終止符
ヤプール
前編
大きな振動で、夢の中で死に、目が覚めた。
一瞬どこにいるのか分からなくなったが、エンジン音と薄暗い車内、手に握られたベタベタのスマートフォンで、俺は今夜行バスに乗っていることを思い出した。
バクバクと心臓が跳ねている。夢でもともと死ぬ結末だったのか、それともこのバスの振動がこの夢の結末を一瞬にして変えたのか、もうどんな夢か忘れた今は、それはどちらでも良いことだった。
周りを見渡すと、他の乗客たちは何かに耐えているかのようにじっと目を瞑っていた。俺は黙禱の時一人目を開けているような罪悪感を感じて、再び目を閉じた。
時刻はもう0時を回っているだろう。二十八になった。小説を書き始めてから、もう五年になる。生まれてからここまで一瞬だった、と言われればそうである気もする。思い出なんてなかったと。
続けていればいつか必ず夢は叶う。そう願って執筆を続けた。しかし現実は甘くなかった。俺の書いた小説は箸にも棒にもかからなかった。ただ酒を飲んで寝るだけの日々に変わっていった。
バスがまた揺れ、思わず体に力が入る。通路側に座っているので窓の外は見えず、カーテンに仕切られていて運転席の様子もわからない。車内はただエンジンの音だけが響いていて、まるで火葬場に向かう棺桶の中のようだった。
もし死んだら、最近そのことをよく考える。
もし、今バスが倒れて死んだら、俺の人生に終止符が打たれたら、俺は若くして死んだ作家になって、俺の作品たちは押し入れの奥から発見され、何百年も名作として語り継がれるだろうか。みんなは盛大に悲しんでくれるだろうか。この人生がもし週刊連載の漫画だとしたら、ここで引き延ばさずに完結するのがいい。なにも起こってない、打ち切りだとと言われるかもしれないが、穏やかに終わるのもそれはそれでいい。まだ続くなら、それはただの引き伸ばしだ。今だ。今死ぬのがいい。この人生が一つの物語なら、それがいい。次生まれ変わるなら、何になろうか。
、、、あと終止符ってなんで「打つ」んだろう。お札みたいなものじゃないのか。まあいいや。意識がだんだん消えていくのを感じた。
バスは、休憩のためにサービスエリアに停車した。乗客がもぞもぞと動き出す。隣の乗客の男が下りるようだったので、俺もバスの外に出た。帰る時分かるようにと、バスのナンバープレートが書かれた紙を渡された。
外は、全く想像した通りの景色だった。知らない地名で何県かも分からない。レストランなどの施設などは閉店し、自販機コーナーとトイレだけがわざとらしく光っていた。トイレに行くと、おびただしい数の小便器が並んでいた。俺は一番奥の便器で用を足した。液体採取の実験場みたいだった。
戻る途中、後ろから声をかけられた。振り返ると、隣に座ってた男だった。
「どこ行っとったん?」男は尋ねた。
「あ、ええと、実家に帰省してて。」
「ああ、そうかそうか。ところで兄ちゃん、バスん中寝れた?なんかすごい揺れとって死ぬんかと思ったわ。こんなもんなんかな?」
「ああ、自分は高速に乗る前に寝てしまって、あまりわからないですね。」
「俺叫びそうになったもん、わーって。そうかそうか。それじゃ席むこうやし、俺先行くな。」
「あ、はい、ありがとうございます。」
自分の人生は、こうして想像していた通りに進んでいくのだろうか。そこらへんのおっさんの考えていることと同じように過ぎていくのか。まず感じたのは怒り、次に絶望だった。
気付いたら、俺はバスに背を向けて走り出していた。
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