第21話 演説者
会場にいた人々は我先にと逃げ出した。皆銃声など聞いたのは初めてだ。例え死なないと分かっていても、突如として襲い掛かる乾いた音は大きなパニックを生む。
すぐに警備用ロボットが総理の周辺を囲み、壁を作るが、銃弾は既に総理の額を貫いていた。いったいどこから狙撃したというのだ。そもそも銃口を向ければ、すぐに警備用ロボットがそれを察知して、総理を守るはずだ。警備用の人感センサー人々の動きを常に監視していて、その範囲圏内の安全を保障している。そのため銃などの危険物はすぐに見つかり、即時逮捕される。
それよりも肝心となる銃はどこで手に入れたのだ。徹底された情報統制社会の中では密輸入も困難である。その上、精度の高い防犯システムが町中を張り巡らせ、人々の動きは全てを監視されているため、受け渡しも不可能だ。
だが彦根の脳内にはあの脱線事故が蘇った。AR世界に対するアンチテーゼ。生嶋はそう表現したが、この狙撃もそうなのではないだろうか。
会場は地響きがするほど混乱していた。逃げ惑う人々、泣きすがる人々、さらに一発の銃声で困惑していたデモ隊にも沈黙の後、歓声が上がった。
「生嶋が撃たれたぞ!!」
誰かがそう叫ぶと、いきり立ったデモ隊が柵を乗り越えて、会場に侵入してきた。騒ぎ立てるデモ隊によって先ほどまで厳粛な空気が漂っていた開会式場が一瞬にして無秩序な空間へと変貌した。
そんな中、彦根は逃げ惑う人々に逆らうように生嶋の元へと走っていった。警備用ロボットに囲まれた生嶋は額を押さえて倒れている。
「サイバー庁だ!! 通してくれ!!」
彦根は自分の認識データを掲げながら、ロボットを押し退けて、生嶋の元にやっとの思いで辿りついた。
「彦根君……」
顔の半分を手で覆った生嶋はそう言って、片方の手で彦根の肩を突かんだ。その瞬間、生嶋の顔に不可解なノイズが走る。まるで生嶋の外見データに大きなエラーが生じたように。
「私は死ぬだろう」
「何を言っているのですか、ヒューマノイドは……」
すると生嶋は首を横に振った。
「事象には反例がある。君も気が付いているはずだ。もう私の体は動かない」
そんなはずはない。ヒューマノイドはたった一発の銃弾で破壊される程やわではない。額を撃ち抜かれたと言っても、たかが頭蓋パーツが損傷しただけだ。病院に行き、整備士が交換すれば済む話だ。
だが不思議とそうは思えなかった。まるで生嶋は生身の人間かのように消えてしまいそうだった。
「総理……このノイズも、その声も」
「そうだ」
生嶋の声が次第に掠れていくのが分かる。ただ喉が掠れているのではない機械的な雑音が混じっている。まさしく壊れたスピーカーである。彦根はいまになってやっと気が付いたことがる。撃ち込まれた弾痕から毒が広がるように倒壊が始まっている。
ぼろぼろと崩れ落ち、人の体が鉄くずに変わっていく、人体の原型を破壊していった。
「最期に君に会えてよかった。だから一つだけ言わせてくれ……」
「総理……」
彦根は生嶋が差し伸べた手を強く握りしめた。
「君が導け、この国を託す」
その言葉と共に生嶋は人間からただの鉄塊に変貌する
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