第20話 演説者

 国際展覧会――

 万博とまではいかないが、東京で催される世界各国の文化物、芸術品を集めた展覧会である。このために建設された白いドーム状の会場には世界の芸術家たちの抽象的な作品が多く展示されている。そこがメインエリアとなり、他にも様々なブースに分かれていた。 

 そのメインエリアの入り口から真っすぐと伸びた場所に、この展覧会を象徴づける高さ十メートルほどのモニュメントがあった。

 日本の有名芸術家によって創られた「二つの自由」という作品らしいが、この不気味な形をした銅像にどのような意味があるのか、芸術趣向がない彦根にはさっぱり分からなかった。

 そのモニュメントの前に開会式のステージが設けられ、客席がずらりと並べられていた。後方からは報道の大型カメラが待機しており、会場内は会場内で人がごった返していた。

 ステージの脇には来賓用の机と椅子が設置されている。そちらを見ると各界の著名人が肩を並べていた。政治家や女優、さらには有名アイドルが日本のアイコンとして来席している。日本人の代表として品性の笑顔で座っていた。

 

 ここに来るまでにも念入りな荷物検査と身分証明の確認が行われた。警備は警備用ロボットが徹底して行っている。かなり厳重で、ネズミ一匹すらも入る隙が無い。この警備ロボットの性能の良さも海外に示すよいチャンスである。

 そのため企業にとっては外から騒ぎ立てるデモ隊の声が、よいパフォーマンスになったのかもしれない。そんな性能が高いロボットによって、外に出されたデモ隊の怒号が飛び交う中、式は始まった。


 彦根は椅子に座らず、植林された広葉樹の陰から、ステージの先にあるモニュメントをぼんやりと眺めていた。

 開会式が始まると、ステージ上では司会者が進行していた。ステージの脇から代わる代わる人が現れては一言祝辞を述べてい去っていく。

 彦根はこの式典自体には微塵も興味がなかったため、明月亭で会った生嶋の顔をなんとなく思い出しながら、その登場を待った。あの男はどんなことを言うのだろうか。生嶋の演説はまともに聞いたことがない。

 するといよいよ司会者か総理大臣の名前を口に出す。

 待っていたかのように、会場の外からデモ隊のシュプレヒコールが聞こえてくる。そんな不名誉な入場テーマと共にステージの袖から総理大臣が現れた。


「今回はこのような式典に……」


 誰でも言える定型文をつらつらと口に出す。このような場所でする演説など当たり障りにないことだけだろう。彦根は広葉樹の幹に寄りかかり話半分で総理の声を聞いていた。

 生嶋の話は五分ほど、続いたが法案に関することは一言も言わなかった。ただ堂々と国際展覧会への祝辞を述べ、日本の文化について語る総理。まるで法案についてのことは避けているようだった。

 何か面白いことを言うのではないかと期待したいが、総理とての日常も存在する。変化を望んでいても、変化しない日常をこなさなければならない。

 彦根は幹から肩を離し、踵を返した。

 時計を見ても、ハイヤーを下りてからまだ一時間も経っていない。このままサイバー庁に戻って山積みになった仕事をこなすか。恐らく電車に乗って帰った方が早そうだ。そんなことを考えながら会場からを離れようとすると、耳を刺すような鋭い音が鼓膜を揺らした。

 この心臓に直接、響く音を以前にも聞いたことがある。全身の毛が逆立つような感覚。

 この鋭い音はまさしく銃声だった。

 一瞬の間を置いた後、会場は悲鳴に包まれた。

 振り返ると、総理の周りに人が集まっている。まるでスローモーションのように生嶋の体から力感を抜け、崩れ落ちるように倒れた。



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