April Story11
「もうそろそろ、みんな来ると思うから、ちょっと待ってね」
葵は「お茶飲む?」と首を傾けた。
「あ……、お願いしてもいい……?」
蒼太が控えめに答えると、
「うん!じゃあ、あたし注いでくるね」
葵が部屋を出ていき、蒼太は再び部屋に1人になった。
(もし……)
そして浮かんだのは不安だった
(ここに兄ちゃんが来たら……、何て話せばいいんだろう……?)
蒼太は昨日、この部屋に入って来ても、誰にも話しかけず、すぐに出て行ってしまった勇人の姿を思い返す。
(ぼくが知ってる兄ちゃんは……、あんなこと絶対しなかったな……)
そう考えていた時だったので、ドアの開く音がした時、蒼太はビクリとしてしまった。
「あっ、蒼太くん」
入って来たのは翼だった。
昨日と違って、制服姿で、昨日よりも大人びた印象を蒼太は受けた。
「あ……、お邪魔してます……」
「いえいえ」
翼はそう微笑むと、部屋の隅に鞄を置いた。
お茶の入ったコップが乗ったトレイを持って戻って来た葵を見て、翼は「あれ?」と声を上げた。
「もうみんな来てるの?」
「ううん、あたしたちがさっき来たのが最初」
「なのに、みんな分のお茶持ってきてくれたんだ」
翼は葵の手元のトレイを見て苦笑した。
蒼太はグラスの数を見て「ほんとだ……」と心の中で声を上げた。
葵はトレイをテーブルに置き、
「はい、蒼太くん」
真っ先に蒼太にコップの内の1つを渡してくれた。
「あ……、ありがとう……」
蒼太は両手でそれを受け取る。
「あっ、そうそう、蒼太くん見学してくれるって!」
葵は翼にも同じようにしながら、明るい声を出した。
「良かったね、あおちゃん」
翼は葵に優しく答えた。
「蒼太くんに入ってほしいって、ずっと言ってたもんね」
蒼太はそれを聞いて、露骨に喜んでいるのを気付かれないよう、グラスに口を付けて誤魔化した。
「それにしても、優樹菜遅いね。勇人が付いてこなくて、手こずってるのかな」
葵の独特な言い回しに翼が笑う一方、蒼太はドキリとした。
「こんなこと言ったら、優樹菜怒るかもしれないけど」
翼を向いて葵は少し声のトーンを下げた。
「優樹菜、ちょっと強引なとこあるから、それが良くない時もあるのかなって思っちゃうんだよね。たしかに、あたしも勇人がこっち来てくれるのは嬉しいし、なるべく毎日そうして欲しいなって思うけど、無理矢理連れて来られるのって、嫌じゃない?」
「んー……、半ば強引に入ってもらったのは事実だし、でも、この前みたいなことが起こったらって考えると、僕はどちらとも言えないな」
翼が言葉を選ぶようにして、そう答えた。
「たしかに……。優樹菜も、あれがあって、焦ってるところもあるのかな……」
その、勇人に関する、一連の会話を聞いて、蒼太は「大丈夫……?」と心配になる反面、ほっとした気持ちにもなった。
(良かった……。兄ちゃんは、ちゃんと必要とされてる……)
「お!優樹菜の足音だ」
不意に、葵が顔を上げた。
たしかに、言われてみると、微かに足音が聞こえる。それが誰のものなのか、蒼太には見当もつかないが。
「優樹菜ー、勇人連れて来れた?」
優希が部屋に入って来ると、葵が早速尋ねた。
「来れてない……っていうか、放課後、会えなかったんだよね。探したけど」
優樹菜が答えながら、ドアを閉める。
「えー、先帰っちゃたってこと?」
「だと思うけど」
「そっかー。今日は気分じゃなかったのかな?」
「気分はいつでもないでしょ。……学校には来てるけど、授業ほとんどサボってるし」
優樹菜の言葉に蒼太は再びドキリとした。
「それ、大丈夫なの?」
葵の声がほんの僅かに、小さくなった。
「全然大丈夫じゃない。いくら緩い学校とはいえ、授業出ないのは問題外」
優樹菜が溜息を吐く。
「きっと、家にはいたくないんでしょうね、お父さんの目があるから」
翼が言った。
「うん。私もそう思うんだけど。……何とかしないと」
「前みたいに、しつこく˝授業出なさい!˝っていえば、出てくれるんじゃない?」
葵が首を傾げる。
「中学と違って、高校は通うも通わないも自由だから、それだと、ちょっと弱いんじゃないかな。……あ、蒼太くん、来てくれましたよ」
翼が優樹菜にそう伝えた。
そこで、再び優樹菜を交えて始まった˝勇人に関する話˝は終わった。
「……こんにちは」
蒼太は自分から優樹菜に挨拶した。
今までの話の内容を気にしていない風を装うために。
優樹菜は蒼太と目が合うと、
「ああ、蒼太くん。……もう、聞いたかもしれないけど、ごめんね。私から、昨日の話の続き、できなくなっちゃった」
申し訳なさそうな色を目に浮かべた。
「あ……、いえ……」
蒼太は優樹菜の謝罪を否定した。
