看取り手少女のお見送り
響華
プロローグ
(雨音)
こんばんは、目は覚めましたか?
……ええ、と。大丈夫ですか、私の声、聞こえてますか? 雨の音は? 虫の鳴き声は……あ、ごめんなさい、虫の声は聞こえない方が正しいので、そんなに不安そうな顔をしないでください。
ふむ、どうやら少し頭が痛いご様子。まあ……あれでは、無理もありませんよね。
と、あまり大声で話すのは身体に悪いでしょうか。
すいません、少しお耳の方に寄らせて貰いますね?
……ふぅ、どこからお話しましょうか。そう、ですね……それではここは、まず自己紹介から致しましょうか。
私の名前は、ハレイナ。看取り手をしているものです……あなたの死を、看取りに来ました。
……頭を強くうちつけていましたから、記憶が飛んでいるのはそのせいでしょうね。
あなたにとっては、少し酷な話かもしれませんが。言わない、ということは出来ない事なので、簡潔にお話します。
あなたは、今、死にかけています。
それが、どうしてそうなったのか。そこまでは私には分かりませんが……とにかく、あなたは今そうなっていて、ここはあなたと私の心の中。
そうですね、信じ難い事だとは思います……では、例えば。今、外の世界を反映して雨音を出していますが、(指を弾く音)これをやめたり……このように、(鳴き声)鳥を鳴かせたり。
この世界は、心の中ですから。したい、と思ったことはなんでも出来ます。出来ないのは、この世界の外のこと……例えば、あなたの傷を治す、など。
……ごめんなさい、あなたを助けることは、出来ません。
そういう役割なんです、看取り手というものは。許されているのは、ただ、死にゆく人に寄り添うことだけ。
死神みたい、ですか。そう見えるかもしれませんね……でも、すいません。残念ながら、そんなに大それたものでは無いんです。
死神なら、きっとあなたの死期を伸ばして、傷の手当だってできるはず。
私には、そういうことは出来ないんです。本来ならここにいないはずの人間ですから。そういう面で……私は、結局。普通の少女と何一つとして変わりはないんです。
……でも、ね。私は私が死神じゃなくて、単なる普通の看取り手であることに、感謝しているんです。
だって、ほら。こうだからこそ、同じ人の心に寄り添ってあげることが出来るじゃないですか。
人を救うことが出来なくても。その死に際に、少しでも。
ああ、こんな死に方ができるなら、悪くはなかったかな。
……って、思って貰えれば私はそれで十分なんですよ。
……前置きは、この辺りにしておきましょうか。では、あなたにひとつ、質問をさせていただきます。
あなたは、死ぬ間際。見たい景色はありますか? したいことは、ありますか?
……ふふっ、正直で、大変よろしい。では、お聞かせください。あなたの見たい景色、したいこと。高い山から見る絶景でしょうか、色鮮やかな花畑でしょうか。
……ふぇっ、え……?
え、ええっと……その……私と、デートをしたいと……
あ、あの。少々、お待ちいただいてもよろしいですか?
ど、どうしましょう……デート、だなんて。したことないですけど……でも、ううん……あんなに、真っ直ぐな目で言われてしまっては、断ることなんて出来ませんよね……
……こほん、こほんっ。
分かりました、デートですね? 構いませんよ、ただ、その……私、そういう経験がないので……あなたに、リードしてもらってもよろしいでしょうか?
ええ、それならよろしい……さて、普段こんなことは言わないのですが……これだけ、ひとつ言わせていただいてもよろしいでしょうか?
では、お言葉に甘えて。
……私の初デートを上げるんですから。悪くなかった、なんて言葉だけじゃ済ましませんよ。最期の最期まで、幸せだった、と。そう言ってもらいますから、覚悟してくださいね?
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