少女と食べ歩きデート

 どうです? まだ、頭は痛みますか?


 そうですか……ふむ、それならきっと、その痛みが時計ですね。


 ここは心の世界ですから、現実よりも遥かにゆっくりと、時間は流れて言っています。

 でも、それは決して止まっている訳ではありません。あなたの現実の体はゆっくりと時間が流れていて……ゆっくりと、死に近づいて行っています。


 あなたの頭のその痛みは、きっと現実との繋がりです。少しずつ、痛みが増していって。それが、現実と重なる瞬間が……この世界の、そして看取り手の役割が終わる時です。


 だから、その前に。少しだけあるこの時間を、精一杯楽しみましょう。


 ……と、それでも大きく話すと頭に響くかもしれませんから、もう少し耳元で優しく話しましょうか。

 ええ、問題ありませんよ。だって、そもそもデートって、密着してる状態でするものじゃないですか。


 ……顔、真っ赤になってますよ、照れ過ぎです。ふふっ、困りますよ、ちゃんとリードしてくれないと。

 と、少し意地悪しすぎましたか? まあ、まあ。ひとまず、手くらいは握ってくださいな。


 ……ええ、ありがとうございます。私、体温が低いんですよ。ふふっ、あなたの手が温かくて助かります。

 さて、どんな所を歩きたいですか? ……私の好きな所でいい、と。ふむ……普段は、看取る相手の見たい景色を見せるようにしていますが……あなたが見たい景色が、私の望む景色であれば。


(指を弾く音)


 ……こんなのは、どうでしょう。ええ、日中の街です。綺麗な街並みでしょう? 石畳の通りと、太陽でキラキラ輝きながらゆっくり流れる綺麗な運河……昔見た本でも、こういう場所でデートをするシーンがありましたから。選択としては間違っていないはずです。


 ここよりも珍しい……どこまでも続いてるような巨大な滝だとか、すっぽりと天を覆う桜の道だとか。そういう景色も見た事がありますし、再現することもできます。


 でもね、私はこういうのが好きなんですよ。人の作った、綺麗な風景。人の生活が……生きていることが感じられる、そういった場所。


 それに、ね。私は思うんです。綺麗な秘境もいいものですが……人の居る場所には、こういう利点もあるのだと。

 ここ、なんのお店か分かりますか? ……ふふっ、なんと、ソフトクリームのお店です!


 綺麗な景色を眺めながら、甘くて美味しいものを食べる。それだけでも最高なのに、それをデートをしながらなんて。こんないいこと他にありますか?

 ……あ、甘いものが苦手であれば、安心してください。味は私達の自由ですから……好みの味を言っていただければ……ん、ん……はい、どうぞ。


 さて、それでは私はどの味にしましょうか……うーん、んぅ……それ、じゃあ……これにしましょうか、えいっ。

 どうです? 美味しそうでしょう、あなたの選んだものと味は違いますが……ふふっ、実はこれには理由がありまして。少しよろしいですか?


(より小さく、耳元で囁く声)


 それは……後での、お楽しみです。


 ……ふふっ、すいません、からかってるわけではないですから。それじゃあ、少し食べ歩きしましょうか。


(足音)


 人が住んでいる生活音までは、流石に再現が難しかったので……ごめんなさい、ちょっとお洒落な劇のセットみたいな感じになっちゃってますね。

 舞台の街で、世界の終末を2人で……なんて、随分ロマンチックな話じゃないですか?


 そういうロマンチックなことは、結構好きなんですよね。小説を読む時も、ついついそういうものを選んでしまって……


 ええ、よく読むんですよ、小説。昔から……では、ないですね。看取り手になってからは、ほぼ毎日のように。

 先程も、言ったと思いますが。私……看取り手は、普通の人間ですから。本も読みますし、甘いものだって美味しく食べますし……先代の看取り手……私のお父さんは、どちらかと言えば酸っぱいものが好きでしたね。


 そうです、一家の……まあ、血は繋がっていませんが。お父さんから、お父さんはそのまた上の代から。そうやって受け継いできたものなんですよ、看取り手は。


 ふふっ、私の話ばっかりになってしまってますが、大丈夫ですか? 私は、あなたの事ももっと知りたいですが……どんなものが好きなのか、どんな憧れを持っていたのか、とか。


 ……そんなに、あなたが私のことを知りたいって言うのであれば、もう少しお話しますが。自分のことを話す機会は少ないので、ちょっと口が止まってしまうかもしれません。


 それでもいい? ……では、そうですね。そこのベンチにでも腰掛けて、ゆっくりお話しましょうか。


 ……ふぅ、ああ、そうでした。ソフトクリーム、まだ数口しか食べてませんよね?


