第4話 覚悟は決めた

「シードル家当主、ヴィクター。貴殿には来週行なわれるトリノ共和国のアンドレア王子との婚約パーティにて、我が国のニーナを毒殺してほしい」


 ヴィクターが王城より帰宅すると、執事のセバスが“代理人を名乗る来客”があったと告げた。

 仕方なく客人が待つ応接室へ向かうと、挨拶も無しに告げられたのがこの依頼だった。



「それは……いったいどうして……」

「依頼理由ですか? おかしいですね、いつからシードル家は依頼の理由を訊ねるようになったのですか!?」


 代理人は黒のスーツにシルクハットを被った、背の高い紳士風の男だった。

 いかにも過ぎて、逆に胡散臭い。

 だが彼の放つ雰囲気は、暗殺者であるヴィクターですら迂闊に近寄れない妖しさがあった。



「殺しの動機じゃない!! どうして国王陛下がそんなクソなことをぬかしたと訊いているんだ!!」


 どうしても言わずにはいられなかった。

 隣で聞いていたセバスは、諦めたように首を横に振っているが、覆水盆に返らず。口から出てしまったものは、もう帰ってはこない。



「今の不敬な発言は、敢えて聞かなかったことにしましょう。シードル卿の疑問にお答えするならば……そうですね。私から言えるのは、陛下は戦争を望んでいる……ということぐらいでしょうか。戦争の口火を切るために、彼女の犠牲が必要なのでしょう」

「それは自分の娘を殺すほど重要なのか?」

「さぁ……私はあくまでも代理人。国王陛下のお言葉を、そのままお伝えしたまでですので」


 女子供であれば泣き出してしまいそうな怖い顔で、殺意の篭もった威圧プレッシャーを放つヴィクター。

 だが代理人は怯まず、顔色一つ変わらない。涼しい顔のまま胸ポケットから一枚の紙切れを出すと、ヴィクターに手渡した。


「……なんだこれは」

「今回の注文書です」

「そんな事は分かっている。こちらはまだ依頼を受けるとは言ってねぇぞ」

「ヴィクター様、そろそろ抑えてください……」


 敵意剥き出しで突っぱねようとしたヴィクターをセバスが止めに入る。

 相手は国王の代理人だ。本来ならば、国王と同等の扱いをせねばならない。

 これ以上の会話は無理だと判断した代理人はふぅ、と小さく息を吐いた。


「……言わばこれは王命です。モンドール王国の番犬なら、この国のために動くと信じておりますよ。では、私はこれで失礼」

「お、おい!!」


 これで用件はすべて済んだということなのだろう。

 シルクハットを右手に持って流麗なお辞儀をすると、つかつかと応接室から去っていった。


「それで、どうされますか?」


 セバスはストン、と脱力したようにソファーへ崩れ落ちたヴィクターを見下ろした。

 深い皺の刻まれた顔には、主に対する若干の哀れみが見て取れた。



「注文書を見てみろ。林檎のカラメルバター焼きだとよ」

「最優先で実行せよ、との命令ですか。……現国王は乱心しているのでしょうか」


 以前からあまり賢い王とは思えなかったが、愚かなりに無難な政治をしていたはずである。


「今の王妃になってからというもの、浪費が激しいという噂がありますからな」

「国庫を脅かすほどであれば、普通は周りの誰かが止めるだろうが!?」

「王弟の公爵閣下なら、あるいは……」

「あの方か。しかしお二人は仲が悪いからな。貴族連中は揃って国王陛下の味方だ」


 口だけは達者な貴族たちを脳裏に浮かべて、ヴィクターは悪態をついた。



「しかしトリノ共和国のアンドレア王子との婚約パーティですか……その王子も、良くない噂ばかり立つお方でしたね。ニーナ姫にとっては災難続きですな」

「罪を着せるにはもってこいの存在だったんだろうな。あぁ、だが今回のことは使えるかもしれないぞ?」

「……なにか案があるのですね?」


 ヴィクターは頷くと、今しがた思い付いた案をセバスに伝えた。


「たしかにそれならば、すべてが丸く収まるかもしれません……ですが」

「あぁ。この際、俺も多少の犠牲は覚悟の上だ。……この依頼、シードル家は受けることにする」


 これがただの依頼だったのなら、ヴィクターも乗り気ではなかっただろう。

 だが、どうしてもニーナ姫の顔が脳裏にチラついて仕方がないのだ。


 何だかんだ言って、ヴィクターは優しい。

 非情になり切れないのは暗殺者としては失格かもしれない……が、仕える相手としては好ましい。

 セバスは、主にバレないように口角を上げた。



「俺は準備ができ次第、もう一度ニーナ姫のところへ行ってくる。アレを使うぞ」

「分かりました。手配は済ませておきましょう」

「頼んだぞ……それと、セバス。お前にひとつ、頼み事がある」


 普段は怠けた言動が目立つが、こうなったヴィクターは当主としての顔を見せる。

 なにも彼は暗殺の腕だけで今の座に居るわけではない。

 暗殺を確実に実行させる用意周到さ。そして策案においても、非常に優秀な男であった。


 あの世に行った時は先代に自慢できるなと、セバスは内心で喜んだ。


「えぇ、なんなりと」

「あの嘘まみれな代理人の素性を調べてくれ。アイツの本当の雇い主を調べてほしい」

「かしこまりました」


 セバスは一礼すると、部屋から出ていった。


「……さて、こっちも仕事に取り掛かるとするかな」


 ヴィクターは立ち上がり、一度伸びをしてから応接室を出た。


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