生徒会選抜試験Ⅲ
アリーナには生徒会候補生たちがぞろぞろと入場してきていた。
「お前は参加しないのか?」
遥翔は隣に座っている朱音に訊ねた。
「あれだけの魔素吸収率があるんだから、雑魚ロボくらい一掃して一位とか取れそうだけどな」
「……参加資格がないのよ」
朱音は残念そうに肩を落とした。
「ああ、そう言えば、第三位階以上の魔法が使えないとダメなんだっけ? じゃあ、無理だな。だって、お前、第二位階の魔法すら使えないもんな!」
逸人は小ばかにしたようにそう言ってゲラゲラと笑った。
「うっさいわね! 今に見てなさい! そのうち第四位階魔法すら使いこなして見せるんだから!」
「でも、待ってください」
逸人と朱音の会話にソフィが割り込んできた。
「確か生徒会選抜試験の参加条件には一定数以上の推薦状が必要じゃありませんでしたっけ? 小鳥居さん、そこは大丈夫なんですか?」
「…………」
友達のいない小鳥居はソフィの心ない言葉に無反応を示した。
「おい、ソフィ。辞めてやれ。それ以上は流石に可哀そうだ」
「?」
どうやらとどめを刺した本人は無自覚だったようで、首を傾げていた。
「それよりも、生徒会選抜試験が始まるぞ」
準備が整ったのか、アリーナが仮想フィールドに包まれ始めた。
「なんだこりゃ!」
砂漠地帯、森林地帯、水辺地帯などなど、様々な地形が入り混じり存在するフィールドが一瞬にして、アリーナ上に作り出された。
「しかも、なんだこの違和感は。距離感がなんか変だ……」
そう、さっきまで感じていたアリーナの広さとは明らかに違く、今はとても広大なフィールドのように感じるのだ。
「それもそのはずよ。これは仮想フィールド。見せかけだけじゃない。空間そのものを生み出しているの」
気を取り直した朱音が解説を始めた。
「空間そのものを作る?」
「要するに本来、半径二百メートルしかないこのホールも、仮想フィールドを展開すれば、中にいる当人たちにとってはそれ以上の広さ、恐らく今回で言えば半径一キロ、そのくらいの距離に感じているはずよ」
「マジかよ。今の科学技術はそこまで進歩してんのかよ。こういうのもっと他で生かせよ。技術の無駄遣いだぞ」
逸人の言うことも最もだった。この学園で行われている魔法を使った科学技術のほとんどが一般的な生活に用いられてはいないのだ。
「仕方ないわ。これは魔素を多く消費するもの。日常的に使われたら、有限である魔素はすぐにそこを尽きてしまうから」
今現在、一般的に販売されている魔法を使った道具は少量の魔素で動くもののみだ。多量の魔素を使う道具は一般的には出回っておらず、魔法を研究する祇嶋学園等の特別な施設でのみ使用されている。
それは魔素がどこから生み出されているか未だに突き止められていないからだ。
製造元が分からない。それはつまり、魔素が有限であると言うこと。だから、無駄に魔素を使うことは出来ないのだ。
幸い、ある程度の魔素を使っても地球上からなくならないことは確認されている。何かしらの方法で魔素は生み出されているようであるが、その製造方法は未だに謎のままである。
「ま、今は魔素のことよりも生徒会選抜試験だな。これは見たところ、フィールド内にいるロボの取り合いってところか?」
「うん、そうだね。それに加えて、生徒同士の妨害も可能。そして、一定以上のダメージを受けると強制的にこちらの空間へ送還されて、その時点の点数がその生徒の持ち点となるってところね」
「早いもの勝ちか。そうなると、制圧能力の高い魔法が使えるやつと、探知系の魔法が使えるやつが有利だな」
「探知系ってなるとやっぱり、二年の本間さんが頭一つ抜きんでているかな」
「本間?」
「本間夏希さん。ほら、あの水辺エリアにいる水色の髪の女の子だよ」
朱音は目の前のモニターを指差す。
仮想フィールドによって、アリーナの広さが拡張された為に、観客席から肉眼で戦闘を観戦するのは不可能なので、一部の場所に関してはアリーナに取り付けられているいくつかのモニターに映し出されている。
「ああ、あのさっきから全く動かない人か」
「あの人の水魔法は探知能力が高いの。確か、空気中の水素を操ってそこの水素に触れた物体を把握し、周囲に敵となる物体があるかどうかが分かるみたい」
「はへ~、それまた器用な。それだけ繊細な魔法コントロールが必要なら術者が動けないだろうに。攻撃にも転じられないだろうし、他の生徒から妨害を受けやすくならないか?」
「その点は大丈夫よ。ほらあれ見て」
夏希の周囲十メートルほどのところからCランクのロボが夏希の方へ近づいてきていた。
そして、また別の方からも、同じ生徒会候補生が夏希の傍に近づこうとしていた。恐らくは彼女を退場させるのが狙いだろう。
