運転係の春香さんとナビ係の咲良さん

沖盛昼間

春休みのお出かけ

 明日は公園近くの道路で待っててね、と文末に添えられたメールが咲良の元に届いた。しかも文末には星を5つ付けて送られてきた。普段は絵文字なんて1つ有るか無いかくらいなのにどうした。しかもいつもは駅で待ち合わせなのに、今日に限って何があった。怪しいと思いつつ、春香が来るのを待つ。

 きっといつもみたいに何か仕掛けようとしているに違いないぞと背を向けている公園や目の前にある電柱の辺りを見回していると、右手の方からだんだん大きくなってくるエンジン音が聞こえてくる。その音は咲良の目の前を通り過ぎて、5メートルほど離れたところで急ブレーキをかけて止まった。それは淡い緑色の車で、四角っぽくて可愛いらしい家のようだと見ていると、降りてきたのは待ち合わせしている春香であった。

「おはよう。早く乗って。助出席ね!」

「え。えー!」

咲良は急いで車に乗り込む。

 春香は「シートベルトしてね。さぁ、今日は私の運転で出かけましょう」と言い、エンジンをかけて車を発進させた。隣にいる子は、同じ制服を着ていたあの子と違う人物に見えてくる。もう咲良は何を聞いて良いのか分からなくなってしまっているが、最初に聞くことはこれだろうと大きく息を吸って「どうしたのこれ」と質問をしてしまった。もっと優しい聞き方があったのに失敗した。

「大学の合格祝いに買ってもらった」

「免許は?」

「推薦入学が決まってからコツコツ通っていたのだ」

「私に黙って? 先にぃ?」

 今まで「のだ」と語尾に付けて話していることを見たことがなく、大切なことなのにどうして真剣になってくれないのかと腹が立ってきてしてしまい、思わず語尾が強くなってしまう。

「さっきの咲良の驚いた顔を写真で撮りたかったな」

「やめて」

「何? もしかして怒ってる?」

「怒るというか内緒にされていたことが嫌というか、一緒に学校に通いたかったの!」

「え、大学は一緒じゃない。ついでに小学校、中学校、高校も一緒だったよ。部活も一緒」

「そうじゃなくて! 自動車学校のこと!」

「そこ? ごめんごめん。咲良に内緒にしたくてさ。あと」

「あと、何なの?」

 咲良よりも早く免許取りたかったとか言われたら、車から降りようかなと考えていた。春香は推薦入試で先に受験が終わってたのにも関わらず、放課後まで残って勉強に付き合ってくれていた。それなのに空いた時間で自動車学校にまで通っていたなんて、自分には無い要領の良さに嫉妬してしまっている。

「私は先に大学合格していたけど、咲良は一般入試だったでしょ。1人だけ何もしていないのが申し訳なかったのと、時間もあったし。あとは」

「あとは?」

「車があれば、咲良とどこへでも行くことができるからね」

 まさかそう言われるとは思わなかった。春香が自分のことを考えていてくれているのが分かって嬉しさが勝ってしまい、怒りがどこかへ飛んで行ってしまった。同時に先程まで不機嫌だったことを恥ずかしくも思った。

「顔がさっきから暗くなったり、明るくなったり面白いよね。でも黙ってたのはごめんね。2人で行きたいねって話をしていた遊園地にも簡単に行けるようになるから、咲良の為に頑張ろうってそればかり考えてた」

「ううん。こっちこそ、機嫌悪くなってごめん。今日は運転してくれてありがとう」

「あと最初に助手席に乗せるのは咲良って自分の中で決めてたから親も乗せてないの」

「私が一番乗り? とても光栄ですね」

「さぁ、謝罪会見も終わったし、今日も明るく元気に過ごしましょう!」

「何それ、もう生徒会の業務をしていないのに?」と笑って返事をした。

 それからは咲良が大学合格をした時に一緒に食べたご飯がおいしかったねとか、今日の着ている服はいつ買ったかとかそんな話をしながら、住宅地から街中へと風景が変わっていく。

