第66話 喉元

「すぐにここを出るわよ」


「そのほうがよさそうですね」


 バッグを肩に掛けながら特別管理室を飛び出した。先ほどまで真っ暗だった廊下は赤色灯の明かりで照らされている。

 二人は走ってエレベーターに乗り込むと、一階のボタンを連打した。警報を聞きつけた常駐警備員が駆け付ける前にこの建物から出ていないと怪しまれる。

 一階が表示され、エレベーターの扉が開いたら、二人は全速力で入口へと向かった。ミヤムラクリーンの社用車にエンジンがかかり、ドアも自動で開いた。車の中に飛び込んだ持永はハンドルを切って出口へと向かう。

 取り敢えず敷地から出ることに成功した二人は大きな溜息をつき、肩をなで下ろした。


「どうだった?」


 復活したレイレイがナビに姿を現し、能天気にそう言った。持永は車を自動運転に切り替えると、いつにも増して真剣な眼差しで見つめる。


「あなたジェンダー特区のサーバーに侵入できる?」


「ジェンダー特区……ああ地下フロントのことね」


「地下フロント?」


 樽井が聞き返す。


「うんそうだよ、ジェンダーは地上じゃ暮らせないからね。東京の地下に昔あった水路を利用して暮らしているんだ。そこなら紫外線も防げるし、樹々も育つ。政府もそれは容認しているし、彼らは自分たちの居場所としてそこを地下フロントと呼んでいるんだ。ジェンダー特区は政府がつけた蔑称だよ」


「詳しいわね」


「僕は人種の隔てなくみんなに愛されているから当たり前だよ」


 持永はそのレイレイの言動が少し鼻についたが、それをさらりと流し、さらに質問を重ねた。


「じゃああなたはそこを知っているね」


「もちろん、渾沌の情報はそこで手に入れたんだもん」


 持永と樽井はその言葉を聞いてお互いに頷き合った。


「地下フロントのサーバーからアルファオメガが侵入したんだ。その時のログを遡って、位置情報を割り出せばその場所を示すことは可能だよ」


「なぜアルファオメガが動いているんでしょうね。運営会社はとっくに倒産していますよ」


「不思議なことに地下フロントのサーバーだけでは動いているんだよね」


「そこも気になるわ。ちなにみその地下フロントのサーバーを運営している会社も地下フロントにあるわけ?」


「それは違うみたい……元々日本のベンチャー企業が作り出したブラウザが流用されている」


「もしかしてファインドソフトか」


「さすが樽彦ね、よく知っているわ」


「知っていますよ。なんたって凄い勢いでしたからね。ファンドソフトは日本のIT技術を界に知らしめた会社です」


 樽井の知識は確かだ。元々民間企業の視察などをしていた時期がある。民間ITの知識は持永よりもずっと長けている。


「その会社はいまどこにあるの?」


「それがもうないんです。倒産したんですよ」


「え?」


 話を掘り下げれば掘り下げるほど謎が深まる。目を丸くした持永は硬直した体を向き直して、聞き返した。


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