探知魔法に集中している本間はそこから動かない。いや、正確には動けない。完全に挟み撃ちにあっており、どちらに逃げても背後を取られて退場となってしまう。
「おい、あれどう見ても積みだろ。こっからどうすんだよ」
心配する逸人だが、その必要はなかった。
Cランクロボが夏希を補足し、攻撃を仕掛けようとした瞬間、突如として爆発したのだ。
「な! 何だ今の!?」
さらに、別方向から来ていた候補生の近くでも爆発が起き、それに巻き込まれた候補生はあえなく退場となった。
「なんだなんだ? 今何が起きたんだ?」
「あれは水蒸気爆発だよ」
「水蒸気爆発……なるほど、水属性と火属性の合成魔法。なるほど、あれが本間ってやつの第三位位階か」
第三位位階魔法。そこに位置する魔法の定義としては五属性を応用させ別の属性に変化させたもの。もしくは、二属性同時使用。
後者は今夏希が見せた水と火の二属性同時使用。
前者の別の属性とは、火、水、風、雷、土の五属性を発展させたもののこと。有名な例で言えば、氷属性がそれに該当する。
「自分は動かずに敵が近寄ってきたところを容赦なく攻撃する。隙が無く、とても強そうですね」
ソフィは夏希の戦い方を見て、月並みな言葉で褒める。
「彼女の性格が表れている魔法とも言えるわね」
「性格?」
「そうよ。本間さんは出不精であまり自分からは動きたくない性格なの。この学園じゃ結構有名よ」
「なるほど……本間夏希……動かない……お! そうだ! じゃあ、あの人のことはこれから本マグロと呼ぼう」
「え、なんで?」
突然のニックネーム命名に戸惑う朱音はストレートに疑問を投げかけた。
「だって、本間でマグロだから。本マグロ!」
「あ、うん、意味を聞いたわけじゃないんだけど……、ちょっと待って。女の子にそのニックネームはダメじゃないかな!?」
「あまり、逸人の言葉を真に受けるな。疲れるだけだぞ」
逸人と付き合いの長い藍紗はそう朱音に忠告をした。
「どうやら、そのようだね……」
藍紗の忠告を聞き、逸人の言葉を流した朱音は再びモニターへと視線を戻す。
「他に注目する生徒はいるのか?」
「そうね……同じ学年だと彼かな?」
朱音が指差したモニターにはサラサラした金髪をなびかせながら、仮想ロボと戦う少年が映っていた。
「なんだ、あのキラキラしたやつは」
「彼は私たちと同じ学年の浪川裕司。第三位階魔法であるガーディアン生成魔法を使えるわ」
「確かにあいつの周りに何体か、土塊で出来たゴーレムみたいなのがいるな。てか、あのゴーレム、浪川ってやつと同じ姿してねぇか。何かの作戦か?」
「いいえ、あれはただのナルシストよ」
「ナルシスト?」
「自分のことが好きすぎて、自分の姿をしたガーディアンばかり作っているの。本当は他にも色んなタイプのガーディアンを作れるみたいだけど。あれは完全に本人の趣味ね」
「つまり、変態か!」
「そう言うこと。でも、それなのに彼の成績は学年主席なのよね……」
「ウチの学年のトップがあれでいいのか……」
「自分に自信があって、私はいいと思いますけど」
ソフィの言葉に逸人はため息をついた。
「何故そうプラスの方面に捉えるんだ。どう考えてもよくはないだろ。ただ自分が好きな変態だぞ。見ろ、試験中だって言うのに自分の姿をしたガーディアンに見惚れているぞ」
「試験中なのにあの余裕……。しかもそれでいて、確実に仮想ロボを撃破しています……。凄すぎます」
浪川の戦いに感心しているソフィを横目に、逸人は朱音に耳打ちした。
「……おい、あの天然お嬢様はいつもああなのか?」
「ええ、そうよ……。将来、悪い人に騙されるんじゃないかって心配だわ……」
ソフィに聞かれない様にこそこそと話している逸人たちを見たソフィは首を傾げていた。
「ん? おい、小鳥居。あそこのモニターに映っている、竹刀みたいなの持ってる男は誰だ?」
「え? 誰?」
朱音は藍紗の言うモニターに映る男子生徒を探す。
「ああ、あの人は三年生の藤堂弘毅先輩だよ」
「なんだ、藍紗。惚れたのか?」
「バカ言え。あいつだけ武器持ってんじゃねえか。それはありなのかって思ったんだ」
「あ、確かに武器の持ち込みはありなのか?」
「藤堂が持っているのは摸擬刀だよ。あれは学校側が用意した武器だから持ち込みありなの。他にも弓や薙刀なんかもあるよ。あんまり使う人はいないんだけどね」
「なんでだ?」
「ここは魔法を学ぶ学校だからね。武器の扱い方なんて教えてもらえないから、やるなら自己流になっちゃうよ」
「自己流か……。だが、その藤堂ってやつの剣捌きは素人のそれじゃない。自己流であそこまで動けるものなのか?」