 しばらくして、今日行くはずの場所はあっちから行くのではと思い、「あれ?今日は水族館行くんでしょ? あの角を曲がった方が早かったんじゃない?」と春香に聞いてみた。

「カーナビ設定していたんだけど、曲がれなかっただけ、大丈夫大丈夫」

「別の道からも行けるから大丈夫か」

「そうだよ。カーナビも道順変えてくれているから安心して。頑張れカーナビ」

 咲良は両親と何回か今から行く水族館には行っていたので、道のりはよく分かっていた。春香はまだ行ったことが無いと言っていたので、魚の他にもカワウソやペンギン、イルカももちろんいるし、小さいけど遊園地もあるしきっと楽しいから2人の大学合格祝いに遊びに行こう、と約束していたのだ。

 もう少し先にある信号の次にある角を左に曲がれば、元々行こうとしていた道に戻るので安心していたが、また小さな事件が起ころうとしていた。


「待って信号が赤になる! 止まって!」

「わ!」

 信号が黄色に変わっているのに気が付かなかったのか、春香は咲良の一言でブレーキを思いっきり踏み、2人の体は少し前のめりになりお尻が少し浮いた。もう少しで横断歩道まで車が出てしまうところだった。そうなったら、歩行者からの車が邪魔だという冷たい視線を送られながらの信号待ちになっていたかもしれない。

「咲良、怪我は無い?」

「ううん、大丈夫だよ。春香は?」

「全く問題無い」

「ねぇ、春香さん」

「何でしょう、咲良さん」

「質問をしても良いでしょうか」

「はいどうぞ」

「免許、取ったんだよね?」

「免許センターで貰いましたよ」

「自動車学校に通ったんだよね?」

「通いましたよ、3か月位かな」

「実技は順調だったの?」

「全然。実技の卒業試験は、4回くらい受けてやっと合格したよ」

 ここまでの会話をしたところで信号が青に変わり、車が走り出した。

「試験に受かった後に担当の先生からやっと卒業かって喜ばれた。4回も受ける人いないんだって」

「だいたいは何回で受かるものなの?」

「ほとんどの人は1回らしいよ。すごいよね」

 咲良はここまで質問して、やっと聞こうと思っていたことを口にした。

「春香って、もしかして運転苦手?」

「うん、そうらしい。ちなみにカーナビも今日初めて使っている」

「苦手なら水族館行くなんてしないで、練習しようよ!」

「だって、早く咲良と行きたかったんだもん。助手席に最初に座るのはお母さんでもお父さんでもなくて、絶対咲良って決めていたの!」

「それは嬉しいけど、だったらおばさんとおじさんを後ろの席に乗せて練習とかあったでしょ」

「それは思いつかなかった!」

「頭良いのに!あ、次の道は右に曲がるってカーナビが言っているよ!」

「はいはーい」

 速いスピードで右に曲がったので、今度は2人の体が左へと傾く。遊園地にいないのに、まるでジェットコースターに乗っているかのような心臓の動きになっているのを咲良は感じていた。

「ねぇ、もう水族館に行くのは今度にして、今日は運転の練習にしない?」

「もう右に曲がったし、行こうよ」

「水族館は逃げないし、大学に入学してからでも行けるよ」

「でも戻るのにも時間がかかるよ。練習はまた別に付き合ってもらうとして、今日は水族館行こうよ。あ、そうだ。正直カーナビ使いながら運転するのは慣れていないから、咲良が案内してよ」

「カーナビだけが原因じゃない気がするんだけど、どう?」

「咲良が優しく教えてくれたら、安全運転ができるような気がするな。それに、どうせこれから自動車学校に通うのでしょ? 女性の先生もいたから、咲良にとっても、私にとってもそこは安心だわ。紹介すると教習料金が安くなるクーポンを貰ったから、後であげるね。20%も安くなるらしいよ。とてもお得だよね。まぁ、ナビをしてくれることで咲良にとって運転の事前勉強にもなるだろうし、免許を取ったばかりの私は初めて行く場所に行くことに不安を覚えているけど、咲良の素晴らしい案内で私達は事故を起こしてしまうことも無く、水族館に着くことができる。帰りもナビしてくれるともっと嬉しいけどなぁ。目的地にちゃんと咲良を連れていくことが出来るのか不安だなぁ。これからもっとこの車に乗って2人で色んな場所に行きたいけど、ナビをしてくれないなら私の運転能力はレベル1のままだよ。カーナビ咲良さんになって。お願い」