 でしたら、はい。なに……って、見れば分かるじゃないですか。

 あーん、ってやつですよ。なんのために別の味を選んだと思ってるんですか、違う味を楽しむためですよ。それともスプーンを使った方がいいですか? あー……その、流石に口移しは……いや、冗談ですよ? その手があったか、みたいな顔をしないでください。


 ほら、口開けて下さい……はい、あーん。ふふっ、美味しいですか? でしたら何より、それじゃあ、ほら。あー……


 ……あの、まだですか? なにを……って、あーんですよ、あーん。

 え、まさか自分だけあーんしてもらって、私にはあーんしてくれないつもりですか? 私だって食べたいんですけどね、あなたの持ってるソフトクリーム。別に全部って訳では無いですよ? 一口だけ、一口だけですから。


 ほら、それでは改めて……あー……んっ、んっ……はぁー……美味しい……

 こっちの味もいいですね……まあ、私の再現なので当たり前ですが……と、もう一口いいんですか? えへへ、それではお言葉に甘えて。はむっ、む、む……ふふっ、ありがとうございます。


 それじゃあ、私の方からももう一口、あーん……ん、素直でよろしい。

 甘いもの……に、限らず。美味しいものを食べる、ということは幸せな事だと思います。こういった、あーん……というのも、物語の中で見たシチュエーションの1つですが……こうやって、美味しいものを人と共有出来る、ということは……素晴らしいことですね、とっても。

 本当のことを言ってしまえば、別の味を楽しむ、ということだけを目的とするならば、こうする必要はないんですよね。ほら、ここは心の中ですから、私が思えば食べてる最中にでも味を変えることが出来ますし。


 でも、こういうのはきっと、こういったシチュエーション……食べ方も含めて、大事なものなんだと思うんですよ。

 まあ、私だって経験がある訳ではないので、変なことは言えませんが……そうですね、デートについてよくわかっていない私が、あなたとあーんで食べさせあっこしたいから、自分で出来る味変更をしなかった、という事実を噛み締めてもらえれば、と。そんな感じでよろしくお願いします。


 と、と。口の端にクリーム、付いちゃってますよ。じっとしていてください、今とってあげますから……ん、しょ。


 はい、取れました……なんですか、目を瞑って。近づいたからって、照れすぎですよ……それで、その。


 ……この、指先のクリーム……どっちが食べます?


 冗談ですよ、本気にしないでください。あーあの、本当に……ちょっと、言ってから本気で恥ずかしくなってきてしまったので……できれば、その、聞かなかったことにして欲しいと言いますか……もう! 本当に、勘弁してください……! 拭きますね、拭きますからね、はい拭きました! この話終わりです、終わり!


 まったく、本当にもう……まあ、あなたが楽しめたのなら、それでいいですけど。いいですけど別に。

 ……それじゃあ、ソフトクリームも食べたところですし。私のことについて聞きたいんですよね? ふむ……何から話しましょう、とりあえず趣味から──


(倒れる音)


 ひゃあっ!? ど、どうしました急に膝に倒れてきて! ああ……頭の、痛みの方。だいぶ強くなってきましたか?


 ……そう、ですね。もうあまり、時間が無いのかもしれません。

 無理に起きようとしないでください、精神力だって、無限じゃありませんから。あんまり疲れすぎると、体の方もより弱ってしまいます。


 ……だから、どうでしょう。このまま、もう少しお話しする、というのは。

 膝枕だって、デートのお決まり、のようなものじゃないですか。


 ……では、そのように。

 ええ、任せてください。最後の最後、最期まで。


 あなたの事を、看取らせて頂きます。看取り手として、私として。

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