それはお前の手柄じゃない

乾禄佳

第1話 思わぬ再会

 明田川あきたがわ賞を受賞した藍田あいだ すみれが舞台の脚本をするとニュースになった。当然舞台は注目されていた。そんな舞台の通し稽古中にヒロイン役を務める金子かねこ 奈々ななが演出よりも長く舞台上で倒れているのを不審に思った座長が近寄ると呼吸困難になり動けなくなっていたのですぐに緊急搬送となったが、懸命の処置も虚しく亡くなってしまった。

原因は、アドリブと勘違いされ発見が遅くなり処置が遅れたこと。

当然公演は延期を余儀なくされた。公演を再開するにも時間を要し藍田すみれ脚本の初舞台は大コケと大手ニュースサイトの一面を飾った。


後日、現場検証の為警察が派遣された。それと同時に関係者もすべて集められた。


「いやー、楽しみにしてたからショックだな~。まさかこんな形で会場に入るなんてー」

「あんなに期待されたのにな...。俺チケット取って楽しみにしてたからさ...舞台を見る前に裏側を見ることになるなんて思わなかったよ」

「あれ?話題だから一応見とくかってやつ?」

「あー、まぁ、そんなとこ」


 捜査の為やって来たスーツ姿の刑事二人が話しながら現場となった劇場に入って来て、現場にいる関係者を舞台上に集めた。黒いスーツを着た真面目そうな猫目の刑事は一人現場を一つ一つ確認するかのように歩き回り、人好きそうなチャラそうな紺色のスーツを着た垂れ目の刑事が集めた人々から聞き取りを始めた。


「お初でーす。県警の高島っス。昨日さくじつ未明金子奈々さんがアナフェラキシーショックによる呼吸困難で亡くなりました。当時の事を詳しく教えてく~ださい」

「俺は演じていただけだ!!悪くない!!アドリブだと思ったんだ!!!」

「え~っと...あなたは?」

「あ...あぁ、俺は畑山はたやま 誠壱せいいち。この舞台の座長だ」


 警察官のイメージからかけ離れた、間延びした話し方に一同困惑したが、いち早く自分の無実をはらそうと畑山は話し出した。あまりの早急さに刑事も一瞬たじろぐほどの勢いがあったが、内容がなく高島刑事も少し苦笑いを浮かべている。


「畑山さんってどういう事っすか?」

「台本にはない事を即興で演技するんだ。でもそれはよくあることで...いや...少し変だとは思った.....だが、演技途中で止めるなんてことは絶対ダメだっ!!俺は悪くねぇ!!」

「わかったっス。じゃあ、金子さんが直前に何か口にしているのは見ましたっスか?」

「いや、出ずっぱりで...水くらいしか飲んでるのは見なかった気がするが...」

「あー。おっけーっス。他の方は...?あ、名前とご職業も言って欲しいっス」


 更に状況を聞き出そうと質問しようかと考えていた様子の高島刑事だが、自分は悪くないという主張一点張りの畑山を見て話にならないと判断し話を切り上げ、他の人に話を聞き始めた。


「俺は、監督の柿枝かきえだ けいだ。事故当時俺は、観客席で通し稽古を見ている最中だった。」

「ちなみに座っていた位置は?」

「丁度客席のど真ん中くらいの席だよ。って言っても劇中は客席を転々と歩いて見え方がおかしなところがないか確認していたからほとんど動き回っていたがな」

「金子さんが苦しんでいる時に違和感は感じませんでしたか?」

「畑山君と話し合ってアドリブをしていると思った。それに、舞台を途中で止めるのはご法度。だから、どんな事があっても最後まで見る気でいたよ。」



 柿枝監督が舞台上から指を指しながら説明し、それをメモを取りながら高島刑事が頷きながら聞いている。一応と金子さんが発作を起こす前に何か口にしていたか尋ねていたが、観客席からそんなものが見えるわけもなく柿枝監督は分からないと言った。


「他の方は?」


 30人程のスタッフや演者の名前と役職を端から一気に紹介していき、ほとんどの人が自分の仕事に忙しく違和感は感じたがそこまで気にならなかったと言った。それに自分の仕事が忙しくて見ていなかったと話した。そこで、刑事は金子さんのマネージャーをしている小谷こたに沙耶さやという女性に


「貴女は何も聞いていなかったんすか?」

「演技に関してなにも。よくアドリブをされる人だったのでまたか...とは思いましたけど...いつも終わった後で感想を求められる事はありましたから、今日もまた感想を求められると思い舞台袖から見ていました。」