「長すぎて何を言っているのか分からなくなってきた。レベルがうんぬんとか、ナビをお願いされたことしかか頭に残ってない」

「あと、ナビをしてくれたら、今日のお昼ご飯と晩御飯を奢りましょう」

「そこまでして水族館に行きたいとは思ってなかったよ」

 咲良は目を丸くしてそう返した。

「それじゃ、良い?」

「うーん」

「実はもう咲良が行きたがっていたお店を予約してあるのだけれど、ダメ?」

「え? あのハンバーグのお店? 予約でいっぱいだって聞いていたのに、よくできたね」

「それじゃ、行く?」

「行きたいです」

「それじゃ、運転の練習に付き合ってくれる?」

「分かった。水族館にも行くし、ナビもする」

 咲良はもう観念した。そんなに水族館に行きたがっていたのなら、もう一度戻ろうとは言うことができない。

「でも話している間には信号もあったし、曲がり角もあったけど危ない運転してなかったね」

 この会話がされている間には曲がり角が2つと信号が3つもあったのだが、全く問題無く車が正しい道順を進んでいた。

「そう? 咲良と話してたから緊張しないで運転できたからかも」

「そうなんだ。あ、これの次の信号を右だよ」

「ありがとう」

「しばらくはこのまま真っすぐ進めば大丈夫」

「はいはーい」

「今日は晴れて良かったね」

「そうだね。雨が降っていないから、ペンギンのお散歩が見れるかもしれない。ホームページに人気イベントって書いてあった」

「前に行ったときはやってなかったし、時間に間に合えば見たいな。他には何が見たい? 次は左に曲がって」

「ありがとう。見たいというか、遊園地にある観覧車に乗ってみたいんだよね」

「良いね。もしかすると上からイルカショーが見れるかも」

「小さくて見えないんじゃない?」

「視力2.0だからきっと見れる。と信じている」

「きっと何かが飛んでいるな程度しか分からないよ」

 先程のような急ブレーキも無く、運転歴ベテランの域なのではと思うくらいの安全運転で順調に進んでいる。咲良のナビなどは必要無いくらいだ。

「本当に役に立っているの? 私の案内」

「もちろん。ありがたいよ」

 しばらくしてふと咲良が助手席側の窓に目をやると、高校生か大学生のカップルが仲良く歩いているのが見えた。

「ねぇ。大学からは共学になるね」

「そうだね。小学校から高校までは女子しかいなかったし、不安でいっぱい」

「仕方ないよ。勉強したいことが付属の大学には無かったから」

「お母さんに法学部設立してよって頼んでも、無理だったし。後でまた頼んでみようかな」

「理事長でもたった二人のために新しい学部を創るのは無理だよ。前もそう言ったでしょ。でも小学校からあそこに通っていたから、もう行かなくなるのは寂しくなるね」

「そうだね」

「あ、次はあの角を左だよ」

 春香がありがとうと言いながら、ブレーキをゆっくりかけつつスムーズに左に曲がる。

「私の家が学校の隣だから行こうと思えば行けるよ。遊びに来るついでに学校に行けるんじゃないかな、お母さんと後輩に会いに来たとか言えばいけるんじゃない?」

「卒業生が来たら普通は嫌でしょ。あー、この会話をすればするほど寂しい。でも4月から大学生だし、新しい友達もできるかもしれないのは楽しみ」

「それは確かに」

「もしかしたら、どっちかに彼氏ができるかも。さっき歩いていたカップルみたいに手を繋いだりしたり、図書館で一緒に勉強できたりして」

「咲良は彼氏が欲しいの?」

 信号が点滅し、車をゆっくり止めた。

「これから初めて共学の学校に行くし、法学部は男の人が多いって聞いてるから、もしかするとお友達から彼氏になるとかあるかもしれないよ」

「聞いていることに答えてよ!」

