hydrangea
絵空こそら
hydrangea
「「げ」」
第一声が雷鳴と重なった。
「なんで居るんだよ」
ぼろい木造の停留所に入って来たこさめは、水滴を落としながら恨みがましい目で俺を睨んでいる。
「嫌なら出てけ」
負けじと睨み返すと、舌打をして俺から少し離れた場所に座った。といっても、この停留所はあまり広くないので、いくらも距離はないのだが。折角ひとりで寛いでいたのに、舌打ちしたいのはこっちの方だ。
この停留所は穴場で、高校から10分くらい歩いたところにある。田んぼのど真ん中にあるが、ちゃんとバスは忘れずに拾っていってくれるし、学校すぐ傍のバス停の、万里の長城に匹敵する行列に並ぶよりましだ。普通の日でも利用客はほとんどいない。まして、こんな土砂降りの日には、まず誰も来ないだろうと高を括っていたのだが。
こさめは、傘を持っていなかった。故に全身濡れ鼠で、髪を抑えているハンカチもぐっしょりだ。そして、おそらく俺に舐められるまいと我慢しているのだろうが、小さく震えている。
俺はスクールバッグから部活用のタオルを取り出して、こさめの頭に放った。
「使えば」
こさめは片眉を上げて疑わし気に俺を見た。
「これ使用済みのやつ?」
「使ってねーよ!部活なくなったから」
「ふうん?ありがとう」
嫌に丁寧に発音して、こさめは髪と身体を拭き始めた。水を含んだその髪の毛先はくるっとカールしている。
「……当ててやろうか?」
俺が口を開くと、こさめは「何を」と露骨に嫌そうな顔で聞き返す。
「お前、クラスの奴らに天パなこと隠してんだろ」
こさめは自身の巻き毛を死ぬほど憎んでおり、ストレートパーマをかけている。しかし、雨の日は鳴りを潜めていた巻き毛が猛威を奮い始めるので、その対策に四苦八苦しているらしい。さしずめ髪がにっちもさっちも言うことをきかなくなり、この人気のない停留所に逃げ込んだのだろう。学校に傘を忘れたことに気づいても、取りに戻れないくらいに。
「そうだけど」
俺が名推理を披露すると、こさめは意外にも素直に認めた。
「図星かよ」
「だったら何?」
「12時1分前のシンデレラかよ」
と俺は気の利いた洒落を言ったのだが、折悪く鳴った雷の音に掻き消された。
「なんて?」
「なんでもねーよ。ただ、俺は」
「あ、バス来た」
無駄にエンジン音の大きなバスがボロい停留所を揺らし、ぷしゅーとこちらも馬鹿でかい鼻息のような音を立ててドアが開いた。
幾分水気の引いたこさめが先に立ち上がる。
「乗らないの?」
「……乗る」
前を歩く細い肩を、今度は俺が恨みがましく睨む番だった。心の中で舌打をする。聞こえてんだろ。「俺はそっちの髪の方が好きだ」って。
hydrangea 絵空こそら @hiidurutokorono
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