魔法少女食べてみた。

雅ルミ

1話 契約

 俺は巨乳の年上女性が好きだ。


 胸が大きいのは無条件に良い事だし、年上の女性はろくでもない俺を優しく包み込んでくれる。


「鍵は、っと。……あった」


 酒臭い先輩の懐をまさぐり、シンプルなキーホルダーの付いた鍵を見つけた。


 目の前の鍵穴に差し込んで右に回す。


 綺麗な部屋だ。


 先輩は俺の二つ上ですなわち大学の四回生。


 安くは無いだろうマンションで一人暮らしをしているのだから、家賃は親持ちだろうか。


 いや、この美貌と巨乳だ。


 バカなおっさんを誑かして貢がせているのかもしれない。


「その割に酒には弱いんだな」


 先輩は俺と同じペースで飲んでいた。


 声のデカさだけが取り柄の男の先輩方から煽られるがままに飲み続けた俺は、隣に座っていたこの先輩を道連れにしてやった。


 酔い潰してやろうなんて思惑は無かった。


 潰せばもしかしたら……という下心が無かったとは言わないが、限界が来たのだと言ってくれればウーロン茶を回してやるくらいの良心はあった。


 だからこれは俺の悪徳ではない。先輩の自業自得だ。


 俺よりも二年も長くあのサークルに居たのだ。


 自制を学ぶ機会だってあっただろうに、それでもこうして潰れてしまったのだ。


 俺みたいな悪い男に手籠めにされたって文句は言えない。


 そもそもだ。


 俺が巨乳の年上好きなんて事はサークルメンバーの全員が知っている。


 だから男の先輩方は気を利かせて、この先輩を俺に送らせてくれたのだ。


 今すぐにでもベッドに寝かせた先輩を取って食ってやりたい。


 だがそう焦る必要も無いだろう。


 邪魔者は居ない。


 あの調子ならそう簡単に覚醒するとも思えない。


 俺は乾いた喉を潤すべく、ついでに空いた小腹を満たすべく、冷蔵庫を開けた。


 もちろん先輩にはひと声掛けた。


 届いているかは別として。


「ははっ、最高かよ」


 冷蔵庫の中からワインのボトルを取り出す。


 封は開けられているようだから、少し飲んだくらいじゃバレやしないだろう。


 酒を飲むならツマミも欲しい。


 改めて冷蔵庫を物色した。


「肉か、アリだな」


 綺麗に切り分けられた肉がタッパーに入っていた。


 見た所火は通っているように見える。


 何の肉かは分からないが酒に合わない肉など無い。


 しかも相手が赤ワインとくれば、むしろこれ以上のツマミは無いだろう。


 数えると十切れあった。


 一切れ二切れ食べたくらいで怒るような先輩じゃない。


 ありがたくいただこう。


 肉はタッパーのまま、赤ワインはキッチンにあったグラスに注ぎ居間のテーブルに整えた。


 まずは肉から、と下品に既でつまみ上げ口に放り込んだ。


 美味い。


 だけど何の肉かは分からない。


 非常に柔らかく、口の中で溶けるように消えていった。


 何肉かはさておき、これはきっと高い肉だ。


 バイトもサボりがちな俺にこんな良い肉にありつけるチャンスなんてそうそう無いから、もう一切れ、もう一切れ、気が付けばタッパーは空になってしまった。


 まあ、食っちまったもんは仕方無い。


 これについては後で謝るとして、次はワインだ。


 今更後悔しても遅いが、食って飲んでを繰り返すべきだった。


「何だこの匂い……?」


 赤ワインからは妙な香りがした。


 パッと「あの匂いだ」と思い浮かべなかったのは、きっと酔いが覚め切っていなかったからだろう。


 とりあえず飲んだ。


 飲めば分かるだろうと思った。


 あ、血だ。


「は? えっ、キモ。嘘だろ……。はぁ?」


 俺は急いで水道水で口をゆすいだ。


 ゆすいでもゆすいでも、口の中に血が残っている気がした。


 汚れは落とせてもそう簡単に穢れは落とせないのだ。


「美味しかった?」


 耳元から先輩の声がした。


 慌てて振り返ると、そこに先輩が居た。


「つ、月川先輩! ははっ、驚いたな。酔いはもう覚め──」


「美味しかった?」


 冷たい笑いを浮かべていた。


 そんな先輩の存在そのものがどこか不気味な存在感を持っていた。


 いつの間にか性欲なんて消え失せていた。


「あはは、すんません。冷蔵庫勝手に開けちゃって」


「いやいや、構わないよ。それで、どうだった?」


「美味しかったですよ、肉は」


 ワインには言及出来なかった。


 口にしてはならない気がした。


 しかしテーブルには飲みかけのグラスがあり隠せるはずも無いのだが、そんな冷静な反省は咄嗟に出来なかった。


「何肉だと思う?」


「何でしょう。お高い牛の肉なら嬉しいなぁ」


「人だよ」


 絶句だった。