「様子がおかしいとは思わなかったんすか?」

「迫真の演技としか...。」

「発作前に金子さんと話しましたか?」

「いいえ、登場前はいつもピリピリするので...」


 高島刑事は、"聞き込みはもう終わりだな"と言わんばかりのしたり顔で手帳にペンを走らせ残りの人からの聞き取りを済ませた。そんな中、脚本を務めたすみれは、一つ気になることがあったようで


「柿枝さん演出少し変わりましたか?」

「あ?いや、変えてないけど違和感があった?」

「いえ、あまりにも良かったので演出とか変えたのかなって思っただけです...」

「そうか!よかったか!!...でも、この騒ぎじゃ難しそうだな...」


 監督の言うように延期されることにより話題性はなくなり人々からの関心からは遠のく事になり、すみれが手掛けた脚本は日の目を浴びる事が難しくなったが、脚本を書いたすみれは、監督に演出を変更したかどうか尋ねたが変更はしていないと言われ自身の違和感に一つの仮説が出来た様子だった。


「高島刑事さん一ついいですか?」

「貴女は...脚本家の...藍田すみれさんっすよね?どーしました?」

「金子さんが台詞の途中で苦しみ始めた事です。物語を書いた私としては違和感しかないんです。」

「それでも、相手方の畑山さんも藍田さんも止めなかったんっスよね?自分たちが演じやすい様に変えたと考えるのが普通じゃないんすか?」

「仮にそうだったとしても、アレルギー反応なら本人が本番中、口にするとは思えないです」

「って言われてもね~」

「ちなみにあなたは、金子さんが何か口にしているのをみたっスか?」

「いいえ。客席から動いていないので...」

「おっけーっス」


 高島刑事にちゃんと聞き込みをしてもらいたくて違和感を伝えたが取り合ってもらえず聞き流されてしまった。そんな時、すみれの担当編集者をしているみなみ萌子もえこが人好きそうな笑みを浮かべながら


「私ぃ見てたけどぉ、金子さん袖から出てきた時から咳き込んでいたしぃ見るからに体調悪そうだったよぉ。それにぃ、台本に目を通した事あるけどぉ畑山さんが最初に行動を起こさないと物語が壊れちゃうのにぃそれを分からない人が主役を貰えるとは思えないのぉ」


猫撫で声で高島刑事に説明すると、すみれの話には耳を貸さないような雰囲気で聞いていた高島刑事が打って変わり真剣に南の話は聞いていた。すみれはまだ気になることがあるのだがあの調子ではまた同じことになるだろうともう一人の刑事を探すと近くで現場を見て回っているのを見つけ声を掛けた


「...悉知しっち刑事。」

「あ?」


 もう一人来ていた黒いスーツを着た猫目の刑事、悉知しっち 竜哉たつや。すみれの幼馴染で小学校の頃は一緒に遊んでいた仲で成長するにつれて少しづつ疎遠になってしまっていたが小学校から大学まで一緒の学校に通っていたこともあり妙な信頼関係があった。

 少し威圧感のある雰囲気に近寄りがたさはあるもののすみれが本気で頼れば嫌そうな態度を取りながらも手伝ってくれる頼りがいのある人。


「お願いがあるの。」

「関係者への聞き込みは高島がやってる。用があるならあいつに言え」

「もう言った...」


 その言葉に全てを理解した様で、悉知刑事は深く息を吐き仕方がないと言うかの様にすみれに向き直った。


「で、なんだ?」

「金子さんのアレルギーを知っていた人を探してほしいの」

「そんな事あいつが聞き込みしてるだろ」

「してないから頼んでるんじゃない」


 本業の彼らに口出しするのはお門違いかもしれないが気になってしまったのだから仕方がないと心で申し訳なさを感じながらすみれは悉知に頼んだ。それに見ていたのに助けられなかった無念がすみれの中に残ったが...


「では、貴女と金子さんの関係は?」

「...脚本家と演者で話した事はありません。」

「金子さんに差し入れをしたことは?」

「観劇した日にシュークリームを100個程差し入れしました。でも、個人にではなく演者やスタッフの皆さん全員にです」

「金子さんのアレルギーについては?」

「知りません。今回の事が起きて初めて知りました」

「よし、お前の容疑ははれたな。じゃあ、それとなくスタッフや出演者に探り入れて来い」


 お願いをした事に力を貸してくれるのかと思いきやいきなり聴取を取り始め、それが終わるとさも当たり前かの様に、部下に指示するかのようにすみれに指示した


「私がするの?!」

「俺が行ったらまた来たのかって嫌な顔されるだろ?それに引き換えお前が世間話の様に聞けばそんな事はないだろ。ほら、行ってこい」


 早く行けとばかりに顎をしゃくりすみれを顎で使う。関わりが多かった分この癖が出ている時に逆らうとろくなことがない事を知っているからこそ仕方がないとすみれは諦め、大人しく従い先ほどまでいたスタッフ陣の所まで行き一番近くにいた美術スタッフに声を掛けた。


