第18話 サンドイッチパーティー


 その日、エナも朝陽あさひ雨丸あめまるも、みんな大忙しだった。


 雨丸のピーナッツバターが大好物だという洗井あらいさんのために、サンドイッチパーティーを開くことにしたのだ。

 洗井さんはおっとりしているけれど、体が大きい分たくさん食べられるので(雨丸いわく、食いしん坊)、彼女が満足するためには、山ほどサンドイッチを作る必要があった。



 前日の夜に、白鳩のポストマンに洗井さん宛の招待状(雨丸がアライグマのイラストを、朝陽がサンドイッチのイラストを描いた)を渡し、コアラのパン屋さんにたくさんのパンを頼み、ハチドリにも新鮮な蜂蜜をお願いした。

 エナと朝陽は夜のうちから、アプリコットとラズベリーのジャムを仕込んだ。


 そして朝から3人は、たくさんのピーナッツバターサンドを作っている。

 エナはひたすらにピーナッツバターをパンに塗り、雨丸はそれをサンドイッチにする。朝陽は紅茶を淹れたり、パンを均等に切ったりする。


 まるでお正月の準備をしているみたいだった。

 みんなでたくさんの食べ物を作るのは、なんだかワクワクして、とても楽しい。

 途中のつまみ食いも、いつもよりずっとおいしい気がした。



「はーい、新鮮な蜂蜜だよー」


 キッチンの大きな窓から、2羽のハチドリがやって来た。


「うわぁ、ありがとう!相変わらずおいしそうねぇ。せっかくだから、食べていってちょうだい」


 エナはそう言って、作り立てのサンドイッチを振る舞う。朝陽はそっと、紅茶を差し入れた。


「すごくおいしいね!このピーナッツバター!」


 ハチドリは嬉しそうに飛び上がってくるりと回転し、羽をばたつかせる。


「でしょう!?雨丸のお手製よ」


 エナがそう言うと、雨丸は照れくさそうに肩をすくめた。


 朝陽は初めてハチドリを見た。美しい藍色の、まるでサファイアみたいに綺麗な体だと思った。

 そして何より驚いたのは、ペリカンが焼きたてのパンを配達してくれたこと。

 ペリカンは大きくて部屋に入れないので、窓からピンク色のくちばしをのぞかせた。朝陽はわざわざ外に出て、ペリカンに直接紅茶を渡した。クルミの器1杯じゃとても足りないだろうから、クルミの器5杯分、トレイにのせて持って行った。ペリカンは「わざわざありがとう」と笑った。青いベストを着ていて、とても賢そうだった。



 ペリカンもハチドリも、「ごちそうさん、おいしかったよ」とか「頑張ってねー!」とか言いながら充分に満足して帰っていった。そしてまた3人はせっせとサンドイッチを作る。

 朝陽はとれたての蜂蜜や、昨晩のジャムもたくさんサンドイッチにした。


「まるでサンドイッチ大会みたい」


 朝陽はひとくち、紅茶を飲んで呟いた。エナはケラケラ笑って、雨丸は「いいね、それ」なんて言った。

 実を言うと朝陽はまだ、筋肉痛に苦しめられていたのだけれど、一生懸命に働いた。洗井さんが作ってくれたワンピースのお礼もしたかったし、何より、サンドイッチを思い切り頬張る彼女が見たかった。前回は、紅茶を3杯飲んだ程度で帰ってしまったから。



「少し多いかしら?」


 エナは最後の一切れに、丁寧にピーナッツバターを塗りながら言う。


 サンドイッチは今や、天井に届くのでないかというほど高く積み上げられている。そしてその積み上げられたサンドイッチは、実はもう4列にもなっている。


「洗井さんならこれくらいペロリだよ。もしかして、足りなかったりして」


 雨丸は肩を揺らして笑う。


「足りなかったら、またパンを注文すれば……」


 朝陽がそう提案すると、エナは困った顔をした。


「コアラのパン屋さんは、朝の2時間しか開店してないのよ……」


「眠いんだって」


 雨丸が付け足すように言って、朝陽は「なるほど……」と言った。



 長い時間をかけて、3人でわいわい言いながら完成させたサンドイッチの塔。それは何とも圧巻だった。


「本当にこんなに食べられるのかしら……?」


 朝陽がそう言うと、雨丸は「大丈夫だよ。洗井さんは食いしん坊だから」と笑った。


「あらぁ?雨丸ちゃん、誰が食いしん坊なの?」


 窓を背に立っていた雨丸の後ろから、優しい細い目が見えた。


「あらぁ、いらっしゃい」


 エナがそう言うと、洗井さんは細い目を丸くした。


「まあ!これはまたどうしたの!」



 洗井さんはいつものように窓の柵に肘をのせ、ゆったりと腰かけてサンドイッチを頬張る。


「うーん!おいしい!いくらでも入るわぁ。雨丸ちゃん、ありがとねぇ」


 雨丸は「えへへ」と嬉しそうにはにかむ。


 窓際にテーブルを寄せて、4人でサンドイッチを食べる。洗井さんはやはりピーナッツバターサンドが気に入ったらしく、そればかり食べている。雨丸はアプリコットジャムサンドを頬張り、エナはジャムも蜂蜜も、均等に味わっている。朝陽は蜂蜜のサンドイッチをすいすいと2枚も食べた。疲れた体に染みるようにおいしかった。

 紅茶にはほんの少しだけ蜂蜜を入れた。サンドイッチが甘いから、飲み物はさっぱりしている方がよかった。


「疲れが吹っ飛んだわぁ。最近とても忙しかったの」


 洗井さんはもう半分以上もピーナッツバターサンドを平らげ、紅茶を手にため息をついて言った。


「あら?お仕事、立て込んでたの?」


 エナが尋ねると、洗井さんは頷いて再びサンドイッチに手を伸ばす。


「そう、実はね、王様から依頼があったの。新しいお洋服の」


 洗井さんがそう言って、エナと朝陽は同時に「えっ?」と声をあげた。


 もちろん、エナは「どんなお洋服?」と聞きたくて、そして朝陽は「王様って誰?」と聞きたくて。

 エナはふいに、雨丸を見た。彼は相変わらずおいしそうにアプリコットジャムを舐めている。


「あの……、王様とかっているんですか……?」


 朝陽はちょっと恐縮して尋ねる。全く知らなかった。聞いたこともなかった。そういえば自分は、この世界のことをほとんど知らない。

 あらためて、朝陽は忘れかけていた不安感に襲われた。この世界はなんだろう。自分は頭がおかしくなったのだろうか。両親や友人に、また、会えるのだろうか。

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