 春香が大きい声で言う。前もあったが、それは咲良が付属ではない大学を受験しようと決めた時だった。小学校から同じ学校に通っていたので、大学は外部に入ろうとしているとは思っていなかったらしい。結局、春香も法学部に行くということで解決はした。だが、曰く、自分の夢は何かになりたいではなく、安定した地位を築くことだから、元々なろうとしていた医師になるのではなく、法学部に行くのなら公務員か弁護士になれば良いやと言っていた。沢山貯金したいといったところなのだろうと咲良は解釈をしていた。

「いや、できるとしたら私じゃなくて春香でしょ。何でもできるし、可愛いし。私はきっと挨拶を交わす程度でいっぱいいっぱいになる気がする」

「彼氏なんて必要ない! 咲良の方が可愛い」

「私? ありえない。高校生の時、春香のファンクラブがあったくらい人気者だったのは自分でもよく分かっているじゃない」

「そのファンクラブだって途中からおかしくなって最終的には解散させたんだよ。知らなかったの? あ。信号青だね」

 ここで車が進み出し、もうあと数メートルで水族館に着いてしまう。あのファンクラブが解散したことなど全く知らなかった咲良は何と答えて良い分からなくなっていた。車内の空気が重くなったような雰囲気になる中で、ぼんやりと高校生時代に起こったことを思い出していた。

「着いたね。水族館に行く前に解散させた理由は話した方が良いかな」

 目的地に着き、春香はハンドルを回して綺麗に1回で駐車スペースに車を停めた。エンジンを切って車内はとても静かになり、春香が口を開く。

「中学生の時は小学校の友達がそのままエスカレート進学したから、楽しかったね。もちろん小学校も、もう前すぎてほとんど覚えていなかったけど辛かったことはないから仲良くやれていたのだと思う」

「そうだね。皆、優しい人ばかりだったよ」

「でも高校に入って、外部の学校から入学した人が同じクラスになってから少し変わったよね」

「うん」

「今までにいなかったタイプの人で、最初はただ面白い人だと思っていたの」

「うん」

「高2の秋にあいつに言われてファンクラブ作ったら良いんじゃないかって言われた時は何を言っているんだと思ったけれど、あの時しつこく断っていれば良かったと今でも後悔している。中学校から生徒会に入っていたし、理事長の娘ってことで自分が注目されているのはよく分かっていた」

「そうだね。毎週1回は高校生とか、中学生から告白されていたもんね」

「皆、良い人ばかりだったよ。でも私がどんな性格とか分からなかっただろうし、自分達で想像した私が好きだったの」

「本当は面倒臭い人なのに、学校の王子様みたいに思われていたよね」

「面倒臭いって思ってたの?まぁ良いや。それであいつの口車に乗せられてファンクラブができたんだけど、ファンクラブというか今思うと、監視し合っていただけの集まりだった」

「結城さんに言われて何となく私も入ったね。というか小学校の時から一緒にいた友達も面白そうって言ってその集まりには入っていたけど、作る理由は聞いていなかったな。何を言われたの?」

「そういえば結城って名前だったね。あれがいうには毎週、沢山の人から告白されたり、プレゼントを貰ったりするのは大変じゃないかって言われたの。実際、プレゼントも変な物はあったから正直に言うとあの時は困っていた。今の私なら相手に突き返すこともできるけど、あの時は泣かせたらどうしようと思うとできなかったな。それで、まだ仲が良かったあいつに相談をしたんだよね。そうしたら皆が私と簡単に接触できるようになっているから、ダメ。自分のものにしたい人がいるから困り事が出てくるなら、遠い存在にしてしまえば良いって言われて、ファンクラブができた。今思えばおかしいよね」

「できた時はただのお茶を飲む集まりだと思ったんだけどね」

「あいつもあの時にはそう思っていたみたい。実際、クラブの内容は集まったメンバーで、教室の中でお菓子食べたりお茶を飲んだり、たまにピクニックするとかそんなつもりにする予定だったらしい」