「あの...」

「ん?どうした?」

「私シュークリーム差し入れしちゃったんですけど...金子さんもしかして乳製品や小麦とかのアレルギーってありました?」

「いや?聞いたことないけどな。それより差し入れありがとう美味しかったよ」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます」


 美術スタッフに聞いたが知らないと言った反応で特にそれといった情報はなかった。他のスタッフにも聞いたが皆同じような反応が返って来た。ただ、演者側は反応が違った。


「アレルギーは知らないけど、なにか食べた後に咳き込んでる事はあったな」

「何を口にした時ですか?もしかしてシュークリームですか?!」

「あー、違う違う。それはおいしいって何個も食べてたよ」

「あれじゃない?ナッツ系」

「あー、それ。一時期ハマって食べ過ぎたとか言ってた」


 ヒロインの母親役を務めている桃井ももい尚根ひさねと弁護士役の刈谷かりや 伸二しんじは近しい役柄を演じていた二人はよく食事に一緒に行ったりダイエット法をお互い教えあったりしていたようでよく話していたようだがそんな間柄でも金子さんが食べられない食べ物は知らなかった。


「どうだ、分かったか?」


 声がしたと同時に後ろから悉知がすみれの頭に腕を乗せた。


「今の所アナフェラキシーショックを起こすほどのものを知ってる人はいなかったよ。てか、重いんだけど...」

「まぁ、いい所に腕置きあったからついな」

「舞台スタッフさんたちは知らないって、でも演者側の人たちはナッツ系が駄目だったかもって事しかまだ聞けてない」

「それってどの程度?」

「咳が出るくらいって」

「あと聞いてないのは?」

「監督の柿枝さんとマネージャーの小谷さんで終わりだと思うけど...」


 すみれと悉知の身長差は25センチ近くあり彼の肩辺りに頭が丁度くる。だから、と言わんばかりに頭の上に置いた腕に体重をかけてくる悉知にすみれは自身の手で悉知の腕を上に押し返す。周りから見たらいちゃついているように見えるが二人にはそんな自覚は微塵もなく、攻防を続けながらも普通に会話を続けていた。そんな二人を気にすることなく高島刑事がすみれの事など目に入らないかのように悉知に話しかけた。


「悉知、これは事件性が高いかもしれない」

「へぇ、そうか。で?」

「母親役の桃井尚根さん、弁護士役の刈谷信二さん、相手役の畑山誠壱の3人が怪しい」

「動機は?」

「わから~ん!」


 自信満々に断言する高島刑事に悉知はどうしたものかといった表情で高島刑事の事を見るが未だにすみれの頭から手をどかしていない状況を誰も突っ込みを入れることはなく、すもれも警官二人の会話から逃れたいが頭の上の手が邪魔でこの場から離れることが出来ないので精いっぱい気配を消すことに専念していた。そんな所に


「高島刑事~...あら、藍田先生いらっしゃったんですかぁ?ダークスーツの刑事さん初めましてぇ。わたしぃ藍田先生の担当編集者の南萌子ですぅ」


 担当編集者の南がやって来て悉知とすみれの距離感を見て一瞬顔を歪めたがすぐに笑顔を貼り付け、すみれの頭の手を置く悉知の手を取り握手したが、悉知はそれを張り付けた笑顔で”どーも”と返しすぐに握手された手を放しすみれの肩に手を回しその場を離れた。


「あの女なんだ?」

「あー、南さんの事?」

「あぁ」

「本人がさっきも言ってたけど、私の出版先の編集者さんで今日も私が脚本家として呼ばれたから一緒に来ただけだけど...」

「そうか。とりあえずお前は俺の協力者になれ」

「ねぇ、さっきから脈絡がなさすぎない?私がお願いしたら聴取して来たり南さんのこと聞いたと思えば協力者になれとか」

「まぁいいから黙って協力しろ」

「はー...わかった...協力できることはするよ、悉知刑事殿」


 これまでの仕返しとばかりにニッと笑い啓礼すると、悉知は不敵に笑い学生の時の様に笑い合った。...それを遠くから南が見ているとは知らずに...

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