優等生不良ちゃん

四国ユキ

第1話 不良、屋上

 困った、不良に絡まれてしまった。

 高校三年に進級し初日の一限の授業を終え、サボるために屋上に向かう途中だった。屋上へ向かう階段は一ヶ所しかない。その階段へ向かうために廊下を歩いていたら、不良女子五人組が廊下を占領するようにたむろしていた。私は意に介さず、廊下の真ん中を歩き、五人組の間を縫うように突っ切った。

「おいおいおい、いい度胸だな」

 右手首をつかまれ、むりやり振り向かされた。私の手首をつかんだのがリーダー格らしく、取り巻きがニヤニヤしている。百六十ある私より少し小さい。

「舐めてくれるじゃん、優等生さんよ」

 この学校でなら、私は優等生だ。学年一位以外になったことはない。だがそれは決して私が優秀というわけではない。この学校のレベルの低さに問題がある。ここは県内有数の荒れている学校で、入試では名前さえ書けば受かるようなところだ。勉強が苦ではない私にとってここで常に一位を取ることは容易だ。

「別に舐めてはないけど。離してよ、いつまでつかんでんの?」

 そんな高校だからか漫画やドラマでしか見ないような一昔前のステレオタイプな不良が集まる。田舎で文化が少し遅れているというのもあるかもしれない。

 とはいえ、他人に誰彼構わず絡む人は珍しい。授業をサボったり先生の言うことを聞かなかったりは日常茶飯事だが、基本的にはグループで固まって楽しく過ごしている。

「そういう態度が舐めてるって言うんだよ」

 これまたどこかで聞いたことのある台詞だ。私は笑いそうになるのを堪える。

「何笑ってんだよ」

 表情に現れてしまったらしい。私は慌てて真顔を取り繕った。別に怖いわけではない。ただ面倒くさい、早くこの場をやり過ごしたいだけだ。授業をサボって何かをやるわけではないが、少なくともこの不毛なやりとりよりはましのはず。

「笑ってないって。もういいでしょ、私のことは」

「だからさあ……」

 そういう態度が、とか五対一だけどどうするの、とか不良が早口で捲し立てる。でもそんな言葉は右から左へ抜けていく。このまま流していれば気が済むでしょう。

「聞いてんのかよ!」

 突然の大声に我に返った。聞いていなかったが、そんなことを言って火に油を注ぐ気は毛頭ない。

「聞いてるよ」

 この一言でさらにヒートアップしたようだった。さらに声を荒らげ、早口になる。若干唾が飛んでくるから勘弁して欲しい。これ以上何を言っても結局は難癖をつけられるのだろう、もう黙っていよう。たまたま虫の居所が悪かったと諦めるしかない。

 私のいる廊下に面している教室から何人もこちらを面白そうに見ているのが目に入った。見世物じゃないんだ、授業に戻れ、戻れ。あ、ここの人たち授業なんか受けないか。退屈な授業なんぞより、こっちの方が百倍は面白いはずだ。

「うるせえよ」

 静かだが、力強い声がした。

 私の前方からショートカットの金髪で背が高い女子が歩み寄ってきた。目が細くつり上がっているためかキツい印象を受ける。結構見上げないと顔が見えないから、百七十くらいだろうか。そして右頬に大きなガーゼが張られている。喧嘩の痕だとでもいうのだろうか。

 私に絡んできた不良が振り向き、げえ、と変な声を上げる。

「夜崎だ……」

 それまでニヤニヤしていた取り巻きの顔に緊張が走り、傍観していた不良たちも教室に引っ込んでしまった。

 手首をつかむ力が緩んだ隙に振りほどいた。意外にも抵抗されず、私に絡んできた不良は夜崎と呼ばれた金髪だけを見ている。

「さっきからうるせえんだよ」

 不良五人組は明らかに怯んでいる。この不良たちは言わば小物だ。思春期で反抗期で、周りの雰囲気に合わせ、ちょっと悪ぶって不良のモノマネをしているだけ。少なくとも私の目にはそう映る。手首をつかまれたところで恐怖を感じなかった。ただ大声で怒鳴るしか能がない感じ。でも、夜崎さんは違う。背の高さも相まってか、まとっている雰囲気が他の人とは違う。

「白けた、行こう」

 私に絡んできたリーダー格の不良が小さく呟き、夜崎さんのいる方とは逆方向に逃げていった。

 おお、凄い。たった二言で不良五人組が尻尾を巻いて逃げていった。夜崎さんのお陰で面倒ごとが回避できた。

 廊下が急に静かになった。夜崎さんはさっきまでのことなど何もなかったかのように私の横を無言で通り過ぎようとした。

「あ、夜崎さん、助かったよ、ありがとう」

 夜崎さんがはじかれたように私を見た。この場に私がいることに初めて気がついたような反応だった。

「……助けたつもりはない」

「その台詞格好いいね」

 言ってから怒られるかも、と少し身構えた。私の意に反して、夜崎さんは興味なさそうに無視し、歩きだしてしまった。

 絡まれるのは面倒だが、無視は無視で少し寂しい。

「ねえねえ、どこ行くの」

 私は夜崎さんの少し後ろを歩きながら聞いた。

「保健室。サボる」

 また無視されるかと思ったが、短く返してくれた。会話すること自体は嫌がられていないみたいだ。

 それにしても保健室か。サボるなら一般的で、正直言って面白味に欠ける。学校を抜け出すとか言うのかと思っていたのに。いや、そのつもりがあるなら最初から学校になんて来ないか。

