第4話 氷の女王と膝枕

 「うっわ」


 登校をしてきた島野海人しまのかいとは隣の席の友人を見て驚愕をした。


 「涼介りょうすけ、頭でも打ったか?」


 無用な心配をしてくる友人に冷たい視線を浴びせながら、黒野涼介くろのりょうすけは首を振って否定する。


 「別に、頭は打ってないよ。というか、うっわは酷くないか?」


 二人は高校からの付き合いだが、涼介が勉強が嫌いで学校でするような人間ではないことを海人はよく分かっていた。

 そんな涼介が勉強をしていたら、驚くなというのが無理な話だろう。


 「いやだって、お前が学校で自主的に勉強をするより槍が降る確率のほうが高いと思ってたからよ」

 「いや、酷いな」

 「だって事実だろ」


 確かに、海人の言う通り涼介が自主的に勉強することはテスト期間を除いてまずない。

 実際、氷見鏡花ひやみきょうかの影響なのだから、間違った認識ではない。


 「まあな」


 何も言えなくなった涼介は一言呟いて勉強を続行しようとしたが、海人の視線が気になりシャーペンを机に置いた。


 「何が聞きたい?」

 「別に、俺は何も言ってないぞ」

 「言葉にしなくても視線でわかるんだよ。俺が勉強をしてる理由が気になってるんだろ」

 「おお正解。さすが親友だな。言葉にしなくても俺の気持ちは伝わるんだな」


 大げさな反応を見せる海人にため息をつきながら、仕方がなく勉強をする理由を話した。


 「へぇ、なるほど。あの氷の女王から直々に勉強をね」

 「そうだ。あの人は勉強を教えるとなると、厳しくなるからサボれないんだ」


 鏡花との勉強会のことを説明をすると、海人は納得したように頷いていた。

 当然、ご褒美の膝枕のことは伏せて話した。


 「まあ、いんじゃね。お前馬鹿だし」

 「事実だけど、事実は時に人を傷つけることを覚えておけ」

 「悪かったって。でも、実際前期の成績ゴミだったからよ」

 「うっ……」


 脳裏に浮かぶのはテストの成績。

 散々なテストの点数のせいで、夏休みも補修で学校に行くはめになったのだ。

 

 「嫌なことを思い出させるなよ。お前もこっち側だと思ってたのに」

 「残念、さすがにそこまで馬鹿じゃねえよ」


 海人は髪を金色に染めており、いかにも不良少年と言った風貌なのだが、残念なことに涼介よりは勉強ができるのだ。

 いや、涼介ができなさすぎると言ったほうがいいだろう。


 「まぁ、頑張れよ」

 「おう」


 そんな親友からの励みの言葉を受け取りながら、涼介は一日単語を覚えながら過ごした。

 鏡花には昨日勉強に集中するから会いに来ないで欲しいと、伝えていたので一日単語を覚えることに集中ができた。


 「じゃあな涼介。勉強頑張れよ」

 「ありがと。また明日」


 校門で海人と別れて急いで帰宅した涼介は、鏡花が家にくるまで必死に単語を覚えた。

 

 「おじゃまします」

 「いらっしゃい鏡花姉」


 しばらくすると鏡花が家にやってきた。

 挨拶もそこそこにすぐに涼介の部屋に移動した鏡花は、さっそく鞄から紙を取り出して涼介へ渡す。


 「早速で悪いけれど、テストをさせてもらうわ。準備はいいわね?」

 「うん。完璧だよ」


 自信満々な涼介の様子に驚きながらも、嬉しそうに頬を緩ませた鏡花はテスト開始の宣言をした。


 「はじめ」


 テストの時間は三十分。

 しっかり勉強をしていた涼介に長過ぎると思えたが、始まってみるとそうはならなかった。

 なぜなら、半分ほど解いた時点で問題を解く手が止まってしまったからだ。


 「うーーーーん」


 確かに勉強をしたはずなのだが、なかなか出てこなかった。

 それでもなんとか問題を解こうとするが、無常にも時間はきてしまった。


 「そこまで。お疲れ様、採点が終わるまで休んでていいわよ」

 「うん。そうする」


 自信満々だった涼介の面影はなく、今は魂の抜け殻となった絶望をした涼介の姿がそこにはあった。


 「終わったわ涼介くん」


 すぐに採点が終わり、鏡花に呼ばれる。 

 見たくもないが、逃げることはできないので諦めて現実を直視する。

 目の前に出された紙には、半分まで丸がついているが、残りはほとんどバツ印がつけられている悲惨なのだった。


 「ごめんなさい鏡花姉。必死に勉強したんだけど駄目でした」


 言い訳はせずに、涼介は潔く謝罪をする。

 

 「なぜ謝罪をするのかしら?」

 「えっ?」


 涼介の謝罪に対して、鏡花は困惑していた。


 「勉強をしたいなかったのならわかるけれど、そうではないでしょう?」

 「うん。ちゃんと覚えようとした」

 「それはちゃんと伝わってるわ。昨日は一問しか解けなかったのに、今日は半分も正解してるもの。そんなあなたを怒るなんてとんでもないわ。よくやったわね、お疲れ様」


 鏡花は涼介の努力を認める。

 そう、鏡花だけはいつも涼介の努力を認めてくれたのだ。


 「ありがとう鏡花姉!」


 要領が悪い涼介を見捨てずに、根気よく教えてくれたのは鏡花だけだったのだ。

 結果が出なくても叱らずに、鏡花はいつも涼介の努力をしっかり認めてくれていた。

 スパルタ指導なところのみを覚えて、大切なその事を忘れていたのだ。


 「もう少し、低い点数になると思っていたから驚いたわ」

 「頑張ったからね」

 「ええ、よく伝わったわ。それじゃあ、約束通り膝枕をしましょうか」

 「ありがとう」


 辛い時間を乗り越え、ついに念願の膝枕の時間となった。

 昨日はお試しだったので、すぐに終わってしまったが今回は長く堪能することができる。


 「いつでもいいわよ」

 「失礼します」


 恐る恐る横になった涼介はゆっくりと頭を鏡花の膝に沈める。


 「おー」


 一日ぶりの柔らかな感触に思わず歓喜の声を上げてしまう。

 さらにご褒美はそれだけではなかった。


 「よく頑張ったわね。えらい、えらい」


 鏡花が優しく涼介の頭を撫で始めたのだ。

 子供をあやすようで少し恥ずかしかったのだが、膝枕をされながら頭を撫でられるというのはとても安心感があり、徐々に瞼が重くなり、気づけば涼介は眠ってしまっていた。


 「ふふっ。相当疲れていたようね。お疲れ様」


 涼介が眠っても膝枕をやめずに、鏡花は頭を撫で続けた。

 涼介は鏡花が膝枕をすることに恥ずかしさを感じていないと思っていたが、実際はそうではなかった。

 涼介が眠ったことで必死に抑えていた感情をを緩めた鏡花は、恥ずかしそうに頬を染めるごく普通の女子高生の姿がそこにはあった。


 「膝枕で本気を出すなんてかわいいわね。好きよ、涼介くん」


 学校では見せない表情をしながら、鏡花はそう呟いた。

 その鏡花の言葉は、幸せそうに眠る涼介の耳には届かなかった。

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