第11話 穿って疑って受け止めて

「「「ごちそうさまでした」」」


 三人で手を合わせる。


 満腹だ。食べすぎた時の苦しさはなく、幸福感だけが俺を満たしている。


「すみません、あとミックスパフェを一つ!」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 元気よく手を上げたニースに、女性店員が答える。

 まだ、食べるのか……。


「ここではどれだけ食べても太りませんからねぇ」


 なんていい笑顔をするのだろうか。ニースの周囲がキラキラしているような錯覚さえ覚えてしまう。食べるの好きなんだな。


「ところで、リハツさんはいつから始めたんですか?」

「ん? 今日から、だけど」

「今日!?」


 がばっと立ち上がるニースに俺は気圧される。


「あ、ああ」

「そうですか……すごいんですね。私は一年くらいやってるのに」


 ニースはなぜか乾いた笑いを浮かべて、再び座った。


「すごい?」

「あはは、私、その最初は戦闘職もしてたんですけど、色々あって怖くなって職人になった口なので」

「あー……確かに怖いよな」


 仮想現実とわかっていても、リアル、いや現実そのもののような世界だ。スライムと対峙しただけでも、自分に敵意を持って攻撃してくる、というのは中々に恐ろしい。


 今は多少慣れたけど、それでも新しい敵が出ればまた恐怖が迫って来るだろう。

 特にあのゴーストとか。なにあれ、ホラーじゃん。


「それでずっと戦闘は避けてきたんですが、このままだともったいないかなって、依頼をしてくるプレイヤーさんとか見てると、ちょっと思っちゃって」

「俺も今日が初めてだからなんとも言えないけど。君の、あー、ニースの回復は本当に助かったよ」

「そうですか?」

「あ、ああ。正直ソロでずっと行こうと思っていたんだけど、パーティーだとやっぱり違うなぁって」

「よかった……でも、パーティーちょっと怖いですよねぇ。知らない人と組むと」

「全員初心者とかなら、まだいいかもしれないけどなぁ」


 それでも俺は無理だと思うけど。知らない人と話すなんて、考えるだけでぞっとする。必要に迫られれば多少は耐えられるけど。今も、ニースとある程度話せるのは、助けた助けられたという構図があるからだ。


 それでも内心は緊張している。


「ですねぇ。ただ、友達と一緒にやってて、その中に入るとかは勇気がいるというか」

「ヘイ、ミックスパフェお待ち!」

「あ、どうもぉ」


 店主は颯爽と現れ、颯爽と消えていった。


 ミックスパフェ。その名の通りミックスしている。果物のようなものや洋菓子。あとは和菓子とか、カラフルななにか。うん、ミックスだな。


「ああ、わかるかわる。輪の中に入るのはな……」

「ですよね! ぱくっ、んむっ、私もそういうのがあって気後れしちゃうんですよね。けど、ソロが出来そうなタンクもアタッカーも出来そうにないし……バッファーかヒーラーで迷ったんですけど。どうせなら、人を助けられるジョブがいいかなって思って」

「それで僧侶を選んだのか」

「ええ。けど、やっぱり無茶だったのかもしれません。ネトゲでも下手な人って色々言われるじゃないですか? 多少マシとは言え、ここも変わらないと思うし。それに詐欺なんかも多少あるみたいで……職人してても色々注意しないといけませんし」

「SWはマシなのか?」

「そうね。かなりマシだと思うわ。情報管理しているし」


 リリィがしたり顔で会話に入ってきた。


「どういうことだ?」

「ネトゲの寿命を縮める理由はいくつかあるけど、一番の理由ってなんだと思う?」

「……重課金?」

「それもあるけど、一番は情報が出尽くすことよ」

「攻略情報が出るってことか?」

「そうですね。リリィさんの言う通りで、少し前、それこそSWのサービスが開始される五年前以前は攻略サイトが蔓延していましたから。初心者でさえ、予習しろだの、事前に調べろだと言う人達が多かったです」

「攻略本片手にゲームするみたいなもんか」

「そそ。そんなの楽しくないじゃない? だって楽しみの半分は奪われてるし、自分で考えて成すっていう部分も味わえない。けど、人間楽な方に行くものだから。情報があれば見てしまう。見ないでプレイしても周りからは、情報を見ることが常識だと言われる」

「SWは違うのか?」

「まず現実での情報は制限されているわ。攻略サイトは即時閉鎖。雑誌やメディア媒体も情報は制限されてる。当然、ネットもね。せいぜいが口コミ程度で済んでるって感じかな。それこそゲームが台頭していたカセット時代に近い状態になっているわ。それよりも情報が少ないけれど」