「保健室ぅ? つまんないよ」

「……どこ行ったってつまんねえだろ」

 夜崎さんは相変わらずこちらを見ずに答える。

「屋上行ったことある?」

 私はポケットから鍵を取り出し、わざとらしく音を出しながら、私の顔の前でちらつかせた。

 これには夜崎さんも少しだけ興味が出たのか、私の方を振り向いた。どうやら釣ることには成功したらしい。

「……屋上は鍵が掛かってて入れないだろ」

「それが入れるんだなあ」

 私はもう一度わざとらしく手に持っている鍵をちらつかせた。夜崎さんの視線が揺れる鍵に合わせ動く。

「一緒に行かない?」


 四階建ての校舎の屋上に出た。屋上に繋がっている扉を素早く閉め、念のため鍵を掛けた。

 雲一つない青空が広がっている。暖かいそよ風が全身を包み、朗らかな日差しと相まって気持ちがいい。こんなに天気がいいのに授業なんか受けている場合じゃない、そう思って二限以降はサボろうと決めていた。

 私は制服が汚れるのを厭わず、コンクリートの屋上に大の字で寝転がった。日差しは眩しいが、開放的だ。

「夜崎さんもほら。気持ちいいよ」

 私は呆然と立ち尽くしている夜崎さんに声をかけた。夜崎さんは信じられないものを見るような目で私を見ている。

「お前、屋上の鍵なんてどうやって……」

 普段は屋上の扉は鍵が掛かっていて、生徒は出入りができないようになっている。安全面から言ってそれは当然だ。いくら私が優等生だからといって、先生から屋上の鍵を預かる、なんてことはあり得ない。

「鍵なんか、お店で頼めば簡単に複製できるじゃん」

 一年生の頃、職員室に入り浸っていた。入り浸っていた、と言うのは語弊がある。よく職員室に呼ばれていたと言う方が正しいか。この荒れた学校基準では成績優秀だが、授業をサボりすぎだと注意を受けていた。他にもサボっている人はいっぱいなのに、なぜ私だけと不満が募る中、鍵を一括管理している場所を見つけた。一枚のベニヤ板に釘が何本も打たれ、そこに鍵が掛けられていて、ありがたいことにどこの鍵かを示すテプラが張られており、その中で屋上の鍵を見つけた。私は先生たちの目を盗み、家の鍵とすり替え、屋上の鍵をお店に持ち込み複製した。後はまたこっそり鍵を戻し、絶好のサボり場所を確保したというわけだ。屋上なんて先生でも使わない場所だから、ばれていないはず。

 そのことを夜崎さんに説明すると呆れた顔をし、私と同じように大の字で寝転がった。金髪に日の光が反射して眩しい。

「サボるだけなら保健室でいいだろ。お前のやったことリスク大きすぎないか」

「最初は保健室でサボってたよ。でも寝てるだけでつまんないんだよ」

「ここでも寝てるだけじゃないのかよ」

「そうだけど、自由度が違うよ。保健室だと保健の先生の目があるけど、ここは誰もいない。完全な自由」

 思わず熱がこもってしまった。そう、最初は保健室でサボっていた。でも、退屈で窮屈だった。保健の先生、それに私と同じようにサボっている人たちばかり。学校に来ない、もしくは抜け出すことも考えたけど、それで補導されて、お祖母ちゃんに心配をかけたくなかった。先生への不満が爆発して屋上の鍵を手に入れるという暴挙に出てしまったのだ。

「確かにそうかもな。連れてきてくれてありがとう」

 周りから恐れられる不良からありがとうなんて言葉が出てくるとは思わず、驚き夜崎さんの顔を見つめてしまった。夜崎さんは目を閉じ穏やかな表情で気持ちよさそうにしている。

「つーか、犯罪じゃないの、鍵の複製」

 私はこれが何かの罪に当たるのかしばらく考えたが、思いつかない。

「犯罪になるのかな。何も盗んでないし。借りた鍵はちゃんと返したよ」

「……まあ、何かの犯罪だったとしてもあたしには関係ないからどうでもいいけど」

 この日はそれ以降何も喋らなかった。私たちはお昼も食べず、全ての授業が終わるまで屋上で寝転がっていた。何とも言えない心地よさと満足感で温かな気持ちになった。

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