「うん」

「咲良、聞いていてくれているけど、大丈夫?私から始めた話だけど、やっぱり止めようか」

 咲良の表情が暗くなっているのが分かり、話すべきではなかったと思ったようだ。

「ううん。最後まで聞かせて」

震えた小さな声で言い、春香の手を握ってそう答えた。下を向いているので表情が分からなくなっているが、先程のままなのだろう。

「嫌になったらいつでも言って」

「ありがとう」

 咲良は春香の目を見て答えた。表情は暗いようには見えず、春香は少しホッとした。

「それじゃ、続きを話すね。できてから3ヶ月位は上手くやれていたのかな。理想の私と違うって思った人は自然と来なくなったし、それでも良いって思った人は相変わらず来てくれたし、楽しかったな。でも」

「でも、何?」

「1年生の中山さんっていたでしょ?」

「覚えているよ。春香と普通に話せていた子ね。途中で来なくなっていたけども」

「そう。他の子は緊張して話せないことがよくあったけど、中山さんは私にあまり興味が無かったからか、最初から普通に話をしてくれていたよね」

「他の1年生の友達に誘われて来たみたいだったね」

「すごく良い子だったから、私も仲良くしたかった。でも中山さんの行動が気に食わなくて、他の1年生の間でいじめがあったみたいなの」

「え? そんな事があったの?」

「学校の中だとすぐにバレるから、わざわざ下校しているところを狙ってもうクラブに来ないように言ったみたい。でも、中山さんが拒否をしたから、クラブのある日を嘘をついて教える、私物を隠す、とだんだんエスカレートさせて不登校まで追い込んだって、あいつから教えてもらったの」

「先生には言わなかったの?春香から言えばすぐそんなこと無くなったはずでしょ」

「それが、重い病気になって入院したって嘘を教えられていたから全く気がつくことができなかった。1年生の間で他の学年には漏らさないように暗黙のルールができていたみたいなの。言ったら次は自分達が同じことをされると思わせていたのだと思う」

「そうだったの」

「私が原因で可愛い後輩を追い込んでしまったことが悔しい」

「そっか」

「でも、どうしてあいつは知っていたんだろう。もう今はどうでも良いか」

「知らないの?」

「この話を聞かされた少し後に、咲良を、あいつが」

「あの時だったんだね。高校3年生の文化祭かな。戻ることができるなら、やり直したいよ」

「私はやり直したくない」

「ごめん」

「謝らないで。あいつが全部悪いんだから」

「でも、春香と仲良くしていたのがダメだったんだよ」

「あいつだってクラスの子達と同じで最初は普通だと思っていたのに、私のせいで、咲良が中山さん以上の目に遭わなくちゃいけないのが分からない! 一生あいつだけは許さない! 2回もこんなことが起こったからファンクラブは解散させたの!私があいつの口車に乗せられていなければ、こんなことにならなかったのに!」

「落ち着いて。春香のせいじゃないよ」

「だって、咲良はあいつのせいで太ももに怪我をしたんだよ!」

「これはもう少しで怪我したところが消えそうだよ。多分そう。きっとそうだって思ってる。これはそういう運命だったって思うしかないし、タイツを履いたら、ミニスカートも履けるよ。好きな服も着れるし、今もワンピース着ているでしょ?さっき、春香が可愛いねって褒めてくれたじゃない。海とプールに行くときは泳ぐの好きじゃないから水着には着替えないだろうし、困らないかな。だから良いの」

 怪我をしたところを撫でながら、咲良が早口になりながらそう答えた。春香は撫でている咲良の手を優しく握ってこう言った。

「ねぇ。咲良も何があったのか教えてくれない?」

「私が転んだらたまたま、隣にいた結城さんの持っていたカッターが足に刺さって怪我したって、皆が知っているじゃない」

「先生は面倒くさがってそれで終わらせたけど、本当は違うんじゃないかってクラスの全員が思っていたよ。あの時はまだ聞かない方が良いかなって思ったけどもう半年以上経つし、教えて欲しい」

