詠唱魔法
――――時は少し遡り、闘技場地帯。
「「……………」」
闘技場の中央で朱音と藤堂は睨みあっていた。
闘技場地帯は遮蔽物がなく、転送直後相手の位置がすぐに分かる。
試合開始直後、二人は攻撃を仕掛けずに様子見をしていた。
「藤堂先輩、来ないんですか?」
「それはこちらのセリフだ。先手は譲ってやる。さっさとかかってこい」
「じゃあ、遠慮なく。“プロミネンス”」
朱音は左手を前に出し、炎の魔法のボイスコマンドを口にする。
「ふんっ!」
藤堂は朱音が出した炎を摸擬刀の一振りでかき消した。
「やっぱり、生徒会相手にこの程度の魔法じゃ撹乱にすらならないわね……」
想像通りの強さに朱音は冷や汗をかいていた。
「やはり聞いていた通りだな」
「何のことですか?」
「お前がボイスコマンドのみの第一位階魔法しか使えないと言うことがだ。ポテンシャルだけで言えば生徒会に入っても不思議じゃない。だが、魔法を使う才能がなかった。惜しい人材だ」
「あら? 私は第一位階魔法しか使えないなんて一言も言ってませんけど?」
「お前のことは有名だ。下手な駆け引きは止めるんだな」
「下手な駆け引きか、この摸擬戦で証明してみせますよ! “ウォーターウェーブ”」
朱音は広範囲に水の波を起こし、藤堂の視界から消える。
「その程度、攻撃にすらならんぞ!」
藤堂は朱音の魔法を一刀で切り伏せ、朱音の元に接近しようとした。が……。
「いない……?」
先ほどまで朱音が立っていた場所に彼女の姿はなかった。
「…………………………」
ボソボソと呟く声が背後から聞こえ、藤堂が振り返るとそこに朱音はいた。
「何をぶつくさ言っている! 背後を取ったくらいでいい気になるなよ! “鳴神”」
藤堂は摸擬刀に雷を纏わせ朱音を斬りかかる。が、……。
「“風雲の鉄槍”!」
朱音のその言葉と共に、地面から鉄の槍が無数に飛び出し藤堂を襲う。
「っく!」
完全に不意を突かれた藤堂は朱音の攻撃を受けきれず、手足に軽い手傷を追った。
「な、何だ今の魔法は!」
朱音相手に後れを取った、と言うことよりも朱音の使った魔法に藤堂は驚きを隠せなかった。
「鉄属性の第三位階魔法、そしてそれに風属性の魔法を纏わせる第二位階魔法。単体で見れば、学生の範囲内で使えなくはない魔法。だが、その複合となると第四位階レベルと遜色ない難度だ。つい先日までボイスコマンドしか使えなかった人間の出来る芸当ではないぞ!」
藤堂の言う通り、これは第三位階魔法に相当する属性応用による鉄属性魔法、それに加え属性に形態変化を加え別のものに纏わせる魔法は第二位階魔法だ。
そして、藤堂は気がついていないがこれにはもう一つ朱音が使った技法がある。それは鉄属性と風属性の二属性魔法の使用。これは第三位階魔法に値する。
何故、ボイスコマンドでの魔法しか使えなかった朱音がここまで高度な魔法を使えるようになったのか。それは二週間前に遡る。
――――二週間前。
朱音は逸人に連れられ図書館へと来ていた。
「で、私を強くしてくれる方法って言うのをいい加減教えなさいよ」
「そう焦るなって、えっと確かこっちの方に……」
せかす朱音に対し、逸人は案内板を見ながら目的の場所を探す。
「まさかとは思うけど、この二週間みっちり勉強して使える魔法を増やそうって思ってる? それ無理だから。私が何年勉強してきたと思ってるの? それでもダメだったんだから今更何やっても遅いわよ?」
「お前、それ自分で言ってて悲しくないのかよ……」
「悲しいに決まってるでしょ! 私だってね、強くなれるならなりたいわよ」
「ま、それなら簡単、ではないけど、あるって言ってるだろ。っと、着いたぞ。ここだ」
言い争いながら図書館の中をさまよい続け、ようやく目的の場所にたどり着いた。
「ここって……古典の本が置いてある場所よね。こんなところになにがあるって言うの? まさか、読書すれば魔法が使えるって言うんじゃないでしょうね」
