第2話 孤児院にて

『明くん、君のお父さん、お母さんになりたいって人がいるんだ』

僕は孤児院の2階にある自室にこもってその事について考えていた。

何度も、何度も同じ言葉を反復して。

「別に今の生活に不足しているものもないしな…」

―もっとも、考えているのは上手い断り方

『親』と聞いて良い印象を持つわけでも、悪い印象を持つわけでもない。

はっきり言って興味がないのだ。

「…だと言うのに…」

つい…ほんの少しだけ…考えてしまう。

もし、あの時父さんの会社が倒産しなかったら?

もし、あの時父さんと母さんが疎遠にならなかったら?

もしもあの時、あの時に…

そんな『もしも』の欠片が浮いては消えて…また考えた。


―僕は…本当は、どうしたいのだろうか…

『興味がない』と考える。


…が、それと同じくらい、良くわからないこの感覚が…訴えてくる。


『本当に、それでいいのか?』と…


「わからない…僕は一体…どうしたいんだ…」

仰向けにベッドへと沈む体を感じながらか細く呟いた独り言は、空けた窓から、星の輝く夜へと流れた。




次の日の朝。

悩んでいることは一旦放棄して、気晴らしになるかも…といつもの日常を繰り返す。

いつもの通り6時と少しに起きて

いつもの通り朝御飯あさごはん支度したくを済ませようと階段を下りる。

するとすぐさま、

「あ!紀村くん!」

白音しらねさん…」

彼女は白音しらね 美里みさとさん。

この孤児院の年長組の内の1人。

身長は160㎝前後で、僕とほぼ同じだ。

茶色の長髪と相まって、清楚美人という風格がかもし出されている。

「美里ちゃん。いつもいつも手伝ってくれてありがとね。」

「えっ!いえいえそんな!!…あ…紀村くん!」

厨房の奥で白音さんへ感謝を述べる方々と、それにおろおろする白音さん…

これも、いつもの通り…

そう考えていたら声をかけられた。

「…なんですか?」

「もうすぐでご飯できるから、皆を呼んできてくれない?」

「わかりました。配膳はいぜんは手伝わなくて良いんですか?」

「うん、大丈夫。ありがとう。」

そして僕は、階段へと向かって歩いていき、皆を起こして回った。




「「「「いただきます。」」」」

皆が長椅子に座り、前に置かれた朝食の前で手を合わせて言った。

この孤児院の少ないルールの1つが、これだ。

そして僕は朝食を食べる。

よく焼かれたトーストにジャムを塗って食べる。

イチゴは少し酸っぱいと思うのだが…小さい子供たちはこれでもかと塗って食べているのだから驚きだ。

…でも気になっているのは、考えないようにしていた

…例の養子縁組のこと。

それ以外考えられなかった

すると、

「お~い、明!」

と声をかけられた。

「大丈夫か?心ここにあらずって感じだったが。」

そう言って心配してくれる彼の名前は宮代みやしろ 悠久ゆう

この孤児院の年長組の内の1人だ。

どうせなら、こいつにも考えてもらおう…。

そして僕は、隠すことでもないので、養子縁組の打診が来たことを相談した。

「…そういうことか…確かに明なら悩んで当然だと思うぜ。」

一応この孤児院では、僕のことを詳しく伝えていたからか、悠久ゆうが親身になって相談に乗ってくれた。

「でもよ、こればっかりは明、お前自身で考えなきゃだろ?」

「…そう…なんだろうね。でもさ、やっぱりそんなのどうでもいいって思えてくるんだ…」

「…そっか…」

どうでもいい、今さら…家族なんてどうでもいい。

そう思う気持ちは、確かにある。

…けど

「だけどさ、同じくらい…それを否定する気持ちもあってさ…本当にそれでいいのか…って。」

「…そう…か。」

「僕は…どうしたいんだろう…。」

結局、行き着く先はこれだった

『どうすればいいのか分からない』

すると、悠久は、

「…明、やっぱ…こればっかりはお前で考えろよ?」

「…うん。」

「…だけどさ、一つは言えそうだから言っとく。」


「後悔と行動は、しておいて損はないぞ。…ヒビってても、いつかは決めないといけないんだから。」


「え…」

「ま、そういうことだ。じゃ。」

そういって、彼はスタスタと歩いていった。

「…『後悔と行動は、しておいて損はない』…か…お前が言うと、説得力あるな…」

つまりは、「やらない後悔より、やった後悔」ってことか…もしくは…

…うじうじしてても、何も変わらない…ってことか。

「…決めた。」

どうせなら…



どうせなら