「情報がない方が楽しい、ってことか。だけどそんな言論統制みたいなこと出来るのか?」

「エニグマなら出来るわ。なんせ、医療機器を発展させた企業だから。ほら、クレイドルもその一つよ。リハビリにも使えるし、入院時手間をかけることもない。快適だし、寝たきりの患者を介護する必要性も薄くなった。日本は介護や医療に関してかなり問題があったからね。それがすべてと言わないまでも、かなり解消されたわけだし」


 SW登録料、プレイ料金、クレイドル使用料や税金で五百万なわけだし、クレイドルだけならもっと安いのか? それでも俺には手の届かない額だとは思うけど。


「じゃあ、実際そういう人達もプレイしてるのか?」

「してるわよ。全員じゃないけど、入院は精神的な負担が大きいから、ストレス解消にも役立っているわけ」

「……ファンタジーで、か?」


 想像してみる。老人がファンタジーの世界で、冒険者として戦う。レアドロしたわー、なんて会話をしている推定八十歳、富子さんが妄想の中ではいい笑顔をしていた。


 いや、無理があるだろ。


「ファンタジー以外のサーバーに行く人も多いですよぉ。高年齢層の人達は、SFサーバーと大正サーバーに行く人が多いとか。ごちそうさまでした!」


 ファンタジーサーバー以外もあるのか。それは知らなかった。

 何気の食べるの早いなこの子。食いしん坊みたいだ。


「大正は、うん、わかる。けどなんでSF?」

「昔の方がSF最盛期だったからじゃない?」

「そんなもんかね……」

「リハツさんはなんでファンタジーサーバーを選んだんですか?」

「ん? いや、選べるの?」

「え? ええ、選べますけど」

「おかしいな、俺は」


『ちょっと待った』


 音声と共に、視界の右下にログが出た。

 口を開くとばれるので俺はリリィを一瞥。すると口の前に人差し指を立てた。

 話すなということらしい。一体なんなんだ。


『説明しておくけど、普通のプレイヤーはあんたみたいに勝手にサーバー選ばれないから』


 なんだ? どういうことだ?


「俺は、なんでしょう?」

「あ、えーと」

『救済プログラムを受ける人間は、説明の後、平静を保てないことが多いのよ。だからサーバーは勝手に企業側が決めてるわけ』


 ああ、そういうことだったのか。確かに、あの時、俺はまともな精神状態じゃなかった。


 いや、待てよ。でも名前や種族は自分で決めたぞ?


「まさか、間違ってサバ選んじゃいました?」

「あ、えと、そう! そうなんだよ! 実は慌てて選んじゃってね」

「そうだったんですかぁ……」

『ちなみに種族や名前は後で選びなおせないから、選ばせただけ。サーバーは移動出来るからね』


 なるほど。クレームがあってはならないということか。

 しかし、ここまで強硬手段をとっているのに、なんとも殊勝なことだな。

 もっと強引に決めてもいいようなもんだが。ちょっとイヤだけど。


「でもサバはいつでも変えられますから。サバ間旅行、なんてものもありますしね」

「へぇ、そうなんだ」

『わかってるとは思うけど。サーバーが勝手に選ばれるのは救済プログラムを受けている人間だけ。つまり、それを話せばばれるかもしれないってこと。気をつけなさい。あたしはどっちでもいいけど、引きこもりだった、ニートだったなんて知られたくないんじゃない?』


 確かに。あえて引きこもりでした、なんて言いたくはない。


 しかしこの後ろめたさはなんだ。


 ニースと話しているのに内緒話を並行して行っている。目の前でひそひそ話されるあの不快な感じを与えているような。きついんだよな、あれ。本人達に悪気がない場合は多いだろうけど、こっちは悪口言われてるんじゃ、とか勘ぐって精神的に負担がかかる。


 でも、レベッカさんの前でもしてしまったな。今後は控えよう。


 この話題は、どうも気が乗らないな。リリィとの内緒話も継続したくはない。なんとなく、ニースに悪い気がするし。


「え、と、そう! そういえば、転職ってどうやってするんだ?」


 ニースはきょとんとした表情のまま小首を傾げた。

 これは強引過ぎただろうか。話題を変えるの下手すぎだろ、俺。


「転職、ですか? それだったら冒険者ギルドのランクを上げればグランドクエストが受けられますよ。クリアすると転職出来るようになります」

「そ、そうか。ちょうど素材もあるし、納品出来ればいいんだけど」

「イエロースライムの素材ですか?」

「ああ、うん。よくわかったな」

「私も狩ってましたから。調子に乗って奥に行ったら、絡まれちゃいましたけどね」


 自嘲気味な笑みを浮かべるニースを見て、俺は慌てて会話を戻した。


「で、の、納品出来るのか?」

「出来ますよ。ギルドクエストでありましたから。あ、プレイヤークエストもあるんで間違って納品しないようにしてくださいね。プレイヤーが出す依頼は報酬が良い場合もありますけど、ぼったくりな場合も多いので。それとギルドの貢献度は得られませんから」

