AprilStory9
中野優樹菜────少女はそう名乗った。
「中野」という名字から分かる通り、葵の姉であり、˝ASSASSIN˝のメンバーらしい。
「そっか……お父さんの転勤で……」
優樹菜は蒼太の真向かいに座り、蒼太がこの町に戻って来た経緯を聞いた後、そう答えた。
その後、数分、部屋に沈黙が流れた。
皆、何から話を切り出せばいいのか迷ったからだ。
「……もう1つ訊いてもいい?」
その沈黙を破ったのは優樹菜だった。
蒼太は「あ……」と頷く。
「お兄ちゃんのこと、知ってる?今、どこに住んでるのか、とか」
優樹菜は蒼太が一番知りたいことを切り出した。
蒼太は首を横に振った。
「……なにも……、知らないです……」
その言葉を口にしたくは無かったが、それは真実だった。
そして蒼太は、自分が最近まで、兄の存在を忘れてしまったことから、勇人に再開してから起こった出来事、全てを話した。
勇人の友人で、勇人のことをよく知っているであろう、彼女になら、それを全て話しても良い気がした。
いや、話した方が良い気がした。
蒼太が話し終えると、再び室内は静かになった。
「……ねえ、優樹菜」
葵が小さな声で口を開いた。
「あたし、出てた方が良い……?」
その問いに、優樹菜は数秒考えた後、
「……ううん、大丈夫。秘密の話じゃないから」
葵を安心させるようなその優しい口調は、蒼太に対しても同じだった。
「あのね、信じてもらえないかもしれないし、辛い思いにさせちゃうかもしれないんだけど、˝私が知ってる˝お兄ちゃんについて話すね。まず……勇人、は」
優樹菜は勇人の名を、呼び慣れていないように言った。「普段は他の呼び方をしているのかもしれない」と、蒼太は思った。
「今、北山にある実のお父さんの家で暮らしてて、私と同じ、逢瀬高校っていう学校に通ってるの。もしかしたら、もう2人に聞いたかもしれないけど、ここのメンバーで……、実のお父さんの家で暮らすことになってから、名字を戻して、˝矢橋˝になったから、今の名前が矢橋勇人」
蒼太はその˝矢橋˝という苗字に違和感を覚えるのと同時に、勇人の実の父────自分の実の父を頭の中に思い浮かべる。
写真の顔も下名前も知らない˝本当の父˝。
浮かんでくるものは漠然としたイメージだけだった。
「それで、何で、勇人が蒼太くんの家族を離れちゃったのか、なんだけど、実は、その部分は私もよく分からないの」
優樹菜が目を伏せる。
「これは、あくまでも私の目線なんだけど、勇人が、前の家───今の蒼太くんの家に住んでた時、家も近くて学校も一緒だったから、よく遊んだりしてて、クラスも同じだったの。……でも、ある日、勇人が学校を連絡もなく休んだことがあって。それが何日か続いたから、おかしいなって思って家に行ったら、引っ越した後だったの。それが……、私が6年生の春、だったかな」
その年数は、母が事故で亡くなり、蒼太たち家族が引っ越しをした時期と、ぴったり当てはまった。
「……その時は、お母さんが亡くなっていたことも、引っ越しの話も、一切聞いてなくて、だから、本当に突然で」
優樹菜の言葉に、蒼太は「兄ちゃんらしい」と感じた。
(お母さんが居なくなった時……、兄ちゃん、ぼくに˝お母さんは死んだ˝って一回も言わなかった……)
その時、幼かった蒼太は、全ては理解できなかったものの、母にはもう会えないのだと察することはできた。それが寂しくて悲しくて、ずっと泣いていた。
勇人はそんな蒼太に対して、ただ、こういった。
"蒼太が悲しい顔してたら、お母さんも悲しむし、蒼太が元気な顔してたらお母さんも元気な顔してると思うから"
思えば、あの言葉は、勇人自身に言い聞かせるための言葉でもあったのかもしれない。
勇人は蒼太の前で、母が居なくなって寂しいという素振りを一度も見せなかった。
「……それで、私が勇人と再会したのは、去年の……ちょうど今くらいだったかな。突然、学校に勇人が登校してきて、私は、こっちに戻ってきてたことも知らなかったから、再会して、勇人に事情を訊こうと思ったんだけど」
優樹菜はそこで顔を曇らせた。
「……勇人は別人みたくなってて、何も話してくれなかった。……けどね、勇人のお父さんから事情を後から聞くことができたの」
蒼太は優樹菜の言葉に通りの兄の姿を想像する。
(何も話してくれなかったって……、兄ちゃんがしそうなことじゃない……)
少なくとも、蒼太が知っている勇人はそうだ。
(じゃあ……、兄ちゃんに、やっぱり、何かがあったってことなのかな……?)