「ああ、それはそうだよ。だって藤堂先輩は剣道のスポーツ推薦で入学した人だから」
「剣道のスポーツ推薦? なんだそれ?」
「スポーツ推薦は魔法の素質じゃなくて、運動能力が高いと判断された人に与えられる特権なの。それで藤堂先輩は中学生の時、剣道の全国大会で優勝したんだよ。それが評価されて推薦を貰えたの」
「全中一位か。ってことは同年代では一番剣の扱いが上手いってことか。藍紗が興味を持つはずだ」
「ああ、それもあるが藤堂の持つ摸擬刀をよく見てみろ」
「ん?」
逸人は藍紗に言われて藤堂の摸擬刀を注視する。
「あれは、雷属性の魔法を付与しているのか?」
「ああ、そうみたいだ」
「すげえな。雷属性は微細なコントロールが難しいから、物に属性を付与する魔法は本来第二位階だけど、雷属性だけは第三位階に指定されてたよな」
「そう、それが藤堂先輩の第三位階魔法。雷属性の正確な形態変化よ」
「剣だけじゃなくて、魔法の才能もあったってことか。あ~いやだいやだ、才能マンじゃん」
「確かに、魔法の才能に関しては羨ましい……。だって、あの人この学園に入った時からまともに魔法を使い始めて、もう第三位階魔法の域にまで到達してるからね……。私なんて初等部の頃からやってるのに、いまだに第二位階魔法すら……」
逸人に同調するかのように朱音はブツブツを文句を垂れ流していた。
「あ、そうだ。羨ましいと言えば、あの人も」
思い出したかのように朱音は別のモニターに目を移した。
「あの人って?」
「あの砂漠地帯にいる、眼鏡をかけた女の人だよ」
「砂漠地帯……」
逸人は朱音の言う砂漠地帯が移されているモニターに目を向ける。
「ああ、あの乳のデカいやつか?」
「そう! そうよ! あのおっぱいが大きい人よ! 羨ましい」
「おい、最後の方本音が漏れてるぞ」
貧乳である朱音は恨めし気にモニターを睨みつけていた。
「二人共そう思うわよね!」
そう言って朱音はソフィと藍紗に話を振った。
「え、えっと……」
反応に困ったソフィは目を逸らして、誤魔化した。
「何故私に話を振った? それはあれか? 私が貧乳だからか? え?」
逆に藍紗は朱音にブチ切れていた。
「ええそうよ! 貧乳仲間だからよ! あの乳を見て何も思わないの!?」
「思う!」
怒っていたはずの藍紗は手のひらを返すように、朱音の言葉に同調した。どうやら、敵意を向ける相手が、朱音からあの巨乳の女の子へと移ったみたいだ。
「で、あの乳のデカい人はなんて名前なんだよ」
「あの人の名前は赤城美空先輩。三年生よ。おっぱいが大きいだけじゃなくて魔法力もすごいんだけど」
「へぇ~、どんな魔法を使うんだ?」
「空気魔法よ」
「空気魔法? 聞き慣れない魔法だな。風属性の発展系か?」
「そんな感じ。第三位階に位置する空気魔法はその名の通り空気を操るんだよ。ほら、あれ見て」
それは丁度、赤城と仮想ロボが対峙しているところだった。しかし、そこには不自然な点があった。
「ん? なんだあれ? なんでどっちも動かないんだ?」
逸人はその不自然さに気がついた。
仮想ロボは敵を見つけたら、自動的に攻撃を開始するようになっている。にもかかわらず、赤城を目の前にしてピクリとも動かなかった。
「あれは動かないんじゃなくて動けないの」
「動けない? どういうことだ?」
「今あの仮想ロボの目の前には空気の壁があるのよ」
「空気の壁?」
「そう、赤城先輩の魔法は空気を硬質化出来るの。今仮想ロボは目の前の赤城先輩の方へ向かって行っているんだけど、目の前の空気の壁に阻まれて動けない状態なの」
モニターに映る赤城は動けない仮想ロボに向かって手をかざす」
「来るわよ」
それを見て朱音は察した。次に赤城がとる行動を。
「来るって何が?」
「今に分かるわ」
その瞬間、仮想ロボが後方へ大きく吹き飛んだ。
「なんだ!? 今何が起きた!?」
「空気砲。圧縮された空気はとてつもない破壊力を生む。あれはただの風属性の魔法じゃ出せない威力よ」
「ふえ~、胸がデカいだけじゃないんだな」
感心する逸人に朱音はため息をついた。
「当たり前でしょ。この選抜試験は選りすぐりの生徒たちだけを集めて行われているものなんだから、みんなすごいに決まっているわ」
「いや、そうなんだけどさ。改めてみるとすげぇなって」
「そうね、でも今年はあの人がいるわ。まず間違いなく、彼が生徒会長になるでしょうね」
「そんなにすごいやつがいるのか?」
「すごいってものじゃないわ。あそこに映っているのがそう。橋間先生の弟さん、橋間光樹先輩よ」
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