逆に、今の流れで昨日の続きを聞くことにならなくて蒼太はほっとしていた。
知りたい、と思ってはいても、一気に知りすぎるとその分、心の傷が深くなる気がした。
「ここにいる3人と勇人を入れて、4人が今いるメンバーなの。それで、4人の中で基本の班があって……」
葵は鞄の中からノートとボールペンを取り出すと、紙に書きながら、蒼太に説明を始めた。
「まず1つ目。受信班っていって、警察からの依頼の電話を受けて、依頼を解決するスケジュールを組んだり、捕まえた殺し屋の情報をデータ化する仕事をしてる班なんだけど、そこにいるのが、優樹菜」
ノート上の受信班と書かれた文字の下に、優樹菜の名前が書きこまれている。
「で、2つ目、解決班。この班は、名前にある通り、実際に依頼を解決する班。明日、蒼太くんに見学してもらう仕事をしてて、あたしと勇人が入ってる」
˝勇人˝という名を聞く度に、蒼太は自分でも分かるほど、分かりやすく反応してしまう。何気なく、葵が勇人のことを呼ぶのが、蒼太にとっては違和感だった。
「最後は、取調班。翼1人だけの班なんだけど、あたしたち解決班の仕事を手伝ってくれたり、依頼で捕まえた殺し屋に取り調べをしに行く仕事をする班」
葵は書き終えると、ノートを蒼太に文字が向くように回した。
「受信班と補佐班の見学は日曜日になるけど、大丈夫?」
優樹菜が尋ねてきた。
蒼太は「えっと……」と何か予定が入っていなかったかと考えた後、頷いた。
「はい……大丈夫です……」
優樹菜は「よかった」と蒼太に笑みを見せ、テーブルに手をついて立ち上がった。
「葵、あんまり遅くまで蒼太くん引き止めないようにね」
「はーい」
葵が優樹菜の注意に気の抜けた返事をした。
そのやりとりに蒼太は2人が姉妹であることを実感した。
優樹菜が部屋を出ていくと、
「それじゃあ、僕らも明日のこと、確認しようか」
翼が葵と蒼太、2人に向かって言った。
蒼太は身が引き締まるのを感じた。
テーブルの下に手を入れ、翼が取り出したのはタブレット端末だった。
手慣れた様子で画面に触れる翼に、蒼太は関心を覚えた。
「九鬼學(くきまなぶ)、今回の標的(ターゲット)」
翼は蒼太と葵、2人に見える位置に立てかけるようにタブレットを置いた。
「ほー、九鬼顔してるもん」
葵が画面に映った男の写真を見て率直な感想を述べる。
(九鬼顔って……?)
蒼太は内心、葵に疑問を投げかけながら、画面を覗く。
たしかに、˝鬼˝のような見た目をした男がそこに映っていた。
細い輪郭に丸刈りの金髪頭。目は鋭く、顔の到るところに傷がある。
「かなり、強引な性格らしいよ。この顔の傷も、その象徴なんじゃないかな」
「あー、なんだっけ、˝しょそうもうとつ˝みたいな言葉……」
「諸突猛進?」
「そうそう!それ」
「諸突猛進……、そうだね。勝ち目が無くとも戦いに行って、傷を負う、そういうタイプだと思う」
「危険人物ってことかー、まあ、殺し屋に危険ないの、1人もいないけど」
葵が腕を組んだ。
蒼太は2人の会話を聞きながら、その緊張感の無さに、逆に緊張を感じてしまった。
(こんな、明らかに怖い見た目してる人、ぼくだったら絶対関わりたくない……)
「いつも通りの作戦で、葵ちゃんが先に攻撃しに行って、僕がサポートする、で良いかな?」
「うん。蒼太くんには安全なところで見ててもらう?」
「そうだね。ちょうど、予定地点にマンションがあるから、その屋上にいてもらって、僕らもそこ集合にしよう」
翼が言った直後、部屋に、音楽が流れ始めた。
「あっ……」
蒼太は声を上げた。
携帯電話を見てみると、父から電話が掛かって来ていることが分かった。
学校に電子機器を持ち込むのは特別な理由でない限り禁止なのだが、蒼太は父に「心配だから」という理由で持たされていた。
「もしもし……?」
蒼太は電話に出た。
「おお、蒼太、今どこにいる
「今?ええと……」
蒼太は答に迷った。
「……と、友達……友達の家」
父に嘘を吐くのは心苦しかったが、まさか「殺し屋を捕まえる組織の本拠地にいる」など、とても言えないと思った。
「ああ、あの、同じクラスの子か?父さん、予定より速く仕事終わって、今帰って来たんだけど、蒼太居なかったから、心配になってな」
「あ……ごめん。……今、帰るね」
蒼太はそう告げて電話を切った。
「お父さん?」
目が合うと、葵が首を傾げた。
「うん……。……ぼく、そろそろ帰らないと行けなくなった……」
「そっか。───じゃあ、また送るね」
明るく言って、葵が立ち上がる。
昨日と同じ、この場所からの帰宅。
そこに蒼太は、昨日には無かった、寂しさを感じている自分に気付いた。
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