April Story8

 ビル群を抜けた先には、日本のものとは思えないくらい、立派な洋風の建物が建っていた(実際に抜けた訳ではないが、葵にそう説明された)。

 煉瓦造りの2階建ての建物の中に、蒼太は案内された。

 中の廊下は縦に長かった。蒼太は自分の家の廊下を思い出した。

 2人に付いていくと、階段を上がり、2階の1室に通された。

 そこは、テーブルとそれを挟んでダブルソファが2つ置かれているだけ正面から見て右側のソファに蒼太は座るように言われた。

 葵と少年が蒼太の向かいに並んで座ると、少年が自己紹介を始めた。

「僕は、萩(はぎ)原(わら)翼。野(の)ケ崎(さき)中の2年生」

 野ヶ崎中学校は後で聞くと、この町にある中学校だった。

「葵ちゃんから、話は聞かせてもらってたんだけど、蒼太くん、だっけ?」

 蒼太はその問いに、こくりと頷いた。まだ少し、身体は震えていた。

「まさか、さっき会った時は、こうして話せると思ってなかった」

 翼がそう言って微笑んだ。その声と笑顔には、優しさが浮かんでいた。

「んー……っていっても、何から説明すればうまく伝わるかなぁ……?」

 葵が首を傾けた。その表情には、先程から不安の色が滲んでいる。

「まずは、何で僕たちがあの場に現れたのか、だね。───つまり、僕たちが何者なのか」

 翼が葵の目を見て言った。

 葵が蒼太を向き、2人の目が合った。

 葵は眉を下げ、幾分か小さな声で、こう言った。

「あのね、蒼太くん……びっくりさせちゃうと思うし、信じられないかもしれないんだけど……」

 蒼太は葵の目を見つめ、言葉を待った。あんな衝撃的な光景を見た後では、大抵のことでは驚けないような気がした。


「あたしたち……、˝ASSASSIN˝っていう組織のメンバーなの」


「アサシン……?」

 そう告げられ、蒼太は首を傾けた。

(え、と……、˝暗殺者˝って意味だっけ……?でも、組織って……?)

 そして、次の葵の一言は蒼太を大いに驚かせることになった。

「そのね、˝ASSASSIN˝はね……殺し屋を取り締まる活動をしてるの」

「えっ───」

 蒼太は、目を見開いた。

「怖がらないで!」

 葵が蒼太の反応に身を乗り出した。突然の大声に、蒼太は更に驚いて身を引いた。

「あっ……、いや、怖いんじゃなくて……、なんていうか……」

「突然でびっくりするよね」

 翼が言いたいことを代弁してくれた。

 蒼太は頷き、

「でも……、本当に……?殺し屋って本当の殺し屋……?」

 葵に尋ねた。

 葵はまだ、不安を拭いきれていない表情で「そう」と、答えた。

「蒼太くんがさっき見た、女の人を殺した男も、殺し屋なの」

 それを聞いても、蒼太はただ、ぽかんとするしかなかった。

(殺し屋って……、映画とか、小説の中の話じゃなくて、本当にいるんだ……)

 そして、自分はその殺し屋に出会ってしまった。殺し屋が殺しをするところを見てしまった。

「英語で、ASSASSINで、アサシンって読むんだけど正式な名前は、˝異能組織暗殺者取締部˝。表には知られてないけど、実はここ───北山は、殺し屋が多く住む町で、ほとんどは僕らと同じように一般人の振りをしながら生活してるんだけど、僕たちは殺し屋がする殺しを事件を未然に防いだり、警察に依頼された殺し屋を捕まえてて」

 翼は、蒼太の目を柔らかい瞳で見つめていた。

「ここのメンバーは全員、未成年なんだけど、それぞれ異能力を持ってて、その能力が武器になるから、子供でもそういう活動が許されてる感じ。それで、ここは、僕らが“本拠地”って呼んでる場所なんだけど、メンバーの集合場所兼˝ASSASSIN˝の管理者の人の家になんだよね。こんな人目に付かないところにあるっていうのもあって、˝ASSASSINN˝の存在はあまり知られてないんだ。けど、蒼太くんみたいに、僕らの活動を見た人にはこうして説明させてもらうようにしてて、˝そういう存在なんだ˝って認識だけしてもらえたらなって」

 翼の説明を理解しきるのには、僅かな時間を要した。頭が言葉の内容に追いついた後で、蒼太は、ゆっくりと頷いた。

「……いきなりでほんとにごめん……。混乱させちゃうよね……」

「あ、いや……そんな……」

 葵の謝罪に蒼太は首を横に振った。

「あの時……、葵ちゃんたちが来てくれてなかったら、今頃、ぼくどうなってたか分からないし……、今の話も納得できたから、全然……」

 素直にそう伝えると

「……ああ……、もう、本当にありがとう。……これ話したら、怖がられて嫌われちゃうんじゃないかと思ってたんだよね……」

 半ば、泣きそうな声で、葵は言った。

(そんな……、そこまで、ぼくと仲良くしたいって思ってくれてるんだ……)

