退学の危機

「暇なのだ」



 学校の授業が終わり、自室に戻ると逸人のベッドの上で布団に包まった光咲がいた。



「お前、何してんの?」

「だから、暇なのだ」

「質問の答えになってないが? 俺の部屋で何してんだって聞いてんだ」

「暇だから、暇つぶしを貰いに来たのだ」

「悪いが俺はウナギは嫌いなんだ」

「それはひつまぶしなのだ! そうじゃなくて暇つぶし出来るものが欲しいのだ!」

「それは分かってるよ。わざと言ったんだよ。大体、何だよ暇つぶしって、今まではどうしてたんだよ」

「お菓子食べながら部屋でずっとゴロゴロしてたのだ」

「学校に行かないでか?」

「そうなのだ」

「じゃあ、これからもそうしてればいいだろ」

「飽きたのだ」

「じゃあ、ショッピングエリアにでも行ってくればいいだろ」

「外に出るのは面倒なのだ」

「お前がいつも食ってたお菓子はどうしてたんだよ? 自分で買ったんじゃないのか? ここじゃ通販もないだろうし」

「藍紗に買って来てもらっていたのだ。だから、この学校に無理やり連れて来させられてから、一歩も寮を出ていないのだ」

「自堕落過ぎんだろ……。せめて、お菓子くらいは自分で買いに行けよ」

「そんな私が苦難の末、ここまでやってきたのだ。なんか暇つぶしくれなのだ! PCもゲームもないところに無理やり連れて来させられたことに目を瞑ってやっているのだぞ!」

