万引き犯の妙な企み

ワタリヅキ

本編

 いいか、俺は今から万引きをする、という理解不能な宣言を友人からされた。それも金曜日の夜11時に、だ。

 その時間といえば、月曜日から金曜日までの学校生活に一区切りが打たれ、明日からの休日をどう過ごそうか考えながら、ゲームをしたり漫画を読んだり、いわゆるゴロゴロするのが最高に幸せな時間帯だ。

 そんな時に、無料の通話アプリの通知音が鳴り、見ると例の友人から一言『俺は決意した』とメッセージが届いたものだから、僕はどことなく嫌な予感がしたのだ。

『何をどう決意したんだよ』と僕が返信すると『万引きをしようと思うんだ』と、まるで生徒会長に立候補を決意したかのような勇ましい文面で、とんでもない犯罪の予告が返ってきた。『いいか、俺は今から万引きをする。駅前のコンビニで、それもニュースになるくらいの万引きを、だ』

 それで仕方なく、僕は急いで外出する準備を整え、親にはちょっとコンビニに行ってくるとだけ伝えて家を飛び出した。ニュースになるくらいの万引きが果たしてどんな万引きなのか皆目検討もつかないが、そもそも一体どうして、僕があいつの犯罪を防止しに行かないといけないんだ。心底納得がいかなかったが、ただひとつだけ、明白な理由はあった。

『お兄ちゃんがまた勢いよく家を出て行った』

 それは、友人の妹からのメッセージだった。続いて『よくわからないけど、嫌な予感がする』というメッセージも届く。兄妹として何か感じるものがあったのだろう。心配して僕にメッセージをしてきたのだ。

 その友人の妹からのメッセージの直後、友人から万引き宣言のメッセージが届いたのだった。こうなれば、僕は駅前のコンビニに行かざるを得ない。なぜなら僕は、その友人の妹のことが異性として気になっていたからだ。彼女が心配しているというなら、僕がその心配事を晴らしてあげなければならない。つまるところ、僕はその下心に突き動かされて、今まさに、夜の町を必死になって走っているということになる。


***


 コンビニに到着し店内の様子を伺うと、雑誌コーナーの前で友人が本を立ち読みしていた。見たところ、万引きを思わせるようなところはない。

 しばらく走ってきたので僕の息は上がっていて、ゆっくり呼吸を整えながら友人の近くに歩み寄り「おい」と小さく声をかけた。

 友人はこちらを振り返ると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ「やっぱり来たな」と笑った。

「何がやっぱり来たな、だよ。あのメッセージは何なんだよ」と僕が不機嫌に言うと、彼は「まあ、まあ、そう怒るなって」と言って僕の怒りをよそに相変わらず笑っている。「よく見てみろよ」

「だから何を」

 すると彼はそっとレジの方を指差して、

「あの店員」

「だから、なんだよ」

「すっごく可愛いだろ」

「はあっ」

 僕が呆気に取られていると、

「俺は漫画を立ち読みしているふりをしていて、実はあの店員の娘を盗み見しているんだ」

 盗み見。

「お前、いい加減にしろよ」

 僕は彼の肩をつまみ上げて無理矢理店の外へと引きずり出した。夜中に万引きするとメッセージを送っておいて、心配して来てみたら好みの店員の姿を盗み見していたという、冗談にもならない愚行を見せられたのだ。これで怒らない人はいないだろう。

「悪かった、悪かったって」

 彼は引きずられながらふざけた態度で平謝りをし続けた。「そう怒るなって」

「どういうつもりなんだよ、夜中にメッセージ送ってきて」

「いや、実は」と言うと、彼は何か合図をするかのように「もう出てこいよ」と言う。

 すると、コンビニの建物の影から人影が姿を現した。最初は暗くて誰か全くわからなかったが、電灯の灯を受けてそれが友人の妹であることがわかった。

 僕は訳が分からなかった。「なんでここに」

「お前に話したいことがあるんだってよ」友人はそう言うと、妹の背中を押して僕の前に立たせた。「ちょっと、やめてよ」と言いながらも、彼女はそう抵抗することもなく僕らの間に入ってきた。

 おもむろに友人が「プロポーズ大作戦」と言うと、彼女は「やめてよ」と言って顔を赤らめ、そして両手で顔を覆い隠した。

 僕は状況をうまく飲み込めずにたじろいでしまった。何が何なのか、どこまでが冗談でどこからが本当なのか、変なドッキリを受けているような気分だった。

「冗談はよしてくれよ」

 かろうじてそう言うと「いや、これは本当なんだ」と友人が言う。「冗談ではなく、本気の」

 そう言われて彼女の顔をあらためて見ると、さっきまで赤らめていた顔の意味が理解できた。僕と彼女はこれまでに数ヶ月、メッセージのやりとりを続けていたが、まさかこのような形で進展を迎えるとは思ってもいなかったので、僕まで顔を赤らめてしまう。

「ちなみに」と僕が恐る恐る聞く。「この作戦を考えたのは」

「もちろん」友人は妹の肩を叩き「こいつ」

 僕は恐れていたことが的中してしまい、大きなため息をついた。

「そういうことか」

 兄妹の血は繋がっている。妙なことばかりしている兄に、それを利用して僕を呼び出し告白しようとする妹。

 そして、そんな彼女を好きになってしまった僕。

 たとえ性格や考え方が変わっていたとしても、恋心を抱いてしまった以上は、そしてそれがお互い両想いだと知ってしまった今は、もうこの恋愛がどんな展開に繋がっていくとしても止めることはできなかった。おそらく、いや、確実に、色々と大変なことが待ち受けているだろう。しかし今はそれ以上に、僕は心の底から純粋に心嬉しかったのだった。まあ、そんなものだろう。

「うん」と友人が腕を組んで唸り声を上げた。「これは、ニュースになるくらいの万引きだったな」


Fin.

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万引き犯の妙な企み ワタリヅキ @Watariduki

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