―結局、僕は養子縁組の話を受けることにした。



時間は過ぎ、遂に養子に行く日になった。

いつも通り、朝早く起き、皆を起こして回り、いつも通りに過ごした。

なるべく、『いつもどうり』に。

だけど、今日は、養子に行く日

つまり…

「あきにぃ…どっか行っちまうのか…?」

ここで過ごす、最後の日だ。

「ああ、東京に養子になりに行くよ。」

「ヨーシって、なに?」

「養子っていうのはこう書いてね…」

なるべく、軽い感じで、泣かせてしまわないように。

僕がここからいなくなることを伝える。

「あきにぃ…」と、泣きそうになる子もいれば、

「いっちゃやだ!」とすがり付いてくる子もいる。

「大丈夫だよ。心配しなくても手紙は書くよ。」

「本当?ぜったいだよ?」

「うん。書くよ。」

流石に、1人1人に書くのは勘弁してほしいが…

「紀村兄ちゃん…」

まだ1人、僕にくっついていた

仕方ない…

僕は弟に一度だけしたように、おもいっきり頭をくしゃくしゃにした。

彼女は頭を揺らされ、少し目を閉じて…

笑ってくれた。

まるで妹が出来たようなむずがゆい感覚がした。

…この子は昔、虐待を受けた子だった。

名前は、村上むらかみ 美花みか

保護されてからもずっと目が死んでいたようにしていたのを見かけて…

苦労して、頑張って信用してもらって…

今では他の子たちと良く遊んでいるのをよく見る。

そして、まだ手を尽くした人がもう1人いた

「あき兄…」

「どうしたんだ?連?」

この子の兄、村上むらかみ れん

「あの、さ…あの…っ…!」

「どうした?」

「今まで…ありがとう。美花の分も…。」

「…僕はなにもしてない。2人が強かったからだよ。強かったから、生きていてくれたから…」

そして、一瞬言葉を切って…

「こうして、話せてるんだろ?」

それよりも、僕は2人の行動が気になった。

美花は、自分の思いをしっかり言えるように。

連は、僕がいなくなると知っても、泣くまいと。

僕を心変わりさせないように泣かなかった

「…成長したね、2人共…」

「う…うんっ!」「…あきっ、兄…」

もう我慢してほしくない。

ふとそう思った僕は、2人をぎこちなく抱きしめた。

…どうやら、決め手になったらしい。

2人が泣き出し、それを優しく受け止める

「皆、今までありがとう。僕と一緒にいてくれて、ありがとう。楽しかったことが一杯で、嬉しい。本当に、ありがとう。」

皆、本当は行ってほしくないだろう。

でも、直接引き留めるようなことはしない。

それは、僕の決断を尊重していることのあらわれなんだろう。

…どうも…悲しいな。

「悠久、美里…この孤児院は任せた。」

「おう!」

「うんっ!」

「職員の皆様にも、迷惑を掛けました。でも、僕らを認めてくれて…育ててくれて…ありがとうございました。」

そういって、深々と礼を捧げる。そして背を向け、

駅へと向かう。

キャスター付きのトランクと、住所を書いた紙を持って。

ただ真っ直ぐと。

絶対に振り返らない。

…絶対に…


今振り向けば…きっと帰りたくなってしまうから




東京行きの電車に乗り、その窓から見えた孤児院。

見えてすぐ、どんどん離れていく。

どんどん…どんどん…

やがて見えなくなって、

涙の流れなくなったこの薄情な目に、今は少しだけ…ただ少しだけ、感謝して、あとはすごく恨んだ。

ふと、目が熱くなった気がした。

…気のせいだ…気のせい。

「喉…乾いたな…」

そう言って、トランクを開けた。

すると、昨日入れた覚えのないてるてる坊主がそこにあった。

しかも、その形には覚えが…

「あれ…確か、去年…」

確か、遠足の前日がすごい大雨で…って作ることにしたんだっけ…

でも、今日は遠足なんてない。

僕が、孤児院から出て行くだけだ。

ってことは、

「晴れるように、してくれたのかな…」

涙と…懐かしい思い出が見えた。

…てるてる坊主っていうのは…僕にとって、すごく大切なものだった。

…似たようなてるてる坊主を、弟と作ったからだ。

雨を晴らすってことは、道を照らすこと…

頬から落ちる涙を拭くこともせず、大事にてるてる坊主を握りしめた。

「知ってた…わけないか…」

だからこそ…僕にとって、てるてる坊主は「再会」の象徴だった。

「また…会えるかな…」

電車に揺られ、そんなことを考えた。

涙が、ポツリと地面に落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る