「いや、別に無理やり連れてきたことに関しては悪いとは思ってないからそれを引き合いに出されても、俺はお前に何もしてやらないぞ?」

「何でなのだ! 少しくらい後ろめたく思うのだ!」

「いつも怠惰な生活送ってるやつにどうして後ろめたく思うだろうか?」

「逸人は鬼なのだ! 藍紗ならこんな時、とても素晴らしい暇つぶしをくれるのだ!」

「じゃあ、藍紗に頼めよ。なんで俺んとこ来たんだよ」

「藍紗はどっか行ってしまったのだ」

「だろうな」

「な! 知ってたのだ!? 藍紗はどこに行ったのだ!?」

「どこにも何も、仕事だよ仕事」

「仕事?」

「とぼけた風に首を傾げるな。俺たちがここに来た目的を忘れたのか?」

「そんなの知らないのだ。気がついたら、この学園に連れて来られていたのだ」

「マジで忘れてやがるよこいつ。いいか? 俺たちはここに大罪魔法の調査に来たんだ」

「大罪魔法? ここにあるのだ?」

「それを調べるんだよ。俺はあいにく別件でそっちの調査に行けないから、藍紗中心に動いてもらってんだよ。暇なら大罪魔法の調査でもしてくれ」

「そんな面倒はごめんなのだ。暇つぶしがないなら、部屋に戻ってこれまで通りゴロゴロしてるのだ」

「それは構わないが、必要なときはちゃんと働いてもらうからな」

「分かっているのだ。契約はちゃんと守るのだ」



 光咲はフラフラとした足取りで自分の部屋に戻っていくのだった。



「さてと、邪魔なやつもいなくなったことだし、準備をするかな」



 逸人はこれから部屋にやってくる和樹とソフィの為に少し部屋を片付ける。



「おいおい! 逸人! 今の誰だ!? 巨乳の子!? あんな子この学園にいたか?」



 少し早めに着いた和樹は大声を上げて逸人の部屋に乗り込んできた。



「騒がしいな、なんだよ。」

「なんだよじゃないよ! さっきの美少女が誰かって聞いてんだよ!?」

「ああ、光咲のことか? あれはただの居候みたいなもんだよ」

「お前の知り合いなのか!? 今、布団を被ったままここから出てきたぞ」

「まぁ、知り合いだが。布団に関してはあいつの習性みたいなもんだ」

「じゃ、じゃああんなことやこんなことはしてないんだな!」

「ああしてない。むしろ、俺が追い返した」

「そうか、ならよかった」



 ホッとした和樹は肩の荷を下ろす。



「しかし、あんな美少女が転入してたら、大事件になっているはずだが俺のとこにも情報が来てなかったぞ? どういうことだ? あの子何組だ? 何年だ?」

「質問が多い」

「あ、わりぃ。でも、気になんだよ」

「あいつの名前は、梓馬光咲。クラスに関しちゃ俺たちと一緒だよ。一応な」

「でも、俺は一度も見てないぞ?」

「だって、あいつ一回も学校に行ってないからな」

「え?」

「だから、一度も言ってないんだよ。学校に」

「なんで?」

「そういうやつだから」

「そういうやつだからって、そんなんで片付く問題なのか? 不登校ってこの学園始まって以来のことじゃないか?」

「そうなのか? その辺は分からないが、光咲は一度も登校しなくてもいいっていう許可貰ってたぞ」

「マジかよ。じゃあ、なんでこの学園に来たんだよ」



 それは逸人の収入の為なのだが、もちろんこの場で逸人は和樹にそのことを言えない。



「さぁな、なんか複雑な事情でもあるんだろ。詮索してやるな」



 逸人は適当に誤魔化すのだった。



「お二人とも大変です!!!」



 息を切らしながら突然ソフィが逸人の部屋に飛び込んできた。



「今度は何だ。美少年でも見つけたか?」

「び、美少年……? いえ、あの、その……」



 逸人が余計なことを言ってしまったせいで、ただでさえあたふたしていたソフィがパニックを起こしていた。



「悪ふざけが過ぎた。一旦落ち着け、何があった?」



 ソフィは一旦深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。



「はい、とにかくお二人にはこれを見てもらいたいんです!」



 そう言ってソフィが取り出したのは一枚の用紙。

 問題なのはそこに書かれていたものだった。



「これって……」

「マジかよ……」



 それを見た逸人と和樹は驚きのあまり言葉を失った。



「成績不審者リスト。しかも、下の注意書きに該当者は退学って……」

「そうなんです。成績が悪かった生徒を退学にする制度を学校側が作ったみたいなんです」

「おい、待てよ。この学園は退学者を出すと問題になるから、今まで出さないんじゃなかったのかよ」

「そのはずなのですが、急にこのようなものが」

「この紙はどこで見つけたんだ?」

「今や学校中に配られています。あちこちの掲示板にも張り出されています」

「ってことはどこかの生徒の悪ふざけってことはないか。この学園は広い。悪ふざけをするにしても規模が大きすぎる」

「それってつまりどういうことだよ?」

「このリストに載っている生徒は退学ってことだろ」

「このリストに載っている生徒って……俺じゃん……」

「私もいます……」



 当然と言えば当然だろう。学年最底辺の二人の名前が挙がるのは当然と言えよう。そして、そこには逸人の知る人物がもう一人載っていた。



「梓馬光咲……やっぱりあいつもか」



 そもそも試験を受けていない光咲も成績不審者として名を連ねていた。



「おい、これどうなるんだよ。俺もしかしてすぐさま退学になっちまうのかよ。追試とかないのかよ」

「私も、こんな形で退学になるのはごめんです。それにまだここでやらなければならないことが……」

「なぁ、一応聞くが、ソフィの親に退学を取り消してもらうことは出来ないのか?」

「それは多分無理です。私、本来はイギリスの魔法学園に通うように言われていたのですが、無理を通して日本の学校に来たんです。だから、お父様からしたらむしろ都合がいいかもしれません。私がここを退学したら、イギリスの魔法学園に入学させることが出来ますから。それにもしそのことがなかったとしても、この学園は神代家によって運営されていますから、最終的な決定権を持っているのは神代家で私のお父様は出来ても口添えをするくらいで退学を取り消せるかどうかも怪しいです」



 神代家とは日本を代表する財閥であり、ソフィのタールフェルト家と同等の財力を持ち世界に名の知れた一族である。

 力関係で言えばお互い対等の存在である為、どちらか一方が命令をするといったことは行えない。

 この二者間の均衡が崩れると戦争が起きかねないレベルの問題へと発展してしまう。



「ソフィの親には頼れないか……」

「なぁ! 逸人、何とかしてくれよ……! 俺、嫌だ! この学園を辞めたくない!」



 必死に嘆願する和樹を見て、逸人は流石に可哀そうに思えてきた。



「ちょっと待て。少し考える」



 そう言って、逸人は目を閉じ、視界情報を全て遮断する。




 これほど急な退学告知。生徒会がこんなことをするメリットが思い浮かばない、となると学園を運営する側の思惑か? それとももっと上、神代家か?

 では、何故退学にさせるか。しかもこんな急なタイミングで。もし退学にするのだとしたら、進級するタイミングだろう。何かあったのか……? ここ最近、この学園で変わったことと言えば……、俺たちの転入か!

 本来、この学園での転入は認められていない。イレギュラー的に俺たちは転入してきた。けれど、それはこの祇嶋学園に転入の実績を作ってしまったことになる。

 と、すれば今後、めぼしい生徒を見つけたら、この学園に編入させるだろう。

 だが、それでもソフィ達の退学にはつながらない。この学園で面倒見れる人数に限りがあるからか? いや、それはない。まだまだ余裕はありそうだ。少なくとも二、三人増えたくらいじゃ大して変わらないだろう。

 ならば、大人数の転入か? いや、それも違う。今回の退学者リストに載っていたのはソフィ、和樹、光咲の三人だけだった。大規模な転入をするのであれば、もっと退学者が出てもいいはずだ。

 ………………ダメだ。情報が足りない。なんにせよ。一番怪しいのは生徒会より上の存在だ。藍紗に頼んで、調べてもらうか。

 和樹はどうでもいいが、このタイミングでソフィと光咲の離脱は今後の報酬に大きくかかわる。何としても退学は阻止しなければ。




「逸人、考えまとまったか?」

「そうだな、とりあえず生徒会に話を聞いてみよう。このプリントを作成したのが生徒会みたいだし、何か事情を知っているかもしれない」

「生徒会……、あ、それなら赤城先輩をさっき見ました」

「よし、そこに案内してくれ」



 逸人たちは急いで逸人の部屋を後にした。

 そして、逸人はひっそりと藍紗に調査依頼のメールを送っていた。

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