 思いつかなかった訳では無い。


 赤ワインは間違いなく血なのだ。


 そこからあの肉が人肉なのではないかという想像は出来た。


 しかし想像妄想の範疇で留まってほしかったからこそ、そうは答えられなかったのだ。


「ただしタダの人肉じゃない」


「有料ですか? なんつって」


「そうだね。ある意味でお金よりも価値のある物を支払っているよ」


 気持ちが悪いぞ、この女。


 こんな状況で冗談を言う俺も俺だが、それを広げてくれるなよ。


 分かるだろ、俺のこの恐怖と動揺が。


「魔法少女。噂くらいは聞いた事があるだろう?」


「日曜朝、箒に乗って空飛ぶ少女ですか」


「そう。日夜街を悪魔から守る魔法少女。箒には乗らないけどね」


 冗談は要らない。


 明言しろ。


 そしてこの場から逃げられる隙を見せてくれ。


「君が食べたのはまさしく、魔法少女の肉だよ」


「人と何か違うんですか。まさか魔法少女は都市伝説だからカニバリズムにはならないとでも? 嬉しいなぁ、赦されたいなぁ」


「赦そう、私がね。ああ、だが一切れくらいは残してほしかったなぁ。アレが無くちゃ私達はより多くの人を殺さなくちゃならない。それは危険だ。バレるリスクが高まるからね」


「つまりこういう事ですかね。月川先輩は宗教上かつ私的な理由で少女の肉を食い若さと美貌を保ってきたと」


「近からず遠からずだ。美貌は種族の特徴だし、人間の基準で言えば若さなんてものは桁違いの大昔に犬に食わせた」


 ああもう、イカれてる。


 種族がどうとか言い出した。


 厨二病って事で良いか。


 にしては拗らせ過ぎだ。


 妄想の中にまで文句を言うつもりは無いが、いよいよ現実の少女に手を出してしまってはお縄不可避だろう。


「そして宗教なんて最も忌避したい文化だね。信念がどうだ、信心がどうだなんて腹の足しにもなりやしない。そもそも私達は生きる為に食っているに過ぎないのだから」


「アンタ、何者?」


 言っちまえ。


 殺すなら殺せ。


 はいはい、俺が悪かった。


 まさか先輩がこんなサイコパスだなんて思わなかった。見極められなかった俺が悪いか。


 どうせ殺されるなら最期にその乳拝ませてほしいもんだ。


 そして揉ませてくれ。


 ダメだな、そこまでいっちゃ我慢できる訳無いじゃないか。


 一発ヤらせてくれたら死んでも良いよ。


「死んでも良いだなんてそんな事言わないでくれよ」


「心の声が聞こえるんすか」


「まあね、それが私の種族特有の力さ」


 ピーーー(自主規制)


「ちょっと、笑えないな」


 なら、ピーーー(自主規制)をピーーー(自主規制)したい。


「人間こわっ」


「じゃあせめてその巨乳に俺のを挟んんぅ!?」


 一瞬、何が起きているのか分からなかった。


 確かめると、先輩の適度に厚く柔らかい唇が俺の言葉を遮ったのだった。


 理解してしまえば俺の手は早かった。


 なのだと把握し、右手で先輩の左乳房を揉みしだいた。


 すると先輩の艶めかしい舌が俺の口の中を侵略してくる。


 舌がピリッと痺れた気がした。


 口に幸せ一つ、右手に幸せ一つ。そうなれば当然、強欲な左手は先輩の股に伸びる。


「おっと、そこまでだ」


 健気に幸せを望む俺の左手は先輩の右手に阻まれてしまった。


「この期に及んで清純派気取りですか」


「いいや、そろそろが我慢ならないだろうからね」


 下半身に潜むはとっくに我慢の限界だ。


 分かっていながら何故止める。


「違う違う、もっと内側さ」


「内側?」


 そういえば腹の奥が熱い。


 居るはずの無い何かが暴れている。


 胎児が腹の内側から蹴ってくるのはこういう感覚なのだろうか。


 だとしたら世の子持ち女性達は我慢強すぎる。


 それは蹴るなんて生易しい表現では収まらない程に暴れまわっている。


 腹の内側に居る何者かから殴る蹴るに噛みつくなどの暴行が加えられている。


 今すぐここから出せと叫んでいる。


 バカを言うな、人体の出入り口は二ヶ所しか無い。


 そのルールを破るつもりか。


「破るのはルールじゃない、まさしく未来君の腹部だよ」


 俺の腹が膨れ上がり脂肪と筋肉と皮の破断伸度が限界を迎える。


 先輩の言う通り、ソイツは俺の腹を文字通り突き破り血に塗れて姿を現した。


 次に瞬きをすると、腹が破れ内臓が丸見えの男が目の前に居た。


 鈍い音を立てて俺は床に倒れ込み、一方はと言うと軽すぎる身体が重力に逆らい宙に浮かんでいるのだった。


「契約完了だ」


 先輩が不気味に笑み、やがて俺は意識を失った。



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