第23話 被差別者

 彼女はドローンから死角となる壁に背を付け、大きく息を整えた。彦根はその横で、座り込み、その立ち姿を見上げる。

 以前会った時とは雰囲気がまるで違う。あの時は猫被っていたというのか。今の彼女におしとやかの欠片もなく、男を凌ぐほどに凛々しかった。

 身を隠し、落ち着いたのもつかの間、ドローンの音が次第に近づいてくる。ブォーンという機械音にただならぬ不快感を覚えた。

 ふっと息を吐いた彼女は無言で飛び出し、ドローンと相対した。


「おい!!」


 彦根の言葉が聞こえないのか、凄まじい集中力で迫りくるドローンを見つめ、懐から拳銃を取り出した。

 瞬く間の出来事だった。彼女はトリガーを三回を引き、目にもとまらぬ早撃ちを披露したのだ。放たれた銃弾はドローンのプロペラを破壊する。

 制御が効かなくなったドローンはゆらゆらと回転しながら地面に落ちた。

 銃声とマズルフラッシュを横から見つめていた彦根は開いた口が塞がらなかった。拳銃をホルスターにしまい、笑顔を見せる彼女に困惑しながら、問いかける。


「君は何者なんだ……?」


 すると長く伸びた髪の毛をかき上げながら笑顔で答えた。


「鈴鳥恵奈よ、よろしくね」


 自己紹介を受けた彦根は立ち上がりながら、自分の名前を言う。


「彦根桐吾だ」


「さっきも言ったけど、世の中には秩序の外に出ているものだってあるの。わたしもその一人よ」


 彼女はそう言うと、周りを見渡した。誰もいないことを確認すると、飲食店のゴミ箱を無造作に移動し始めた。


「何をやっているんだ?」


「このまま街を歩いていたら、殺されるわ」


 ゴミ箱を移動するとそこには突如としてマンホールが現れた。今では下水道など使われていない。それにより、ほとんどのマンホールはコンクリートで埋められた。その要因として挙げられるのが深刻な水不足だろう。

 水は最初に枯渇し、貴重な存在となった。

 生活用排水の概念が消え去り、使用した水はその場でろ過して再利用する。限られた淡水は高級物として扱われるようになった。

 つまり水は使い捨てではなく、定期的に入れ替えるものとして生まれ変わった。一家に一台、水のろ過装置が取り付けられ、そこで循環させて古くなった水は月に一度、業者によって交換される。それがいまの主流だ。

 それにヒューノイドは排泄しない。食事も全て虚像であり、実像ではないのだ。要するに明月亭で食べた高級料理も所詮は虚像であり、視覚情報と味覚情報が料理のうまさを再現しているだけに過ぎない。実際に口にしている食材は人工オートミールであり、世の中から腕の立つ料理人は消え去ったのだ。


 恵奈はマンホールを開けると、梯子に足を掛け、どんどん深くへ降りていく。呆然と見つめる彦根を見上げると、少しはにかみながら言った。


「なに突っ立てるのよ。早き来なさいよ」


「どこに連れて行く気だ」


「秩序の外側の世界よ」


 彦根は大きな溜息をつくと、恵奈に倣ってその深い深淵へと足を踏み入れるのだった。


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