(葵ちゃんもいってたけど……、優しいし、頼りになるし……、話しやすいし、何より、安心感がある……)

 蒼太は翼に対してそう思った後、

(……もし、翼さんが人の心を読む能力持ってたとしたら……、今考えてることも読まれてるんじゃ……?)

 と、はっとした。

(……いや、でも……、そうだとしたら、教えてくれるはずだし、能力を常に使ってるはず、ないか……)

 自分の考えをすぐに否定することができるのは、翼に対して信頼がもうすでにできているからだろう。

 翼が足を止めたのは蒼太が家に帰る目印としている公園に渡る横断歩道が見えてきたところだった。

 見ると、横にクリーム色の壁をした真新しい2階建ての一軒家がある。

「じゃあ、僕、ここだから。次は、日曜日?」

「あっ……、はい……」

「そしたら、また日曜日ね」

 翼が笑顔で頷く。

「さようなら……」

「うん。じゃあね」

 そう、別れを告げた後、翼は家の中へ、蒼太は横断歩道に向かって歩き出した。

 青信号を渡りながら、蒼太は翼に帰る家があったことに、ほっと息を吐きだした。


 ※


 父と夕飯を食べながら、蒼太はテレビを見ていた。

 夜のニュース番組。

 ちょうど流れていたのは他県の殺人事件の報道だった。

(そういえば……、ぼくが見た、あの事件ってニュースになったのかな……?)

 蒼太はふと思った。

(いや……、なってないか。殺し屋がしたのは流さないか……)

「殺し屋が捕まりました」などとニュースで流れているのは一度も聞いたことが無い。

 こんな小さな田舎の町で殺人が起きていれば、ニュースになるのと同時に大の噂になっているだろうし、˝ASSASSIN˝と警察が協力してそうならないようにしているのだろう。

(この町には殺し屋がたくさんいて、それをみんな知らない……、それも˝ASSASSIN˝のお陰なのかな?)

「蒼太?」

 父から呼ばれて蒼太は顔を上げた。

「今日、外で遊んだ?」

「えっ……?」

 父が帰ってくる前に家に着いていた蒼太だが、今日、˝ASSASSIN˝の仕事を見学しに行ってたことはもちろん、言っていないし、何も言わなければ、父は「学校から真っすぐ家に帰って来た」と思うだろうと思っていたのに、その問いは意外過ぎた。

「服に汚れ付いてるから……、何だ、これ?煤か?」

 父がそういいながら、手を伸ばし、蒼太の肩を払う。

 蒼太はパーカーの左肩に付いた黒い汚れを見て「あっ」と思った。

(これ……たぶん、ビルに付いてる汚れ……)

 恐らく、通り抜けた時に掠ったのだろう。

「う、うん。ちょっとだけ……」

 苦し紛れにそう誤魔化すと

「珍しいな、学校ある日に出歩くの」

 と、父が驚いた顔をした。

「いや、でも良い事だ。外で遊ぶのは。体にも良いからな」

 そう笑う父に、蒼太は罪悪感で笑みを返すことができなかった。

(……もし、˝ASSASSIN˝に入ることになったとしても、お父さんには言えない……)

 絶対に心配され、そんなところに行くなと叱られる未来が見える。

(だったら、ずっと黙って、嘘つくしかないのかな……?)

 想像する未来は1人で抱えて辛くなるしかなさそうだった。

(1番、お父さんにとって良いのは、ぼくが˝ASSASSIN˝に入らないことだよね……)

 いつも通りの生活を続け、自分は普通の小学生として過ごす───それは北山に来る前の蒼太の願いだった。

(……でも……、でも……)

 浮かぶのは、自分に明るく声をかけてくれた、優しくしてくれた、入ってほしいと言ってくれた、葵の存在だった。

(そうしたら、裏切ることになるし……、自分にも嘘ついちゃうことになる気がする。……兄ちゃんのこともあるし……)

 ˝ASSASSIN˝に入りたい、その思いが段々と強くなっていることを蒼太は感じた。

「……ごちそうさま」

 食器を片付けるために立ち上がる。

(何にしても、みんなが良い答えなんてないよね……)

 蒼太はシンクの前で振り返り、椅子に座る父を見て、そう思った。

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