 蒼太は葵のことを、本当に優しい子だと、この瞬間に感じた。


「事件のこと、聞いてもいいかな。答えられる範囲で良いんだけど」

 翼にそう問われて、蒼太は、あの光景を思い出した。

 そして、ゆっくり言葉を紡ぐように、女性の叫び声を聞いてから、葵たちが来るまでのことを話した。

 話し終わると、翼は「ありがとう」と答えた。

「この話は、警察の方に出させてもらうけど、直接蒼太くんの方に捜査がいくことはないと思うから、安心して」

 蒼太が説明を終えた後、後、翼が言った。

「僕から話すことはこれで全部かな。何か、質問あったりする?」

「あ……」

「特には」と、答えようとした直前、蒼太は、あることを思い出した。

(……待って、あった……)

 ただ、それは˝ASSASSIN˝に関する質問ではなく、完全に、蒼太自身が抱えている疑問であった。

(けど……、兄ちゃんは今日……、この場所に来てたのかもしれない……)

 蒼太は「え、と……」と、おそるおそる翼を見る。

 膝の上の手を握りしめ、声を振り絞るように、

「……あ、あの……、清水勇人って名前の人、知ってますか……?」

 そう尋ねた。

───が、その声の最後は、直後の物音で消された。

 ドアが開き、人が中に入ってきた。

 蒼太はその人を見た時、冷静過ぎるほどに「あ……兄ちゃん」と思ってしまった。

 今度ははっきりと、顔が見えた。

「大人だ」という言葉が蒼太の頭に浮かぶ。

 蒼太が記憶している面影は、あまり感じられなかった。しかし、間違いなく、兄だった。

「あっ、勇人」

 と、葵が呼びかける。

 しかし、勇人は葵の方を見もせず、無造作に床に鞄を置くと、廊下に出て行った。

「あっ、蒼太くん、ごめん。聞こえなかった」

 葵が言ったが、蒼太は勇人が出て行ったドアを見つめていた。

「清水って、もしかして……」

 翼が何か思い出したように、声を上げた。

 蒼太は、翼を見た。その目は、自分を向いていた。

「えっ?なに?」

 葵も翼を見る。

「矢橋さんの旧姓って……、清水じゃなかったっけ?」

「勇人の、きゅうせい?」

「前の名字」

「あおちゃん、知らない?」と、問う翼に、葵は首を傾けた。

「わかんない。優樹菜に聞けば分かると思うけど」

 翼が真っすぐに、蒼太を見る。

「清水勇人さんのこと、探してるの?」

「は、はい……」

 兄の名前が出て、蒼太は話が確信に近づいてることに動揺した。

 そして、勇気を振り絞って訊いた。

「さっきの……、さっき、この部屋に入って来た人って……、˝ASSASSIN˝の人ですか……?」

「うん、そうだけど……?」

 葵の首が更に傾く。

「……もしかして、弟さん?」

 翼が驚いたように蒼太を見る。

 蒼太も同じように驚いて、混乱したまま頷いた。

「えっ?どういうこと?何か、すごいわかんない」

 葵が翼を見る。

「ちょっと整理しようか。さっき、部屋に入って来た人は、蒼太くんのお兄さん、なんだよね?」

 蒼太に確認を取るように、翼はゆっくりと言った。

「え!?てことは勇人の?」

 葵が目を見開いた時───再び、ドアが開いた。

 桃色のロングヘアをした少女が、部屋に入ってきた。制服姿で、手に紺色のスクールバックを持っている。

「お客さん?」 

 少女は、ドアを後ろ手で閉めながら、顔を蒼太たちの方に向けた。

「色々、説明があるんですけど……、この子、矢橋さんの弟さんらしくて」

 翼がそう、蒼太を紹介した。

 その瞬間、少女の顔つきが変わった。

「え……?蒼太くん……?」

 少女が信じられないというように蒼太を見つめ、蒼太の名を呼んだ。

 そして、呼ばれた蒼太は、少女の黄色い瞳に、見覚えがあることに気が付いた。

「あっ……」

 蒼太は少女が誰なのか、思いだした。

「……兄ちゃんの、友達の……」

 名前までは覚えていなかったものの、蒼太は小さい頃、勇人の友達だったこの人に、一緒に遊んで貰った記憶があった。

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