第68話 模倣犯
生嶋の暗殺を皮切りに極左勢力など、与党に反感を持つ勢力の勢いは増した。ヒューノイドの神話が崩れたいま、与党が進めていた政策である特別延命処置法案など、国民の理解を得られるわけがなかった。そしてその崩壊の笛はさらなるテロリズムの温床として感染症のように広がっていった。
あれからたった数日という短い期間に、日本各地で模倣犯が現れた。その度合いは人それぞれだが、この犯罪率の増加が生嶋事件の波紋であることは明らかだ。
ある者は犯罪の準備段階でセキュリティロボットに捕まり、殺人予備罪として逮捕され、ある者は自作の拳銃を製造して逮捕された。だがそれだけには留まらず、セキュリティの網目を潜り抜け、本当にヒューノイドに対して射撃まで至った者まで現れた。
いままでなら銃弾を食らおうと、ナイフで刺されようと、再び直せばいいという考え方があったが、国民の目には生嶋の死が焼き付いていた。
もしかしたら死ぬかもしれないという恐怖が心を締め付けるのと同時に、もしからし殺せるかもしれないという犯罪意欲の増強に結びついたのだ。
たった数日で全国の犯罪件数は何倍にも膨れ上がった。犯罪は独り歩きする。集団心理とは良くも悪くも勝手に出来上がっていく。
全国民を疑心暗鬼にさせるには総理一つの命と著名人の数人の命は十分すぎるほどの効能となった。
そしてついにあの悪夢が再来してしまう。
生嶋事件から数日後、北海道の札幌市内で一人の女性が射殺され、消失した。市民の証言からすると生嶋事件と同じように胸に一発の弾丸を食らった女性は灰のようになり、その場から姿を消したという。犯人はすぐに捕まり、北海道警察がその身柄を取り押さえたが、物的証拠はいたってシンプルな猟銃だった。
弾丸は撃ち込まれた一発のみで、放たれた弾丸も同じように消え去ったという。
公安三課の沢渡はその情報を聞きつけるとすぐに北海道へと高飛びし、その事件の真相を突き止めるべく赴いた。
新千歳空港にキャリーケースを引きながら連絡通路を進むと、そこには道警の警部が待ち伏せていた。警部は背筋を伸ばして精一杯の敬礼をすると、沢渡の荷物を受け取ろうとした。
「ご足労いただきありがとうございます。沢渡警部」
沢渡は不愛想に頭を下げると、キャリーケースを押し付けた。
「……それと」
「僕のことは気にしないで」
沢渡と行動を共にしているのは朱雀日和だった。朱雀は生意気な態度で刑事の肩を叩くと、沢渡の後をついていった。
「沢渡警部、こちらは?」
「公安が雇ったホワイトハッカーだ。この事件に直接関わるから連れてきた」
「はあ……」
刑事は呆気にとられ、朱雀を見つめていた。まだ小学生くらいの子供が公安に雇われたハッカーなどにわかに信じ難い。その様子を見た朱雀はくすくすと笑っていた。
「時間がない、こちらの話はその後だ」
「ええ、分かりました」
警部は小さく頷くと、キャリーケースを抱えながら小走りで先頭に立ち、空港の入り口を指さして言った。
「送迎者を用意しておりますので」
沢渡と朱雀は警部と共に空港のロータリーへと回り込んだ。無数のタクシーが乗客を待っている中、ただ一台真っ黒いセダンが停まっていた。
警部はその車のドアを開けると、二人を後部座席へと乗り込んだ。
シートに座った沢渡はシートベルトを締めるよりも先に、警部に問いかけた。
「現場検証の資料と凶器の詳細を見せてくれ」
「はい、こちらになります」
警部は振り返ると、車のARモニターを操作して、資料を表示した。
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