「へぇ、クエストにも色々あるんだ?」

「ええ。ギルドクエストは、討伐クエスト、納品クエスト、昇格クエスト、グランドクエストがありますね。グランドクエストはストーリーに関連する内容です」

「プロローグみたいなのはあったけど、ほとんど語られなかったなぁ」

「あんまりシステム側で作成しないようにしているとか。SWはプレイヤー主導が基本になっていますから。要望を出せば変わることもしばしばあります。なんでもかんでも通らないですけどね。システム側がバランスを考慮して採用しているみたいです」

「確か、NPCがほとんどいないんだっけ。プレイヤー主導だからか?」

「ですね。本来、システム的な、例えば、冒険者ギルド、お店、開拓の制限、商品の流通、その他諸々はすべてプレイヤーが運営、管理しています。なにもしなければ発展もしないし、商品もないということですね」

「……大変そうだな」


 けど、面白そうでもある。システムの制限が少ないということは、やるべきことがないということだ。つまり、やりたいことを優先して出来る。


 今はまだ、目的はないけど、その内出来るかもしれない。そう考えれば、この自由度の高さも納得がいく。


「ですねぇ。でも上手く回ってますよ。ただ、統治者がいないので、統制がとれないというデメリットもあります。なので、最近は王様のような地位を作るべきでは、という声も上がっていますね」

「実際、現実ではそうやって歴史を築いているわけだしなぁ。そう考えるのも当然だろうな。ここは仮想世界だけど、現実と変わらないような感覚もあるし」

「ええ。ただ反対の声も大きいですね。一プレイヤーが権力を握れば、増長する可能性が高いですから。今は役割分担して、先導するギルドが状況に応じて指示を出したりしてますね。普段はプレイヤー達は自由ですし、従わないのも自由です。評価システムはありますが、晒す掲示板とかはないですからね。結構、好きにやってる人が多いかもです」

「話を聞いても実感がわかないなぁ。わからないことが多すぎて」

「少しずつ覚えていきますよ。私もそうでしたから。でも、未だにわからないことが多いですけどねっ!」


 ニースは一年プレイしている。ということは俺のかなり先輩だ。それでも戦闘経験がほとんどないようだし、やることが多いんだろうな。


「あ、ちなみに、私は普段裁縫をしています。布、革系の装備や道具は作れるので、なにかあったら連絡くださいね」

「あ、ああ。ありがとう。助かるよ」


 まだ、よくわからないけど。厚意であることはわかる。


「そ、それでですねよかったら、その、フレンド登録いいですか?」

「フレンド!?」


 おいおい初日から女の子とフレンドとかどうなってるんだよ。


 これはあれか美人局か。ニースは実は俺を騙して、金を巻き上げようと……そんな金ないけど。初心者を騙しても大して金はとれないだろ。わざわざ助けて貰うように仕向ける手間を考えると割にあわないどころじゃない。


 いや、早合点するな。


 まさか俺の将来性を見抜いて!?

 コミュ障でデブで陰気な性格の俺のどこに将来性があるんでしょうかね。


「だ、だめでしょうか……?」

「いや! だめじゃない! けど、い、いいのか?」

「はい! ぜひ!」


 なんていい笑顔するんだ、この子は。

 こんな顔されたら、他意なんて一切ないと思わずにはいられないじゃないか。


「え、えとじゃあ、よろしくです」

「やったぁ、ありがとうございます! じゃあ、申請しますね!」


 きっとニースは博愛主義なんだ。そう結論付けて、俺はそれ以上考えるのをやめた。


 『ニース・ホワイト があなたにフレンドを申し込みました。受諾しますか?』


 俺はすぐさま『はい』を押した。

 がっつき過ぎだって? 俺が友達になれる人なんて、そうそういないんだぞ。この機会を逃したら一生いないかもしれない。


 しかも相手は性格も良さそうな、年下のふんわり系美少女だ。お近づきにならないでどうするというのか。


 あ、でも自分から連絡するとか無理だけど。


「来ました! これで登録出来ましたね! これからよろしくおねがいします」

「あ、うん。よよ、よろしく」


 ちなみに童貞は内心では嬉しくてしょうがない時は、顔に出さないようにクールを装う。しかしどもっていたり、明らかに動揺しているという特徴がある。つまり傍から見て丸わかりだ。


 ご多分に洩れず、俺も狼狽している。


「その、それで、重ね重ね図々しいとは思うんですが……」

「な、なにかね?」


 俺の口調が迷子だ。

か怖いんだもの。


「よ、よかったら、その、固定組みませんか?」

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