「ま、そんなとこだ」
「本気で言ってるの? そんな簡単に魔法が扱えるならみんなそうしてるわよ」
「だな、知ってたらやってる人は少なくないだろう。けど、この方法は時代遅れとされていて、今の学校の授業じゃ取り上げられないし、知ってる人は少ないだろう」
「はぁ~、この際そのマイナーなことを知ってることに関してツッコまないであげる。けど、それって何なの? ホントに本を読むだけでいいの?」
「ま、騙されたと思って一回試してみろよ」
逸人は本棚から一冊の本を取り出し、朱音に渡す。
「これは……詩集? それも千年前の? これを読むだけでいいの?」
「正確にはそれだけじゃダメなんだが、ちょっと場所を変えるか。ここじゃ魔法は使えないしな」
逸人は朱音を連れて、空いている訓練棟の中へと入る。
「ここなら誰も見てないしいいだろう」
「見られたら困るの?」
「困りはしないが、タネが分かると生徒会側に対策される恐れがある、これはいわゆる隠し玉にしたいんだ」
「まぁ、その辺の作戦関連は口出ししないけど。で、私はどうすればいいの?」
「その詩集に書いてある文章を口に出して読めばいい」
「それで魔法が使えるって言うの?」
「さっきも言ったが、正確には違う。ちゃんと魔法をイメージしなくてはいけない」
「イメージ?」
「例えば、そうだな。この詩」
逸人は適当に開いたページに載っている詩を指差す。
「この詩に書いてあることをイメージしながら読んでみろ」
「分かったわ。騙されたと思ってやってあげる」
朱音は右手を前に出し、詩集に書かれた詩を詠む。
「“それは槍。全てを貫く最強の槍。我が敵を穿つ無敵の鉄槍”」
朱音が詩を詠むたびに突き出した右手に光が集まり出して、輝きを増していく。
「“煉獄鉄槍”!」
最後の詩を詠み終えた瞬間、朱音の右手から鉄の槍が真っ直ぐに飛び出し、訓練場の壁面に穴を開けた。
「う、そ……なにこれ……」
一番驚いていたのは魔法を発動させた本人である朱音だった。
「なに、この魔法……。鉄属性……? いや、でもそれは第三位階魔法。私なんかじゃ到底扱える様なものじゃ……」
「いや、今のはお前自身の力で発動した魔法だ」
「でも、私……え?」
何が何だか分からない朱音は戸惑っていた。
「落ち着け、ちゃんと説明してやるから」
逸人は朱音の持っている詩集を取り上げる。
「いいか? これはただの詩集じゃない。というよりも、詩じゃない」
「詩じゃない? どういうこと?」
「お前が今使った魔法は現代の魔法とは異なる古代の魔法、詠唱魔法と呼ばれるものだ。そして、この本に書かれているのは全て魔法を発動させるための詠唱文だ」
「詠唱魔法……?」
「千年前、まだ魔法が発見されたばかりの頃、魔法とは呪文を唱えて発動するものだという潜在意識が当時の人々の中に存在した。だから、皆詠唱文を考え、それを唱えて魔法を使っていた。しかし、魔法の研究が進んでいくにつれて、魔法は科学に近いものとして考えられていくようになる。その結果、魔法は呪文ではなく演算によって発動するものというのが常識化していった」
「そんな過去があったなんて……。でも、どうして詠唱魔法は廃れていったの?」
「それは魔法の発動速度が大きな要因だ。詠唱魔法はその性質上呪文を唱えてから魔法を発動させるため、時間がかかる。だが、演算による現代魔法ではその時間が短縮されすぐさま魔法を発動させることが出来る。その為、発動速度をより短くさせる為、詠唱魔法は時代遅れとされ、現代魔法が主流となっていった。今では詠唱魔法を知る者も少なくなっていったって話だ。なんてたって学校でその存在すら習わなくなったんだからな」
「でも、私みたいな人からしたら詠唱魔法は相性いいんじゃない? だって、呪文さえ覚えて暗唱出来れば、高度な魔法だって使えるんだから。なのにどうして、学校で教えてくれないの?」
「いらないからな。今の時代そんな詠唱魔法を使うやつなんて」
