第49話 異邦人

 それから数年後、印波は大学院を経て、教授になる。

 すると次々に論文を発表し、すぐに博士号を獲得。そこからも功績を残し、二十代の若さでノーベル賞の候補に残るなど、その才能を存分に発揮した。

 その背景にはずっと由良島に対する敗北感が付きまとった。いつか見返してやりたい、あのいけ好かない口調をぎゃふんと言わせたい。そんな子供じみた思いが印波の原動力となっていたのだ。

 そして約十年の時を経て、二人は再開する。印波が三十一歳、由良島は二十八歳の春だった。研究チームの中でもとりわけ若かった二人だが、その才能は抜きん出ていた。

 しかしその二人には確実な差があり、その差が埋まることはなかった。大人になった今でも、印波は由良島の噛ませ犬だった。人口臓器の開発に成功したときも、人工交配の理論を構築した時も、ヒューノイドを完成させた時でさえ、由良島という男の力がそれを越えていき、印波の人生はずっと由良島という障壁に阻まれているようだった。

 この世界は救われた。だが救ったのは由良島だ。印波は形ばかりに「影の立役者」などと言われることにいい加減、苛ついていた。非道なメディアのように敗北者と言えばいい。医療を踏襲し、あくまでも人体を尊重した理論は由良島の認識のみを尊重した理論に遠く及ばなかったのだ。


 人々は人類の危機を救った由良島を称賛した。日本人の誇りのように報道され、ある時にはその人格さえも賛美される始末。大衆はいつだって一片しか見ることが出来ない。ただし印波は知っている。由良島が持つ、あの悪癖は未だ治っていなかったのだ。

 ヒューマノイドは言わば、人間の魂をつなぎ留める媒体だ。由良島は早々に自分の肉体をヒューマノイドに移行したのだが、やはりこの男には自我を保つための女が必要だった。

 そのため由良島は印波の技術を自分の欲望のために悪用したのだ。これは世間で誰も知らない話である。その悪行を何度も止めようとした。だが由良島も壊れていた。人の心を失っていたのだ。

 由良島は脳の記憶を他の人体に移植する実験に成功したのだ。つまり由良島は動かなくなった人体を見つけては、記憶を移行し、性行為に及んでいたのだ。ヒューノイドでは柔肌を体温を感じ取ることができない。由良島は結果としてはヒューノイドの機体を捨て、肉体となった。そして肉体を恒久に取り換える永久機関として人体を手に入れたのだ。

 だがそれは他人の肉体である。入れ物が古びれば取り換えるという事実上の不老不死はますます由良島を人から遠ざけていった。

 だが奇しくもこれは印波の技術である人工臓器の研究を踏襲したものだった。人工脳を作り上げるために由良島は印波の技術は盗み出し、初めて人の論文の参考にしたのである。

 そして由良島はある日、学会からも、印波の前からも姿を忽然と消した。

 行方不明になった由良島を誰もが捜索したが、肉体をその度に交換する由良島を見つけるのは困難である。由良島は天才の神話となって、消えていった。

 だが印波だけが、その影を追い続けていた。

 それから数十年後、印波はついにその尻尾を掴んだのである。

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