「その、お父さんが話してくれたこと、聞きたい?……かなり、辛い話にはなるんだけど……」
優樹菜が蒼太の心を読んだように尋ねてきた。
(……どうしよう……?……でも、時間が……)
蒼太は壁に掛かった時計を見上げた。
時刻は午後5時。そろそろ帰らなければならない時間だ。
「あ、また今度、葵と一緒に、ここに来てくれたら、ゆっくり話せると思う。もう、遅いもんね」
優樹菜が蒼太の視線を追い、気が付いたように言った。
「葵、蒼太くんのこと、送ってあげたら?」
「うん!能力で家まで送るね」
優樹菜の提案に、大きく頷いた葵の言葉は、蒼太にとって願ってもみないことだった。
※
(˝ASSASSIN˝……か……)
蒼太は布団の上で横になり、今日起きた夢の中のような出来事を思い返していた。
もし、あの時、あの住宅街を通りすぎる時間が少しでもずれていたら、その存在を知ることは無かったのだろう。
目撃したはずの、女性の殺害に対する恐怖心は蒼太の中で、何故か、既に落ち着き始めていた。
(絶対、トラウマになるくらいのことのはずなのに、何で……?)
蒼太は仰向けになり、天井の白い色を見つめる。
(その後に知ったことが、衝撃的すぎたのかな……?)
思い出すのは、突然現れた葵が殺し屋に一撃を食らわせたあの光景だ。
(殺し屋を、捕まえる組織……)
蒼太は電気を消した暗い部屋で目を開けたまま、いつもそうしているように、眠りにつくまで考え事をしていた。
(ぼくのクラスメイトはその組織のメンバーなんだ……)
信じられないような気持ちになる。同じ教室で同じことを勉強している女の子が、そんな活動をしているなんて。
(すごいな……。怖く、ないのかな……?)
葵だったら───と考えて、平気なのかもしれないと蒼太は思う。
(平気じゃなかったら、やらない……か)
目がぼんやりとしてきて蒼太は小さく欠伸をした。
手の甲で瞼を擦り、直後に考えたことは、もう1つの出来事だった。
(……兄ちゃんに、会えた……)
それを思うと不安になるのは何故だろう。
いや───答はもう出ているのかもしれない。
"勇人は別人みたくなってて、何も話してくれなかった"
聞こえたのは葵の姉であり、勇人の幼馴染である中野優樹菜の声だ。
(兄ちゃんは……、あの頃と違う……)
それは自分の呼びかけに振り返った勇人と目が合った時、微かに感じていたことだった。
でも───と、蒼太は寝返りを打って、教科書を積んだままにしてある机を見つめた。
(……何か、事情があるんだよね。きっと、ぼくが知らない何かが……)
蒼太は、˝ASSASSIN˝の本拠地を思い出す。
あの場所には自分の知らない勇人を知っている人たちがいる────。
(それを知るには……また、あそこに行くこと……)
目が重くなってきて、蒼太は目を閉じた。
ぼんやりとしてきた頭の中で、不意に、こんな考えが浮かんできた。
(もし……、ぼくが˝ASSASSIN˝に入ったら、どうなるんだろう……?)
「いやいや……」と、すぐに蒼太はその想像を消した。
(ぼくなんか、どんくさいし、そんなことできるわけない……)
きつく目を瞑り、布団に顔を潜り込ませる。
そうして、そのまま、眠ってしまった。
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