「分かった。言うよ」

「うん」

「持ってきた物が無くなっているような気がするなって思っていたの。最初はシャープペンや消しゴム、制服のリボンとか購買で買うことが出来る小さなやつね。幸い予備で持っている物が多かったし、購買でも売っている物ばかりだったかな。教科書と制服、体操着が無くならなくて本当に良かったと思ってる」

「ちょっと待って。盗まれた? どうしてその時点で言わなかったの?というか誰がやったのか分かってるの?」

春香が両手で咲良の手を握りながら、そう聞いた。

「言ったら犯人捜しするでしょ?もう推薦入試の準備も始まっていたから言わないって決めていたの。それに、さっきも言ったけど、買い直しがしやすい物ばかりだっかたから、そこはどうにかなったの」

「入試よりもこっちの方が大事だよ! 盗んだのは誰?」

「入試の方が大事だよ。とにかく聞いて」

「うん。ごめん」

「ううん。それでね、翔子さんと美香さんと4人でお出かけしたことあったでしょう?」

「夏くらいだったかな。幼馴染でたまには受験勉強の息抜きでたまには良いかって行ったよね。カフェで話してただけだけど」

「そうそれ。それを見かけたんだってさ」

「誰が?」

「結城さんが」

「どういうことなの?」

「これが2つ目ね」

 理解が追いつかない春香は言葉に詰まっている。出かけたことのどこが問題なのかが分からないという顔をしている。それを見て、このまま話を続けて良いか咲良は迷ってしまった。

「やっぱり止める?」

「い、いや。聞く」

「春香と私で文化祭の委員会に入ったことが3つ目」

「誰もやりたがらなかったから、私が咲良を誘って立候補したね。……え?」

 春香は眉をひそめた。

「文化祭はクラスで男装喫茶やることになったでしょ?」

「そうだったね。聞くのが怖くなってきた」

「私の作った衣装を春香が着ていたことが4つ目」

「4つ目で最後?」

「うん」

「全く意味が分からない」

「カフェにいたのを見かけたのは偶然らしいのだけれど、どうして私も誘ってくれなかったのって言っていたかな。委員会のことは春香の隣の席にいる結城さんを誘わないで、遠くの席にいた私を誘ったのが気に食わなかったらしい。文化祭のことは結城さんが作った衣装を着ないで、私が作った方を着たからもう我慢の限界だったみたい」

「そんなことで刺したっていうの?」

春香は頭を抱えながら言った。

「うん。夏休みのことは話しかけてくれたら良かったじゃないって言ったら、最初から誘って欲しい、私だって3年間もクラスが一緒だし、春香と話したかったって言われた」

「そんなことで咲良を傷つけて良い理由には全くならないよ!」

「あと、そもそもファンクラブに入っているのなら、クラブ以外で春香に会うのも止めないと他の生徒に悪いとか思わないのとも言われて納得しかけたのだけれど、別に春香をどうにかしたいとは思っていなかったし、友達としての私達は普通に会うのはおかしいことではないと言ったら、怒らせちゃった」

「やっぱり、私達が聞いていた話と違う。ただゴミ捨てに2人で行っただけのに、カッターを持っていたのはおかしいって思ってたよ。先生も変だと気が付かなかったのかな」

「ああいう先生で私は助かったけどね。大事にならなくて良かったよ」

「うちの担任はやる気が無い人だったからな。事故扱いにしたかったんだろうね。でも悔しい。私もあの時ついていけば、こんなことにならなかったかもしれないのに」

「あの時春香は写真撮影ばかり頼まれていたし、仕方無いよ。隣のクラスからも来ていたもんね」

「でもさっきの話だと私はあいつと遊んではいけないよね。前は二人で出かけることもあったのに急にそんなこと言うなんて、信じられない」

「そうなんだけど、3年間ずっとクラス替えも席替えも無かったし、結城さんは自分が一番の理解者で、私よりも春香に好かれているって言われたの」

「どういうこと?」

「私のことが邪魔だったの」

 車内に春香のため息が響いた。

「何をするにも2人は必ず一緒だから、邪魔で仕方がない。最初は消しゴムとかを隠す嫌がらせをしていたけど、不登校にもならないから刺して入院させてやるって言われて刺されたのが本当の話でした」