「い、いらない……」
「だって、そうだろ。今の魔法は科学として扱われて研究が進んでいる。もし、魔法師を目指す者なら、そんな廃れた技術を使えたって意味がない。現代魔法を理解し上手く扱えるものが必要とされている。それに魔法を使った何らかの職業に就こうとなった時も同じだ。発動まで時間のかかる詠唱魔法を使うより、現代魔法でスマートに魔法が使えるものを雇うだろう。ニーズの問題だ」
「そう言われると、何も言い返せないわ……」
「けど、安心しろ。今回の団体戦では十分使えるだろう」
「でも、発動までに時間がかかるんじゃ、その間にやられちゃうんじゃ……」
「普通はそうだな。けど、お前は違う」
「え? どういうこと?」
「小鳥居はただの第一位階魔法でもその威力が桁違いだ。だから、いつも通り第一位階魔法を力任せに撃ちまくって、相手の隙を作る。その間に詠唱して、相手を攻撃する。要するに現代魔法と古代魔法の両方を上手く組み合わせるんだ」
「そっか、それなら何とかなりそうかも」
「後はお前が一言一句たがわずに暗記できるかそれだけだ」
「大丈夫。暗記だけは誰にも負けない!」
朱音は一人意気込み、詠唱魔法の練習を始めるのだった。
「別にあなたに教える義理はないわ」
朱音は二週間前のことを思い出しながら、藤堂の問いには答えなかった。
「多少魔法が使えるようになったからっていい気になるなよ!」
藤堂は摸擬刀を構え、朱音との距離を詰める。
「残念だけど、そう簡単にあなたの間合いにさせないわよ」
朱音は地面に手を付き、ボイスコマンドを入力する。
「“ウォールロック”!」
朱音の魔法により、地面から無数の岩の壁が突出する。
「クソ! 邪魔な壁だ!」
藤堂は摸擬刀で岩の壁を斬るが、それよりも速い速度で壁が形成されていき、朱音の姿を見失う。
「目くらましか。だが、この程度」
藤堂は岩の壁を無視するように真っ直ぐ斬り込んでいき、朱音がいたであろう場所へと向かう。
「いない……!」
さっきまで朱音がいた場所に彼女の姿はなかった。
「っ! 後ろか!」
気配を感じ後ろを振り向くとそこには朱音の姿があった。
「不意打ちのつもりだろうが、甘い!」
藤堂は摸擬刀に雷を纏わせ、突きを放つ。
「“武御雷”!」
藤堂の突きは見事に朱音の腹部を貫いた。
「ふっ、これで俺の勝ちだ」
勝ち誇ったように笑みを浮かべる藤堂。
しかし……。
「一握の砂。二雫の涙。三ツ星の灯。風は凪ぎ、雷鳴と共に顕現するは破邪の声」
「なに! こいつまだ。……いやこれは!」
朱音の声が聞こえ、藤堂は狼狽えた。
「岩の分身!」
藤堂が気づくと同時に摸擬刀で刺した朱音が土塊へと姿を変える。
「本体はどこに!?」
周囲を警戒し、見渡すが朱音の姿はどこにもなかった。
「悠久の時を超え、交わりし五元素。これは破滅の詩」
「上か!」
朱音は土の壁に乗り、上空へと身を投げていた。
「ふん、空中なら身動きはとれまい。このまま……な!」
藤堂の真上に落ちてくる朱音を迎え撃とうと摸擬刀を構えようとしたが、
摸擬刀が動かなかった。
「これはさっきの土の分身!」
朱音の分身を突き刺した摸擬刀はそのまま土の塊によって固定され、動かせなくなっていた。
「小賢しい真似を!」
藤堂は摸擬刀に雷を纏わせ、強引に岩の中から摸擬刀を引き抜いた。
だが、その一手の遅れが致命だった。
朱音は既に詠唱を終え、彼女の背には五つの色が異なる球体が浮かんでいた。
「“五元素の叛乱(エレメントバースト)”」
朱音の背に浮かぶ球体からそれぞれ、火、水、土、雷、風の五属性が生み出され一つに集約していき、藤堂の頭上へと放たれる。
「ぐううううがあああああああ!!!」
藤堂は朱音の攻撃をまともに食らい、気を失った。
「はぁはぁ……勝てた……」
朱音は肩で呼吸しながら、勝利の余韻に浸るのだった。
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