てるてる坊主の次の日は。

第1章 てるてる坊主の後の空、

第1話 僕は…

「…それは、やっぱり答えなくてはいけませんか？」

照明の良くきいた明るい、しかし手狭な個室で

少しだけ、僕はうんざりとした声を出す。

「うーん…そうなるね…何しろそれが私たちの仕事な訳だしね…」

無骨な白い机の上に置かれたクリップボード。

そこに挟んだ紙の上にさらさらと文字を書き綴（つづ）りつつ返す若い警官は、親身になって優しく…

優しく、僕の辛く苦しい過去を聞く。

少しだけ、思い留まったが、僕はそれにあっさりと応じ、あの汚泥（おでい）を思わせる昏（くら）い過去を語ると同時に…少しだけ思い返した。

『おかしくなったのは何時（いつ）からだったか』

僕が11の時だったから、今からちょうど3年前の時か。3年前だから…

ああ、父さんの会社が倒産してからだったっけ。

それでヤケになった父さんは、お酒、パチンコに明け暮れ…そして、酔っぱらい続きの父さんと母さんは次第に疎遠になっていった。

そんなある日の…何時からそうなったかは思い出せないが、ある日から唐突に始まったのが…

僕と弟…紀村（きむら） 春（はる）との比較

成績優秀な弟と、特出してできることがない僕。

分かりやすく比べられ、徹底的に貶された

できないこと、やりたくないこと…

嫌いなこと…いや、思い出すのも億劫だ。

そんな生活の中でも救いは１つだけあった。

『差別していたのは両親だけだった』ということ。

弟はいつでも、僕に笑いかけてくれた。

…その笑顔が、僕の生きる理由になった。

僕は、年端もいかない弟に、微かに在った心を救われた。

だから…

弟は…春（はる）だけは…

僕が守らなきゃいけないんだ

「…きら君…あきらくん？」

「…」

「大丈夫かい！？」

「…大丈夫です」

どうやら…話している間に憑かれていたみたいだ。

あまりに茫然自失としていたから堪（こら）えきれなくなって起こそうとしたんだろう。

少しだけぼんやりとした頭に喝を入れ、

ふたりに礼を言った後、僕の弟を思い出す。

紀村（きむら） 春（はる）

僕が命に替えても守らなきゃいけない…弟の名前　

今はもう…どこにいるかもわからない弟の名

―ガタン…ゴトン…

すっかり辺りが暗くなった夜に、ようやく帰ることを許された。

慌ただしく夜景が流れる電車の中で揺られながら、僕らはもといた孤児院へと帰っていた

景太さんは、そんな僕を見て優しく声をかける

「…大丈夫かい、明くん。」

「…はい、何があったのかはほとんど覚えていませんし…覚えていることも、どこか他人事（ひとごと）みたいなので…なにも。」

「そう…か…」

事情聴取のあと、僕らは警察署から見送りとともに立ち去った。

今、僕と同じ電車に揺られているのは、住むところを提供してもらっている孤児院の職員の１人、原島（はらじま） 景太（けいた）さん。

今までに何度も交わした会話をまたしても繰り返す。

うんざりとしてる訳じゃない

原島さんが僕のことを心配して言っているのはわかっている。

でも何に心配しているのかがさっぱりなので、いつしか適当に返すようになっていた。

僕を拾ってくれた恩人に、そんなことをするのは無礼であるとは思うけど…

ただひたすらに、興味がない。

そんな原島さんから、僕は思わぬ話を聞くことになる。

「明くん、大事な話が２つあるんだ。」

と、そう前置きしてから…

「１つは、君の弟がいる児童養護施設が見つかったこと。」

「えっ！？」

僕の声は、すっかり空になった電車に良く響いた。

弟の春は、確かおかしくなるまでは良く遊んでた…確か弟はずっと人形遊びが好きで…

そんなことを考えていると、次の話へと話題が移る。

「あともう１つは、明くんについて…」

「明くん…君のお父さん、お母さんになりたいって人がいるんだ。」