「やっぱり隠していたのもあいつだったんだ」

「そうみたい。盗った物を返して貰えなかったのは残念。本人は文化祭の後にすぐ転校して行ったからね」

「そうだったね。最後まで話してくれてありがとう咲良」

「どういたしまして。お互い話してスッキリしたね」

「消しゴムは後で買ってあげましょう」

「ハンバーグの他に消しゴムもですか?水族館のお土産コーナーにある動物の形をしたやつが良いな。なーんて」

「咲良」

「何?」

「これからは何があってもずっと咲良のそばにいさせて」

「どうしたの急に?」

「これ以上咲良を不幸にさせたくないの。これまでのことは全部私のせいだから、何をするにも一緒にいて欲しい」

「私、不幸じゃないよ。春香と一緒にいられて嬉しい。今日みたいに水族館も行きたいし、運転の練習にも付き合いたい。大学に入ってからも2人でいたい」

「ありがとう」

「私こそありがとう」

「あっ。今何時?」

「もう13時だよ! ペンギンは! 何時だっけ?」

「あと30分しかない! 走って行こう! 良い席に座れなくなる」

「春香、転ばないでね」

「咲良こそ!」

 2人は急いで、水族館へと走った。入場券を購入し、ペンギンの散歩をやっている2階へと向かっていた。途中、咲良は階段でバランスを崩し、後ろへ倒れそうになったが春香が阻止して怪我をしなくて済んだ。春香はいつ転んでも大丈夫なように咲良に前を歩かせた。その後ろ姿を見ながら、高校時代の出来事を思い出すのであった。


 中山さんには悪いけど、これから咲良と一緒にいるのは私。中山さんは私ではなくて、咲良のことが好きだった。私が咲良と2人にならないようにわざと私に懐いたふりをして邪魔だった。だから、他の1年生に頼んで不登校にさせたわ。何が何でもこれからは咲良から絶対に離れない。結城みたいな人間が出てきたら困るもの。早く大学を卒業してお金に困らない生活をして、ずっと咲良と一緒にいれるようにしなきゃ。免許なんて無くても、私がいつでも行きたい場所に連れていってあげるからね。最初に運転が下手な振りをして、咲良を怖がらせたのは申し訳なかったけど、これからもナビ係してくれるように話を持っていったつもりだし、ずっと助手席にいてね。一生一緒だよ。


 咲良もまた、先頭を進みながら思い出していた。


 春香が運転下手なふりしているのなんてバレているのに、気がついていないって思っているのかな。可愛い。可愛いからこれからも知らないふりをしてあげます。免許はしばらく取らなくても良いかな。運転の練習にももちろん付き合うよ。結城さんには申し訳ないことしちゃったな。あんなに春香のことが好きだったのに、私に万引きしているところなんて見られるから何でも言うこと聞くようになって本当に馬鹿な女。でも正直、春香の周りをうろつかれて迷惑だったから好都合だったな。本当は消しゴムなんて盗まれてないし、リボンも購買で買ったことないのに、結城さんのことが憎いのか信じてくれた。夏休みのことも文化祭のことも全部、嘘。クラスの皆も結城さんが刺したって思っていてくれてありがとう。カッターで刺したのも私が結城さんを呼び出して、自分で刺したんだよ。春香の隣にいる為なら、足がどうなってしまっても良い。せめてものお礼に、万引きしたことは春香にも警察にも黙っていてあげる。だから早く他の良い人見つけてね。春香とずっと一緒にいるのはこれからも私だけだから。


「階段長かったぁ。着いた!早く春香。」

「待って、咲良。」

「ペンギン可愛いね。」

「そうだね。写真撮ろう。」


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運転係の春香さんとナビ係の咲良さん 沖盛昼間 @okimori8864416

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